狂ってしまえ
「あぁぁああああぁぁぁ!!」
この声が自分の声だと気付くのに、しばらく時間がかかった。
そうなんだ。この声は自分が無意識のうちに出している声。今まで誰か知らない人が叫んでいると思って気にもとめていなかったのだが……
どうやら、俺の声らしい。
「あぁぁうわあああぁぁぁぁ!!」
「落ち着いて! 落ち着いてください松本さん!」
俺を取り押さえようとする女性看護師の腕を乱暴にふりほどき、俺はなおも叫びながら病院内を走り回る。
「あぁぁっっ!! おおおぉぉぉっっっ!! 安奈ぁぁああっ!! どこに居るっ!?」
面白いほどに声が出る。かつてこれほどの大声を出した事があっただろうか。大声を出すと気持ちがいい。何かが胸につかえているような感覚が、スッと消えてなくなる。
「うぉぉおおおっっ!! あはははははっっっ!!! 安奈ぁ〜どこにいるんだっ!?」
「松本さんっ! 静かにしてください!」
駆け寄ってくる看護師を次々にいなし、大笑いをしながら俺は暴れまわった。
全てがもう、どうでも良い。
狂ってしまえ。狂ってしまえ。そうすればきっと頭の痛みなんか気にならなくなる。
「あはははははっっっ!! あはははははははははは!!」
安奈よ、最高だな……狂うって、最高な気分だ。
全てを衝動に任せてしまえ。全てを本能に委ねてしまえ。
気にするな、彩子の事も、啓二君の言葉も。俺はもう狂ったんだから。狂ってしまったんだから。
もういいんだ。全部、もういい。世間体なんて気にするな。筋道なんて考えるな。ケジメなんてつけようとするな。そうすれば安奈とどこまでも堕ちていける。ずっと安奈と一緒に居られる。
それでいい。それが、いい。
「安奈ぁっ!! 愛してやるからここに来いっ!! 安奈ぁっ!! 安奈ぁああああっっっ!!」
愛は、すべからく、狂愛。
そうだな、安奈の言うとおりだ。今まで俺が間違っていた。何を格好つけていたのか。何を気にしていたのか。馬鹿らしい。そんなもの、ただの感情。一時の理性。
人間だって動物。求め合う際本能に従わなくてどうする? 人間だけだろ、つまらない理性で倫理や哲学なんて事を考えてしまうのは。
安奈よ、お前が正しい。お前が、答えだ。
「まづもどさん」
突然、後ろから俺の名を呼ぶ声。
聞きなれた、とても愛しい、あいつの声。
「安奈!」
俺はすぐさま振り返り、安奈の姿を確認して抱きついた。
ギュゥッと、力強く抱きしめる。もう離さないもう離したくない。「知らない」なんて二度と言わないから。だからずっと一緒に居てくれ。
俺を、繋ぎとめておいてくれ。
「安奈……安奈安奈安奈……ごめんな俺お前を追い詰めていたよな……もういいんだ。好きなだけ狂ってくれ……俺はお前の全てを受け入れるから……」
安奈……安奈……安奈……
「そうだ、誰も俺達を知らない所に行こう……外国だっていい。最近人気のラプにでも行こう。そこでゆっくり過ごそう……ずっと二人で、生きていこう」
「まづもどさん……ホント……?」
「あぁ……心配するな。ずっと一緒に居るから」
「まづもどさん……うれしい……」
あぁ……安奈……
狂っていたとしても、人を刺したとしても、どんなに重い過去を持っていようとも……
やはりお前は俺の天使だ。お前無しでは生きていけない。前は「安奈にとって俺が全て」と思っていたが、なんて事は無い。「俺にとって安奈が全て」なんだ……
「安奈……明日で退院だから、ホテル直行だな」
「あはは……うれしい……」
俺は安奈をより強く抱きしめる。
強く……強く……抱きしめて……
抱き……
しめ……
…………
安奈…………




