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安奈  作者: はにゃにゃき
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もう、二度とこない

「啓二君……?」

 まるで死人……啓二君の顔を見た瞬間に抱いた印象はこれだった。

 そう、生きていない。昼間の啓二君とはまったく違う印象を受ける。啓二君の存在が朧に見えるような、魂が半分抜けかけているような、そんな印象。

 顔を真っ青にして肩をダラッと落とし、体のどこにも力が入っていないかのように全身がブラブラとしている。本当に死人がそのまま動き出したかのように見えてしまう。

「……どうしたんだ? 今は面会時間じゃないはずだけど」

 啓二君は病室の前で俯きながらただただ立っていた。

 俺は啓二君のあまりの気配の無さに啓二君の存在に気付く事が出来なくて、たまたまトイレに行こうと病室を抜け出そうとした時にようやく啓二君の存在に気付く事ができた。

 いつからここに立っていたのかと考えると、少し怖くなってくる。

「……ま……松本さん……」

 啓二君は顔を上げ、俺の目を見た。

 啓二君は目にすら力が入っているとは思えず、本当に、死人のような印象を受けてしまい少し恐怖する。

「な……何だ……? 何かあったか?」

「……松本さん……彩子さんが……」

 啓二君はフラフラと体を前後に揺らしている。

「彩子? 彩子がどうした?」

「彩子さん……死にそうです」

 ……あ?

 彩子が、死ぬ?

 殺しても死ななそうな、あの彩子が死ぬだって? 何を言っているんだ、こいつは。

「……何言ってるんだ?」

「……何って……死ぬんですよ……」

「……なんで?」

 啓二君は俺の顔をギロリと睨んだ。

 青白い顔なのに、体には力が入っていないというのに、眼だけはギラギラと光っているような、そんな印象を受ける。

 正直、怖い。

「……貴方の彼女に刺された」

「……俺の……?」

 俺の彼女……

 彼女と呼べる人間は、思い当たる中で一人しか居ない。

 頭が、痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。

 なんだ……? なんなんだ……? 急に現実感が湧いてくる……啓二君の言葉が嘘では無いと思えてくる。

 なんだなんだなんだ……? 安奈の名が出ただけなのに……それだけなのに、彩子は本当に死ぬんだと……理解できてしまう……安奈が殺すんだって、納得してしまう。


「……ほ……本当に……死にそうなのか……?」

「はい」

「さ……さした……って……な……なん……」

「……理由を聞いて、どうするつもりですか?」

「い……や、だって……」

「はは。だってじゃないでしょ?」

 啓二君はフラフラと体をゆらしていたのに、突然、すばやく体を動かし、俺の胸倉を掴み、壁へとたたきつけた。ドンという低い音がやけに静かな病院の廊下に鈍く響く。

「だってじゃないだろ……今重大な事は安奈さんじゃなく彩子さんの容態だ。違うか?」

 啓二君の顔は一見無表情にも見える。しかし目が違う。目だけはしっかりと怒りの感情が込められていた。瞳自体が光を発しているかのように、ギラギラとしている。

「……あ……あ……ぁ……」

「そう……ですよね。解りますよね」

 啓二君は発達途中の中学生とは思えない腕力でなおも俺の胸倉を掴み壁へと押し付ける。ギラギラと瞳を光らせながら、俺の目を見続けている。

 ヤバイ……啓二君は本気で怒っている……本気で……おかしくなっている……

「一応言っておきます。安奈さんは舌を噛んでしまったので今治療してもらってます。たいした怪我じゃないです。心配いらないです。これで満足ですか?」

「……あぁ……」

「そうですか。じゃあ彩子さんの状況を言います。彩子さんは安奈さんに後ろから右横腹を刺されてその傷は内臓まで達しています。かなりの量出血してしまって危険な状態です。ほっとけば五分で死ぬような状況です。助かるかどうかは彩子さんの体力次第です」

 相変わらず啓二君は無表情……声にも感情が篭っていない。ただただ淡々と安奈と彩子の状況を説明していた。

 あぁ……この子も狂ってしまったのか……そんな事を思ってしまった。

「彩子……の……両親は来てるのか……?」

「来てますよ。わんわん泣いていました」

 啓二君はそう告げてさらに強く俺を壁へと押し当てる……

 苦しくなってしまったので啓二君の腕を掴み必死に引き剥がそうとするも、抗えるような力じゃ無い。絶対にスポーツか何かをやっている。太刀打ちできそうも無い……

「け……啓二君……苦しい……」

「……ですか」

 啓二君はそう言ってようやく右手の力を抜き俺を解放してくれた。それでもまだ胸の周りは痛いし息も苦しい。

「かは……はっ……は……」

 あぁ……それにしても……

 それにしても……安奈……狂ったか……あまつさえお世話になった彩子を刺すだなんて……狂わなければそんな事到底出来る訳が無い。

 一体何があったのか……一体何が起こっているのか……知りたい。安奈に会いたい。安奈と話したい。安奈……安奈……

「安奈……」

「まだ言いますか。彩子さんの心配はしないんですか? 元は彼女なんでしょ? 彩子さんが 刺されたって聞いてまず彩子さんが今どこに居るのか聞いてくると思ったんですけどね」

「……安奈はどこに居るんだ?」

「……あんた」

「安奈は、どこに居るんだ?」

「いい加減にしろよ」

「教えてくれ」

「……狂ってやがる。お前ら二人とも、狂ってる」

「頼むから……」

 啓二君は呆れ返った表情で俺を見て「もう会う事も無いと思います」と言い残し、ゆっくりとこの場から離れていく。

 俺はその後姿を見ながらもう一度「教えてくれ」とつぶやいた。しかし啓二君は歩みを止める事は無く、どんどんと俺から離れていった。

「頼むから……教えてくれ……行かないでくれ……」

 声は、もう二度と届かない。そんな気がする。


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