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安奈  作者: はにゃにゃき
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僕が、構うんだ

 走った。

 彩子さんの手を引きながら、僕は無我夢中で走った。

 後ろを振り返るのが怖い……怖い怖いこわい。

 あふれ出る血と切れてしまった舌のせいで上手く喋れないのか「ゆぶざねい」と、言葉とは思えぬ言葉を叫びながら、安奈さんは狂ったように追いかけてくる。

 なんで……なんでこんな事になってしまった……? 一体何が……どうして……?

「うぅぅっ……うぅぅっっ……」

 彩子さんは泣きながら走る。だから彩子さんに聞く事は出来ない。そもそも僕だってわからないんだ。彩子さんだって、きっとわからないだろう……

「くそぉ……なんなんだっ……? なんでこんな事に……」

 誰に言うでもなく、蒼黒い空を見上げながら、ボソッと呟いた。


「……けい……ちゃ……ぜぇ……ぜぇ……」

 彩子さんが話しかけてくる。

 切れてしまった息で必死に声を絞り出し、僕の名を呼んだ。

「はい?」

「……けい……ちゃ……ごめ……ね」

「何がですか?」

「ま……巻き……込んだ……」

 何を……何を言っているんだこの人は……?

 今は逃げる事に集中しなければならないだろうに……そんな事を言うのは後にして欲しい。

 いや、そもそも彩子さんに謝られるような事は何一つない。松本さんや……安奈さんに向けてならいざ知らず、僕に対して「巻き込んでごめんね」なんて……

「彩子さん……いいから」

「ぜぇ……ぜぇ……」

「いいから」

 ……そう、いい。

 僕は、いいよ。だって、なんだか満足しているんだ。

 怖いけど……恐ろしいけど……責任も感じるけど。

 それでも僕は……満足している。充実している。

「彩子さん……」

「ぜぇ……ぜぇ……」

「……今は、貴方が」

「ぜぇ……ぜぇ……」

「貴方が、一番好きです」

 もう僕は、貴方の支柱じゃないか。そう言ってくれたじゃないか。

「ごめんね」なんて、言わないで欲しい。


「ゆぶざねい」は未だ追いかけてくる。むしろさっきよりも大きく聴こえてくるような気がする。つまりは、追いつかれつつあるという事……

 安奈さんは走る事に疲れを感じないのか……僕もそろそろ息が切れてしまいそうだ。

「ぜっ! ぜっ!」

「はぁ……はぁ……彩子さん……大丈夫……ですか……?」

 彩子さんの表情がもう限界だと知らせてくる。呼吸も普通じゃない乱れ方をしだした。しかしそれも当然だ、もう五キロは走り続けているんだから。

「ぜっ! ぜっ! だ……! じょ!」

 そうは、見えない。

 いくら笑顔を作ってみせても、大丈夫なようには見えないんだ……彩子さんの顔は赤をとっくの前に通り越して、今じゃ真っ青になってしまっている。大丈夫な訳が無い。

 しかし強がることが、この人を支えている。今までの人生でも、今でも。

「はぁ……はぁ……やっぱ格好良いですよ……彩子さん」

 彩子さんのその姿が格好良すぎて、涙が出る。涙が、止まらない。

 きっとこれからも……彩子さんは抗う。とりあえず逃げ切ったら冷静な安奈さんにもう一度話をしにいく。清算しきれないほどの罪なのだろうけど、彩子さんは絶対にそうする。

 だって彩子さんは……彩子さん……

「ぜっ……! ぜっ……!」

 彩子さん……?


 なんで、手を離すの……?


「さ……彩子さん!」

 僕の後ろで前かがみになりながら手を膝に置き一生懸命息をしている彩子さんに向かって、僕は叫んだ。

「何……何をしているんですか!?」

 彩子さんは、笑顔を作っていた。僕を心配させないように、苦しそうな笑顔を作っている。

 その笑顔が、いじましい。愛しい。もし疲れてしまって足が止まっているのだとしたら、抱いてでも走って行きたい。

「疲れたんですか? じゃあ僕」

 彩子さんは手と首を横にふる。

「ぜっ……ぜっ……逃げちゃ……ぜっ……よね……」

「え?? 何ですか??」

「にげ……ぜっ……ぜっ……って……かっこ……わる……」

 ニゲルッテカッコウワルイ……?

 逃げるって格好悪い……?

 全身に、寒気。鳥肌。悪寒。

「だ……だって今安奈さん普通じゃないんですよ!? 話通じなかったじゃないですか!」

「……ちが……わた……は……わたし……だから……」

 チガウ、ワタシハワタシダカラ……?

 彩子さんは……彩子さん……格好よく、いつも気丈に振る舞い、何事にも動じず、堂々としていて、意地っ張りなほど我侭な……


 彩子さん。


 涙が溢れる。駄目だ。そんな事許さない。全然格好悪くなんか無いから。彩子さんは相変わらず格好いいから。だから……駄目だ。その我侭は、きけない。

「……いいから! 逃げましょう!」

 あぁ……近づいてくる……「ゆぶざねい」が、もうそこまで……

「何されるかわかんないんですよ??」

「なに……され……かま……ない」

「僕が! 構うんだ!」

 僕は再度彩子さんの手をつかみ、引っ張る。

 彩子さんは、ニコッと微笑み「はは……」と小さく笑ってから……

 前かがみに、倒れた。

 彩子さんの横腹から、何かがはえている。

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