僕を、ゆさぶる
僕は、そんなに格好良くなったか……?今まで一度も言われた事が無いというのに、今日だけでもう二人の人間から言われてしまった。実感は無い。だって僕はまだ変わろうとしている途中なんだから……格好良い訳が無い。
「……僕にとっては、彩子さんのほうがまだ全然格好いいですけどね」
あ〜……駄目だ。このパターンはまた弱音を吐いてしまうパターン……彩子さんや安奈さん、松本さんを羨み妬む言葉が出てきてしまう。
まったく、全然成長しない……彩子さんのように、強がる事が出来ない。弱い自分を隠しておけない。直さなければならない。
「彩子さん、格好良いじゃないですか。うん、格好いいです」
僕は思いついていた言葉を必死に飲み込み、とにかく彩子さんを賛美する言葉を発していた。別に嘘をついた訳ではない。本当に格好良いと思っているんだから。
「彩子さんは、いつも堂々としていて、ハッキリしていて、格好良いです。見習わなきゃな〜って思っていますよ」
本当に、彩子さんはすごいなぁと思う。
彩子さんに肩を組まれる事は何度かあったのだが、今自分が肩を組んでみて初めて気がついた。彩子さんは、本当に、華奢だ。
肩幅も背中も、ものすごく狭い。腕だって、すぐに折れてしまいそうなほどに細い。顔だって……少しこけている。痩せ過ぎているほどに痩せている。
それなのに彩子さんは、本当は弱い心を必死に隠し、いつも気丈で自信たっぷりなように振る舞い、堂々として、頼りになる女の人であり続けていた。
重すぎる罪を背負ったというのに、やはり強がって……一人でなんとかしようとして……華奢なのに。押しつぶされそうなのに。必死に清算しようと、歯を食いしばって耐え抜こうと……
「尊敬してます」
僕が笑顔でそう彩子さんに告げると、彩子さんは素敵な微笑みを浮かべ「はは」と笑い、ひとつ大きく深呼吸して――
「ちゅっ」
――僕の頬に……キスをした……
「……え……えっ!?」
僕は思わず彩子さんの肩を引き寄せていた腕を離してしまい、慌てて彩子さんと距離をとり、彩子さんの顔を見た。
その表情は、いたずらっぽく笑う、いつもの彩子さんだった。まるでなんでもなかったかのように、ニコッと笑っていた……
「え……何……」
しかしドクンドクンと高鳴るこの鼓動が、今の出来事は嘘じゃないと教えている……
彩子さんは、僕の頬に、キスを……
多分、僕の顔は真っ赤なんだと思う……とても、顔が熱い……
「……何を……」
「はは……そんなに離れられたら傷つくなぁ〜」
彩子さんは頭をぼりぼりと掻き、少し困ったような顔をして微笑んでいた。
その表情は……安奈さんに勝るとも劣らなく……美しい。
「え……だって急に……」
「お姉さんじゃ、不満かな?やっぱ安奈ちゃんが好き?」
……彩子さんは相変わらずいたずらっぽく笑っている。
この人は人をからかう癖がある……タチの悪い冗談はいつもこの笑顔で言ってくる。また、からかわれた……そう感じた。
「……彩子さん……タチの悪い冗談……やめてくださいよ」
「……冗談に聴こえるかぁ」
彩子さんはそう言いながら少し悲しい印象をうける表情を作り、うつむいてしまった。
「はは……」と笑っている。悲しそうな顔をして、笑っている。
なんだ……この反応は……今までの彩子さんからは想像も出来ない……
想像も出来ないほどに……可愛らしい……
「……あ……彩子さん……もしかして」
もしかして……
「もしかして……え……本気……?」
彩子さんは、少しだけ頬を赤くして、目を細めていた……うなずきもしないし、首を横に振る事もしない。ただ、眼を細めて顔を赤めた……
ドクンドクンと、今まで感じた事の無いほどに、血がたぎる……
「さ……彩子さん……ってば……」
「……はは……私ねぇ〜……実をいうと昨日の夜、安奈ちゃん襲いそうになっちゃった」
彩子さんは突然ニコッと笑い、天井を見上げて「はは」と笑う。
「……え? ……えぇ!? きゅ……急に何言ってるんですか!?」
その言葉を理解するのに時間がかかった。だって、襲うって。
まさか殺そうとするほうの襲うでは無い。そんな理由が全然浮かばない。すると残るは……犯すほうの襲う……
女の人が女の人を、襲う。しかも二人とも紛れもなく美少女……って馬鹿か……
なんだこの変な感情は。変な妄想は。やめろ自分、時と場合を考えろ。
「だって……愛しくなっちゃったんだ。あんまりにも無邪気で。可愛くて。したってくれて。本当に、性の対象として見ちゃった」
「あ……いやそれ……は……」
なんだ……なんなんだ急に……この人はなんで暴露話をしているんだ……?
そんな事、今の話の流れとは全然関係ないじゃないか。どこかおかしくなっちゃったのかと、心配になる……
「さ……彩子さん……どうしたんですか?」
彩子さんは、天井を見上げたまま目をつぶって、口を半分ひらく。何か深く考えているようにも見える。
何を考えているのだろう……急にこんな話をしだして。突然固まって……
「でも今の私……安奈ちゃんも……けいちゃんも……同じくらい……好きだなぁ……」
彩子さんは目をつぶったまま、小さく、小さく、そう呟く。
だけどその声のトーンは、とても冗談を言っているようには聴こえず、僕の心を激しく揺さぶった。
激しく、激しく……そう、好きに……なってしまいそうなくらいに……
僕を、揺さぶる……




