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安奈  作者: はにゃにゃき
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頑張らないと

 ここは病院の一階にある待合室。喫煙ブースには今だれも人が居ないので、私達はそこに座っていた。

 そこで私は今、けいちゃんの右手を握りながら涙を流している。けいちゃんの優しさ、暖かさ。それがとても嬉しくて、なんだか救われた気分になってしまう。私なんてちっとも救えないのに。救われちゃいけないのに。

 その理性と感情の矛盾が涙を誘う。嬉しいのに、そう感じてはいけないんだと思ってしまい、涙が止まらない。

「うぅぅぅっ……うっうっ……」

「……うん……」

 けいちゃんは「うん」を何度も繰り返し呟き、うつむき伏せった私の頭を左手で撫でてくれている。ゆっくりと、優しく。だけど、力強く……

 けいちゃんは、私の業を聴かされて何を思っているのだろう……私の話から何を感じ取ったのだろう……私には想像もつかない。だってこんな話を聴かされた事なんて無いんだから。

 けいちゃんはまだ十四歳。私が十四歳の頃なんて……毎日勉強して勉強して勉強して。意地で進学校へと入学することばかりを考えていた。こんな込み入った話なんて、一切無い。当時の私がもしこんな話を聴かされていたら、どうする事も出来なかったと思う。

 けいちゃんは……何を思っているのか。どうして私の頭を撫でてくれているのか……気になって仕方が無い。

「けっ……けいちゃん……」

 私は震える声を必死に絞り出し、けいちゃんの名を呼んだ。

 呼ばれたけいちゃんは「はい?」と小さく返事をする。

「けいちゃん……私の事……っくっ……最低な女だと……思ってるよね? じっ……自分でも思うもん……私のつまんない……意地で……安奈ちゃんを狂わせ……たし……松本君を脳挫傷に……しちゃったし……ぃっ……うぅぅっ……」

 私は言い終わるとまた感情が高ぶりすぎて、涙が溢れる。どうしようもないほどの感情が、私の全身を駆け巡る。暴れまわる。

「あぁぁっっ……うぁぁぁぁっっっ……」

 ああぁぁぁ……業が押し寄せる……押しつぶされる……もう駄目だ耐えられそうも無い……

 もう……しに

「彩子さん……最低な女とまでは思ってませんよ」

「……え」

「だって……なんて言えばいいのかな……だって彩子さんは……認めてるじゃないですか。反省してるじゃないですか。そして償おうと頑張ってるじゃないですか」

 けいちゃんの手は止まらず私の頭を撫で続ける。私の手を握る手も、より強く私の手を握り返す。

「えっと……そりゃあまり良い印象を受けるような話じゃなかったですけど……彩子さんが悪いんだとも思いますけど……でも彩子さん、沢山罪の意識を感じているじゃないですか。だから泣いてるんじゃないですか。松本さんがどう思うのか解りませんが……少なくとも僕は、彩子さんの事を軽蔑したりしませんから」

 けいちゃんはそう言って私の肩をそっと抱き寄せた。グッと、力を込めて。

「半分も背負えないかも知れない……これは彩子さんの罪だから……だけど、少しでも彩子さんの罪が軽くなるように、僕も背負いますから」

 ……今気付いた。けいちゃんの腕は、えいちゃんより全然太い……えいちゃんより全然力強い。

「彩子さんは一人じゃないですよ」

 そしてけいちゃんは、ものすごく優しい。ものすごく素直だ。言葉を詰まらせたりどもったりするが、心で感じた事をそのまま言葉にして伝えることが出来る。

 ……そうなんだよな。私も安奈ちゃんも、けいちゃんに感じていた素敵な部分というのは、こういう所なんだ。

 ほぼ初対面だったえいちゃんに心をそのままぶつける事が出来た。普通じゃそんな事は出来やしない。しかもそれは安奈ちゃんを思う優しさからきた感情。

 けいちゃんは思ってたよりかなり優しい心を持った人間。相談に乗ってもらってここまで頼もしいと感じる事が出来るなんて思ってもみなかった。けいちゃんは、想像以上に、素敵だ。

「けいちゃん……」

 今まであれほど重いと感じていた罪の意識が、急に軽くなってどこかへと飛んでいってしまったような感覚に陥った。だけどそれは違う。どこかに飛んでいったのではなく、今まさにけいちゃんの背中へと乗り移ったのだ。けいちゃんが、背負ってくれた。

 重いだろうに……苦しいだろうに……けいちゃんは、少しだけ照れたような表情で私の目を見て微笑を浮かべている。

「けい……ちゃん……」

 あぁ……格好良い……けいちゃん格好いい……

 なんて頼もしいんだ……なんて良い奴なんだ……これほどの良い人、今まで見た事が無い。 えいちゃんにも、前の彼氏にも、沢山居る友達にも、こんな優しさを持った人間は居なかった。

 心が……無我のうちに惹かれる……

「はは……なんか格好良い事言っちゃいましたね……恥ずかしいな」

「うぅぅっ……ははっ……ほんと……格好良い……」

 私はけいちゃんの顔を見た。

「格好良い…ぐすっ……けいちゃん、格好いい」

 けいちゃんは少し頬を赤く染めて目を大きく見開いた。

「かっこいいって……」

「うん……本当に格好良いと思う。ありがとうね……聴いてくれて」

 少し落ち着いてきた。私はコートの袖でぐいっと涙をぬぐいながらけいちゃんの顔を見る。

「はは……ごめんね〜私こんな格好悪くて……格好良いお姉さんで居たかったんだけど」

 私は強く眼をつぶり、最後の涙を流し終えて「お株をうばわれちゃったな」と、笑いながらけいちゃんに向かってそう言った。


 頑張らないと……私はもう、一人じゃない。


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