させるか、そんなこと
「寂しいのは、彩子さんのほうなんじゃないですか?」
僕がそう言うと彩子さんは一瞬表情を曇らせた。そしてすぐさまいつもどおりの明るく華やかな笑顔へと必死に戻す。
そう、必死に笑顔を作っている。強がっているのがバレバレなのに。僕に心配をかけまいと、笑顔を作っていた。
「何言ってるの。なんで私が寂しいのよ」
なんでそこまで気丈に振舞うのか。何が彩子さんをそこまでにさせるのか。寂しい時や辛い時に本音を言わないなんて、なんでわざわざそんな疲れる生き方をしているのか。
僕は思わず彩子さんの腕を掴んだ。
「彩子さん、すみません、少し甘えすぎてました」
「は?」
僕は彩子さんの腕を引っ張り、例の簡易食堂のほうへと歩き出した。
彩子さんは確かに何かで悩んでいる。そんな気がする。そしてそれを話せるような相手はおそらく居ない。だって彩子さんはきっと誰に対しても気丈に振舞っているから。
誰にも弱みを見せないし誰からも頼りにされる。そんな印象を誰もに抱かせているんだから、彩子さんは今の悩みをずっと一人で引きずっていくんだと思う。重いと知りながらも、誰にも助けを求めもせず……
させるか、そんな事……迷惑がられたって、半分持ってみせる。そうだ、今度は僕が。僕が彩子さんの助けになってあげなきゃいけない。昨日も一昨日も、僕は彩子さんの言葉にずいぶん救われている。彩子さんが居なければ、僕は決して変わろうだなんて思えなかったに違いない。
「彩子さん、話してくださいね」
「話すって?」
僕に引っ張られている彩子さんの表情はもうすっかり笑顔ではなくなっていた。どちらかというと、悲しい印象をうける。引っ張られている腕にも抵抗の力は感じられない。なすがまま引っ張られている。
それでも彩子さんはとぼけてみせた。僕に心配をかけないように、わざと明るい声で「けいちゃんなんかおかしいぞ?」と言い笑ってみせる。
……なんていじらしく、素敵な女性……そう感じる。
「彩子さん、何かで悩んでいるでしょ」
「別に〜。今日はレディースディなんだって。早く帰りたいだけだよ」
「……じゃあ、僕の腕を振り払って帰ればいいじゃないですか」
「ん〜?」
「なんで、引っ張られたままなんですか?」
「う〜ん」
「でも彩子さん、逃げようとしたってそうはいきませんからね。そう簡単にこの腕は離しません。もし振り払われたって僕は絶対追いかけて捕まえます」
「……ん〜」
「嫌がったって、それが嘘だってわかっているんですから」
「……はは」
「助けて欲しい……ですよね?」
彩子さんは消え入りそうな声で「うん」とだけ答えた。
簡易食堂へと入っていくと安奈さんと松本さんが隅のテーブルでジュースを飲んでいた。どうやら本当にジュースを買っていたようで少しビックリする。
安奈さんはどうやらもう落ち着いているらしく、少し姿勢がうつむき加減だが必死に松本さんへ何かを訴えかけていた。その姿を見て僕はホッと胸をなでおろす。
「良かった……」
それにしてもやはり松本さんは凄い。壊れてしまった安奈さんを正常に戻す事が出来るなんて……安奈さんの相手は松本さんにしか出来ない。そう感じる。
「場所変えましょうか」
二人はまだ僕らに気がついていないようで、淡々と話を進めていた。何を話しているのか気になるが二人の邪魔をしてはいけないだろうし、今は彩子さんの話を聞かなければならない。合流するのはちょっとまずい気がする。
「うん……」
彩子さんは小さく返事をし、僕のコートの袖をギュッと握り軽く引っ張る。顔は伏せったまま床を見続けていた。
……なんだか、とっても複雑な気分だ。こんな弱々しい彩子さんは普段の彩子さんからは全然想像がつかない。
「……でも、ほら、安奈さん治ってよかったですよね。ちゃんと話聴けてるみたいですし、やっぱり松本さんってすごいですよね」
「……うん。よかったと思うし、凄いと思うよ」
……本当に思ってはいるんだろう。思ってはいるんだろうけど、それでも彩子さんの表情は曇ったまま。少しも明るくならない。
それほどの事が、今彩子さんの身に降りかかっているんだ……そう思うと、ここでぐずぐずしている暇は無いと感じソワソワする。早く話を聴いてあげないと……彩子さんが押しつぶされてしまう。
「……いきましょうか」
僕は二人の姿を振り返り見ながら、彩子さんの手を引いてその場を後にした。




