並んで歩こう
安奈はうめき声のような声を発する。後姿だから表情はわからないが、安奈は相当疲れたらしく肩で息をしていた。時間にして……わずか五分の出来事……それなのに俺は永遠とも言えるほど長く感じていた。
ようやく……終わった。悪夢のような時間が、ようやく……そう思って俺は深呼吸をして乱れてしまっている心音を整えた。
「安奈……聴こえるか?」
安奈は「はぁ……はぁ……」と息を荒げているせいで言葉が出てこないのか、ゆっくりと首をコクンと縦に振った。
「……皆心配してるぞ」
「……はぁ……はぁ……」
「……落ち着いたら、行こう。何か飲み物買ってきてやるから」
俺は安奈の体を抱き、とりあえずこの水溜りから体を引き離した。そして股と膝についてしまっている愛液を、俺は持っていたハンカチで丁寧に拭いてやる。
「……安奈、これで、最後だからな」
「……はぁ……はぁ……な……なんで……? 愛してるって……言ってくれたのに……」
安奈の表情は、少し微笑んでいるような印象も受けるし、少し寂しそうな印象も受ける。
まだ少し普段の安奈からは離れてしまっているようだ。普段の安奈なら謝ってくる。「場所もわきまえないで、ごめんなさい」と言って来るはず。安奈には謝る癖があるんだから。
「……だって……愛してくれてるのに……愛の形は……これ以外にないのに……これからもいっぱい……愛して欲しい……もっと……松本さんを……感じたいよ……」
「……安奈、気付け」
俺はしゃがみこみ、安奈の黒いスカートについてしまっている染みを必死にこすり落としながら安奈の顔を見た。安奈の顔は……にやけている。ニヤニヤと薄く笑いながら俺の顔を見て幸せそうな表情を浮かべた。
「気付け。お前は、狂ってる」
「……知ってる」
「……知ってるなら、治せよ」
「……違うの……愛っていうのはね……すべからく……狂愛なんだよ」
安奈はそういい、入らない力を振り絞りながら地面を押し、俺へとよりかかり抱きしめた。
「あはは……あはは……松本さん……怪我治ったら……また毎日……ホテルに行こうね」
……安奈……
「毎日……愛して……ね。松本さん……」
…………安奈……
「……愛してるじゃねぇか……愛してるんだよ……お前を……」
「愛を……形に……行為に……快感に……してよ」
安奈……お前は……
「安奈、無理だ」
「ん……?」
「俺にも……お前の相手は、無理だ……」
俺はそう言って、頭を抱えながら涙を流す。痛い……くそ……本当に痛い……
愛しているのに……駄目なんだよ……狂わないで欲しいんだよ……
お前は、純粋じゃないか。すごくいい奴じゃないか。腐っていた俺をもう一度よみがえらせてくれたじゃないか。それが本来のお前じゃないか。天使だったじゃないか。
それがなんで? なんでなんだよ安奈。なんで自分から汚れていくんだ……?
くそっ……くそっ……頭が痛い……胸が張り裂ける……おかしくなりそうだ……
「……松本さん……またまた……私は松本さんじゃなきゃ嫌だよ」
「俺だってそうだよ。お前じゃなきゃ嫌だ」
「だったら」
「だからだろうが!!」
突然大声を上げた俺に安奈は驚き体を跳ね上がらせて眼を丸くした。その拍子に力が抜けたのか、俺の脚に絡ませていた腕を離してしまい地面へと身をあずける。
「え……?」
「……あと一回だ……安奈……」
「え……?」
「次に狂ったら、俺はもう知らないからな……」
「……そんな……」
俺は立ち上がり、安奈の顔を見た。
なんて悲しそうな表情……まるで捨てられてしまう事が解ってしまった子犬のような……
「……行こう、皆心配してる」
俺は精一杯優しい表情を作って安奈に手を差し伸べる。
愛しているのは本当だから。だから……
「並んで歩こう」




