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安奈  作者: はにゃにゃき
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接吻

「松本さ〜ん」

 私は四階のフロアをウロウロしていた松本さんを発見し、声をかけながら大きく手を振る。

 松本さんは呼ばれた事は気付いたようだが、どうやら私の姿はまだ発見できていないらしくキョロキョロと見回していた。

「あははっ。ここだよ松本さん」

 私はよりいっそう大きな声で松本さんの名を呼びながら松本さんのもとへと駆け寄っていく。すると松本さんはようやく私の姿を確認出来たらしく、走っている私に向かって冗談ぽく「廊下は走るんじゃねぇよ」と少し弾んだ声でそう言った。

 松本さんは、笑顔だ。なんだか、ものすごく嬉しくなってしまう。

「松本さんっ」

 私は思わず松本さんへと抱きついた。本当は首元に抱きつきたいけど松本さんの身長は高い。だから私は胴体へと思い切り体当たりをするような形で飛びついた。

「会いたかったぁ〜」

 私は昨晩の夢を見てからなんだか胸騒ぎを感じていた。胸騒ぎという表現は正しいのかわからない。ただ寂しくて仕方なくなっていたのかもしれない。だけど心の中のモヤモヤしたものが、時間が経つにつれて膨らんでいくのが解っていた。

 早く、早く松本さんに会いたかった。抱きつきたかった。このモヤモヤを吹き飛ばしてくれるのは、彩ねぇでも、けいちゃんでも無い。この世で松本さんただ一人。

 そしてやはり、松本さんに抱きつくと落ち着いてきた。松本さんの体温を感じる事が出来た事に、この上なく幸福を感じている。

「……おせぇよ、安奈。何やってたんだ?」

「ん?そっかな。何やってた訳でも無く普通に来たつもりだけど」

 松本さんは少し不思議そうな顔をした後に「まぁいい」と呟き、私の頭を抱きかかえて自分の顔を私の頭へとうずめた。ギュゥッと、力を込めて。

「……松本さん?」

 私は突然の出来事に驚き鼓動を早める。ドクンドクンと、血液が強く脈を打つのが自分でも解った。

 こんなにドキドキするのは四年ぶりだろうか……誰と抱き合っても、誰と交わっても、こんなにドキドキする事はかつて無かった。松本さんとホテルへ行った時だって……性行為をしている時だって……心が通っていなかったせいか、ドキドキは、しなかった。

 つまりは、そういう事なんだと、思う。

 あぁやっぱり喧嘩したあの日からだ。あの日から私は松本さんを心から……


「愛してる……」


 松本さんは、私以外の誰にも聞こえないくらいの小さな声で、そう言った。

 本当に、小さく。こんなに近づいているのに、周りに少しの騒音でもあったら掻き消えてしまいそうな声で。松本さんはそう言った。

「え……」

 私の考えていた事をそのまま声に出されてしまったので困惑する。松本さんは初めて私に愛情表現としての言葉を言ってくれた事に対して困惑する。

 そして、感情が高ぶりすぎて、困惑する。

「松本さん……」

 私は、松本さんの眼を見る。

 松本さんは冗談を言うような人ではない。松本さんの冗談なんて、聞いた事が無い。

 それに、とても真剣な眼差し。とても澄んだ瞳。

 その瞳に吸い込まれてしまいそうな錯覚を覚える。そしてすぐに私の体がドロドロの液体になって、融けてしまいそうな錯覚を覚える。

 体が、体の形を保っていられない。そんな感覚……

「私……私も……」

 悲しくないのに。

 ちっとも悲しくないのに。

「ヒック……ヒックッ……」

 涙が溢れる。

「ヒックッ……私もっ……私も…っ!」

「馬鹿……泣くな……」

「だってっ……! 私っ……!」

 松本さんは落ち着かない私を少し呆れたような顔で見て「はは」と笑った。そしてすぐに「ふぅ〜……」と小さく息を吐き、私の顎を持ち上げ、顔を近づけて……

「……んっ……」

 優しく、キスをした。


 あぁ……愛が溢れる。

 今、間違いなく松本さんは愛してくれている。そして私も、愛していられている。

 愛が止まらない。愛が止まらない。愛が止まらない。愛が止まらない。愛が止まらない。愛が止まらない。愛が止まらない。愛が止まらない。愛が止まらない。愛が止まらない。

 狂おしい。狂おしい。狂おしい。狂おしい。狂おしい。狂おしい。狂おしい。狂おしい。狂おしい。狂おしい狂おしい狂おしい狂う狂う狂うくるくる

 永遠に感じていたい。松本さんの唇を。体温を。存在を。永遠に。

 

「松本さん……」

 松本さんは永遠にも感じたキスをやめてしまった。唇を離して「はは」と照れくさそうに笑っている。

 嫌だ……もっと続けて欲しい……永遠にキスをしていたい……そう思ってしまう。

「初めてのキスだな……」

 アイツが言ってた。「愛するという事は狂うという事。どれだけ狂う事が出来るか? それがそのまま愛の尺度だ」と。火のついていないタバコを口にくわえ、聴診器で私の心臓の音を聞きながらそう言っていた。

 それは……まったくもってその通りだと思う……身をもって痛感した。本当に、狂おしいほどに、松本さんを愛している。

「だって……松本さんが拒否するから……」

「……キスは何よりも神聖だって思ってるからさ。本当に心を通わせてからじゃないと嫌だったんだ」

 あぁ……それにしても……

「もぉ……こんなに快感なのに……」

 それにしても、なんで松本さんはもう私を抱かないなんて言ったの?

 抱いて欲しい。果てしなく動物的に、滅茶苦茶に。グチャグチャに。そして液体になった私を全て飲み干してほしい。松本さんの中で永遠に存在していたい。

 もしくは監禁してほしい。一生私を性具として扱ってほしい。松本さんの気が向いた時に欲望を解消するためだけの存在だってかまわない。じらされる時間が長ければ長いほど愛は、快楽は、倍増される。それだけで私は満たされる。

 それも駄目なら、いっその事私の中にずっと存在していて欲しい。私だけのものになって欲しい。私が松本さんを全て飲み干してあげるから。松本さんが液体になってくれるのなら、私はその一切を拒否しない。すべて、受け入れる。

「はは……快感って」

「もっとすごい快感だって、愛しあっているならいくらでもあるんですから」

「……安奈?」

「だから松本さん、愛して。愛して。愛して」

「安奈っ……!!」


 松本さんの声は、遥か遠くから聞こえてくる。

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