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安奈  作者: はにゃにゃき
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偏愛

 私は不眠症だ。

 といっても決して眠れない訳ではない。そりゃあ少しは眠る。しかし安奈ちゃんのようにすぐさま眠る事も出来なければ長い時間眠り続ける事も出来ない。軽度ではあるが間違いなく不眠症である。

 私は覚醒してしまった目をこすり、時間を確認しようと携帯電話を取り出した。

 カチッという音を鳴らして携帯電話が開く。画面から発せられる小さな明かりが暗い部屋を少しだけ明るくした。

「深夜一時か……」

 これでも私にしてみれば長く眠れたほうだ。今日は私も疲れていたのか、安奈ちゃんが眠りに入ってから一時間後ほどでスッと眠る事が出来た。つまり私は七時間ほど眠っていた事になる。こんなに眠れたのは小学校以来だろうか。ずいぶんと頭がスッキリとしている。

「……まだ寝てるんだ」

 私は安奈ちゃんの顔を覗き込んだ。その寝顔は、まるで天使のように穏やかな顔。

 連想できるものとしたら天使以外に思いつかない。なんて可愛らしく、なんて純粋な寝顔なんだ。この子は本当に美しい。

「…………」

 でも……なんでこんなに穏やかに眠れるのだろう。

 安奈ちゃんの過去を少しだけ聞かせてもらったのだが、とても壮絶とした過去であった。

 そんな過去を持つ安奈ちゃんは、どうして今こんなにも穏やかに眠れるのか……

 狂うほどのトラウマを背負いながら生きているというのに。人間として底辺まで落ち込んでいたというのに。

 彼女は、今、とても穏やかだ。

「……安奈ちゃん……」

 私は安奈ちゃんの頭が乗っかっている左腕にそっと力をいれ、安奈ちゃんを抱き寄せる。

 その力に呼応するかのように私を抱きしめている安奈ちゃんの腕がギュゥッと私を引きよせた。

「……ん〜……」

 安奈ちゃんは寝言を漏らす。唇を小さくパクパクと動かして「ん〜……」と何度か連続して呟いていた。

 なんて……可愛い……

 今こうして安奈ちゃんが穏やかに眠れている事は、奇跡的な事なんじゃないかと私は思う。

 ましてや、昨日今日知り合った私の隣で……まるで信用しきったように身を預けて。

 そう考えると思わず涙ぐんでしまいそうになる。

「……愛しいなぁ……」

 愛しい……安奈ちゃんがとてもとても愛しい。

 私は今、ようやくわかった。愛しいと感じる心を。大好きと無我のうちに感じる心を。

 これは決意や誓いとはまた違う。思う事と感じる事は、まったくの別物だ。

 愛とは理解する事ではなく感じる事。そしてこれは理解する事より遥かに強い力を持った感情。

 壮絶な過去を持つ安奈ちゃんに同情しているのではない。違う。ただ大好きなんだ。

 これが無償の愛というものなのだろうか。本当に好きで好きでたまらない。

「……安奈ちゃん……」

 そして、困った……

 どうしよう……安奈ちゃんと、ひとつになりたいなんて……思ってしまっている……

 理解する事は、たやすい。けいちゃんにも言った。冗談っぽくだが、安奈ちゃんにはえいちゃんが居るしねって。

 でも、制御する事は難しい。感情や衝動を抑える事なんて……果たして出来るのだろうか。これほどの感情……これほどの衝動……これほどの……想いを……

 ぶつけなきゃ、おかしくなってしまいそうだ。

「安奈……ちゃん……」

 私はプルプルと震える左腕に力を込める。そっとでは無い。かなりの力を込める。より体が密着するように、ぐいっと安奈ちゃんを抱き寄せた。

 安奈ちゃんの体は、ものすごく柔らかい。骨ばっているイメージがあったがなんて事は無い、しっかりと、女の子の体をしている。

 私は安奈ちゃんの足に自分の足をからめた。どんな形でも構わない。とにかく、足を絡めた。

 そうすると、安奈ちゃんの顔が私のすぐ近くにくる。安奈ちゃんの寝息が私の鼻のてっぺんに吹きかかるほどに近く……

 ドクンドクンと、私の血液が脈を打つ。大きく大きく波を打つ。この音で安奈ちゃんが起きてしまわないか、心配になるほどに大きな音を立てている。

 ちょっと。あとちょっとで、安奈ちゃんの唇に届く。届いてしまう。

 心臓が、破裂する……

「……はは」

 私は小さく笑った。そして絡ませていた足をほどき、左腕の力を抜いた。そしてそのまま薄暗い部屋の天上を眺める。

 何やってんだ、私は。恥ずかしい……

 えいちゃんは私が女だから安奈ちゃんを安心して預けたのだろう。それを裏切ってどうする。

 それに安奈ちゃんは天使のような子。私なんかが汚すことは許されない。

 寸での所で理性が感情を凌駕した。もしあのままキスをしていたら、もう止められなかったろう。

 私はひとつ「ふぅ……」とため息をつき、そっと安奈ちゃんの耳を撫でた。

 安奈ちゃんはまた「ん〜……」という寝言を漏らして、気持ちよさそうに微笑んだ。

「可愛いんだから……」

 私はまだドキドキしている心臓を右手で押さえ、天井を見上げながら小さく「参ったなぁ」と呟いた。


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