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安奈  作者: はにゃにゃき
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幸福

 私と彩ねぇはアパートへと帰ってきた。帰ってくるなり彩ねぇはコートを脱ぎ捨て「ふぅ〜……歳取ると歩き続けるのも辛くなっちゃうねぇ」とおばさんくさい事を言って布団の上にどっかりと座る。

 けいちゃんはと言うと「今日は、もう帰ります」と言って家に帰っていってしまった。

 もちろん私も彩ねぇも引き止めたけれど、けいちゃんは自身で何か考えたい事でもあったのか、頑なに意見を曲げなかった。

「また明日お見舞いに行きましょう」

 最後にそういったけいちゃんの顔は、今までのけいちゃんとは別人のように、充実した顔をしていた。けいちゃんの中で、きっと何かが変わったのだろう。

 私はそれがこの上なく嬉しかった。

「昨日はどうなる事かと思ったけどさ、今日はなんだかずいぶん気持ちが楽になったよ」

 彩ねぇが布団の上であぐらをかきながらそう言う。

 彩ねぇはすごくニコニコしていて、本当に充実したという表情をしていた。

「うん。松本さんが事故にあって……内心ずっと心配してましたけど、今日の松本さんを見て安心しました」

 私もニコッと笑い、彩ねぇの隣に腰を下ろした。すかさず彩ねぇは私の肩に腕を乗せ抱き寄せてくる。

 そしてニコニコした表情から一転、少しだけ真面目な顔になり私の目を見つめる。

「それにしてもさ、ずっと気になってたんだけど」

 少し声のトーンが落ちている印象。短い付き合いだが、こんな時の彩ねぇは冗談を言う彩ねぇじゃないという事くらいはもう解っていた。

 何事かと思い、私もついつい真面目な顔になってしまう。

「なんですか?」

「いや……食堂での話なんだけどさ、安奈ちゃん私と松本君は勘違いしてるって言ったよね?」

 あぁ……その事か……と、私は思い少し気まずくなる。

 確かに私は話の脈絡に関係なく「勘違いしている」と言ってしまった。自分の中ではその事しか考えていなかったから、ついつい出てしまった言葉。そしてそのまま席を立ってしまうなんて、とっても失礼だったと思う。

「それってどういう意味……?私何か間違った事言ってた?」

「いえ、間違った事を言ったというか……私たちは松本さんのお見舞いに行った訳じゃないですか」

「うんうん」

「私もね、けいちゃんが大声を出した事とか空気の読めない発言をした事とか不快には思ってました……でも、なんか違うって。喧嘩をしにお見舞いに行った訳じゃなくて、松本さんに会うために行ったんだから」

 私がそう話すと彩ねぇはその事に気付いたようで「あぁ〜」と呟いて余っているほうの手で頭をガリガリと掻いている。視線は私を外し、少し下を見ているようだった。

「そうだよねぇ……いや、ごめんね。私もちょっと熱くなっちゃってたみたいで」

 そう言って彩ねぇは両手を広げて布団の上に寝転がる。少し、物思いにふけっているようだ。

 そういえば彩ねぇ今朝言ってたな……どんな場合でも私の肩を持つって、私の味方だって。

 だからか……けいちゃんを少し乱暴に扱ったり、わざわざ追い詰めるような事を言ったり。

 私に幸せになってもらいたいがゆえに、熱くなってしまっていたのだろう。彩ねぇは良かれと思ってやった行動だったのだ。

「彩ねぇってさ、不思議な人ですよね」

 私は彩ねぇの顔を見ながらそう呟いた。当の彩ねぇはキョトンとした表情で私の顔を見る。

「不思議って?」

「だって、彩ねぇって知り合ってまだ間もない私のためにそこまで熱くなれるんだもん。不思議ですよ」

 私のこの言葉を聴いて彩ねぇは少し顔を赤く染め、右手で自分の顔を覆い隠した。

 親指と薬指でこめかみをグッと握り、頭を数回左右に揺らす。

「はは」

 彩ねぇはそう小さく笑った後に顔に当てていた手をどけて、無言のまま自分の左手を右手でポンポンと叩く。まだ顔は少し赤いけど、笑顔で私を見つめている。

 私は彩ねぇの気持ちを察し、そのまま仰向けに寝転がって彩ねぇの左腕を枕にした。彩ねぇの腕はものすごく細くて、なんだか思い切り頭を乗せるのをためらってしまう。

「いいのに」

 少し頭を浮かしている事に気がついたのか、彩ねぇはそう言って右腕で私の頭を押さえつけた。ぐいっと、体重がかかるように。

 本当に……それだけでも折れるんじゃないかと思うほど、彩ねぇの腕は、細い。

「……痛くない……?」

 私は心配になり彩ねぇの顔を見た。しかし彩ねぇの顔は痛さに耐えているような色は少しも見せず、むしろ、幸せそうな印象を受ける。

「痛くないよ」

 ニッコリと笑い、彩ねぇは私の頭の耳を優しく触った。親指と人差し指ではさむようにして撫でてくる。

 すごく、気分が良い。すごく、心地良い。まるで眠気を誘うマッサージ……

 そういえば今日はまだ眠っていない事に気が着いた。もうずいぶん長い時間起きたまんま……今まで覚醒状態が続いていたので、彩ねぇの心地よい指先で一気に眠気が襲ってきた。

「彩ねぇ……眠くなっちゃった……」

 私は半分閉じたような瞳でようやく彩ねぇの顔を見る。すこしぼやけてはいるが、彩ねぇの表情は相変わらず笑顔のように見えた。

「そうだね。このまま寝ちゃおうか」

 彩ねぇの心地よい手は、止まらない……どんどんと……眠気を誘う……

 私はおもむろに彩ねぇの体に腕を回し、ギュゥッと抱き寄せる。

「おやすみ……おねえちゃん……」

「うん……お休み安奈……」

 私はなんて……幸せなんだ……


【後書き】

ここで第二部みたいなのが終わりです。今回の部は健全というか、テーマが成長でしたからね。毒毒しい描写はあまり無かったかと。

自分でも解るくらいに中だるみよね。完全に。今回の部は書きたい事ではなくほぼ今後のためへの布石のお話でしたから「あぁ〜……早くあの話書きてぇ〜……」などと思ってしまいペンが止まるなんて事もしょっちゅうでした。本当はあれですよ、誰かに今後の話や設定をベラベラ喋ってしまいたい気分ですよ。そして「どう?どう?」と意見を聞きたい気分ですよ。

でも小説というのは完結し初めてひとつの作品になるのですから……焦らず、じっくりと、逸る気持ちを抑えながら書きました。これも面白く、そしてまとまったお話にするためには必要な事なんだから仕方ないです。


連載を始めた当初は第五部で完結の予定で、話数も百いかない予定だったのでもうそろそろ折り返し地点に差し掛かりますね。しかし他作品の執筆も開始しているので今後の更新周期は遅くなるかも知れません。今年度中の完結は難しいかと。ですが、このお話は自分の中でもかなり思い入れの強い作品ですので、完結しないままフェードアウトという事は絶対にありえません。だから、見放さないでくださいねん。今後とも小説『安奈』をよろしくお願いします。


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