素敵
今日は僕はまだ子供だという事を思い知らされた。
視野が狭い。すぐに感情的になる。そのくせ臆病。いつもおどおどしている。
正直言って、自分で自分が嫌になるほどに、僕は未熟だ。
安奈さんも、彩子さんも、松本さんも。詳しく話してくれるはずなんて無かったんだ。だって僕は、まだ子供……
同い年と言っても、安奈さんはとても落ち着いた女性。ものすごくしっかりしている。だから憧れていたというのはあるのだけれど、とてもじゃないが同年代とは思えない。
彩子さんは、不思議な人だ。とても無邪気に振舞い、我侭で自分勝手な印象も受けるが、ものすごい行動力と決断力を持っていて頼りになる。そして何より明るく華やかな人だ。
松本さんは、少し悔しいけれど、ものすごく安奈さんを愛している。ものすごい包容力を持っている。その包容力は安奈さんだけにとどまらず、不器用ながら僕を褒めたりもしてくれる。
なんてものすごい人達なんだ、と素直に思ってしまう。普段をのほほんと過ごしていた僕には、とてもじゃないがこんな人らにかないそうもない。
この人達はそれぞれが過去に何かを秘めている。きっと何かがあったんだと思う。そうじゃないと、こんなに特殊な人間になれる訳がない。
僕には、まだ何も無い。普通に学校へ通って、友達と遊んで、一日が終わる。それの繰り返し。
そのことに対してなんの疑問も湧いていなかったし、なんの不満も無かった。
けど……僕は願っている。
この人達のようになりたいと、願っている。
誰かが大切な話をしてくれるような人間に。誰かが僕を選んで相談してくれるような人間に。そういうものを共有できるような人間に、なりたい。
「よかった。啓二君元気になったんだね」
病院からの帰り道、安奈さんは僕の顔を覗き込みながらニコッと笑って僕に話しかけてきた。
この笑顔に、すごく、すごく、心が満たされる。
「はい。なんか色々……すみませんでした」
「ううん。松本さんも別に怒ってなかったから。むしろね、多分松本さん啓二君のこと少し気に入ってるよ」
……安奈さんに心寄せている僕を、敵とは見ず、むしろ気に入る……か。
これは敵として見れないほどに僕が未熟だから……という意味ではない。そんな事を安奈さんがわざわざ伝えるはずがない。
言葉こそ少々荒っぽいが、あの松本さんという人はやはり包容力がすごくある。心が広いとはまたちょっと違う気がする。包容力があるんだ。それも半端じゃなく。
「まぁ今日は色々あったしねぇ〜。けいちゃんも、手痛い授業料だっただろうけどさ、勉強になったでしょ?」
彩子さんも笑顔で僕に話しかけてくる。
すごく直球で言葉を選ばない人ではあるが、的確に僕の心境を見抜いてくる。僕が思っている事をそのまま言われているようで、なんだか恥ずかしいほどに的確だ。
「……はい。かなり勉強になりました。そりゃ手痛いけど……落ち込むような事なんですけど……」
僕は、空を見上げた。
昨日とはうって変わって、青い空が一面に広がっている。雲が少しまばらに残ってはいるけれど、すごく、すごく、透き通るように高く、青い。
なんだか……空を見上げる安奈さんの気持ちが少し解る気がした。空は、綺麗なんだ。
春の空も、夏の空も、秋の空も、冬の空も。
晴れの空も、曇りの空も、雨の空も、雪の空も。
朝の空も、昼の空も、夕方の空も、夜の空も。
ゆっくりと、眺めてみたいような気持ちになる。
「僕は、少しだけ成長できたような気がします。お見舞いに来れて、本当に良かったと思います」
僕は自然と、顔がにやける。少しこの言葉を言うことに照れがあった。
だけど、どんなに臭い台詞であろうとも、この人達は決して馬鹿にした笑いは絶対にしないと確信している。この人達は、僕にこう思って欲しかったんだと思うから。
「啓二君はあれだね、純粋だし、素直さんだね」
安奈さんはニッコリと笑って嬉しそうにスキップをして歩いている。
とても無邪気に、本当に嬉しそうに。僕なんかの事で、笑ってくれている。普段の安奈さんは妙に落ち着いた所があるけれど、それは安奈さんはいつでも物事を真剣に考える人だからなんだ。
だから今も真剣に、僕の事で喜んでくれている。とても、嬉しい。
「けいちゃんってば本当にいい子だねぇ。けいちゃんもう少し身長が高ければお姉さんの彼氏にしてあげるのに」
彩子さんは目を細めて大口を開いてど派手に笑っている。
彩子さんのこういう部分……嫌いじゃなくなった。たちの悪い冗談を言うけれど、堂々としていて、思った事をそのまま言ってしまう。しかしそれこそが彩子さんの魅力なんだと、今さらながらに思っている。
なんだか……幸せだ。
僕なんかの事で、こんなすごい人達が一喜一憂してくれるなんて……ものすごく贅沢をしている気分になってしまう。
だからこそ僕はそれを伝えたい……この人達に僕の心境を伝えたい。
「安奈さん……気付いていたかも知れないですけど」
安奈さんはスキップを止め、立ち止まりながら僕の顔を見た。
「ん?何?」そう言った時の表情は、ものすごく可愛らしい……
「僕は安奈さんに憧れてました……惹かれていた事は間違いないです」
僕がそう言うと安奈さんは少し困惑した表情をして「あはは」と笑う。
その表情も、やはりとても素敵だ。
「でも、気付きました。僕はまだまだ未熟で、安奈さんと釣り合うような男じゃないって……でもこれは卑屈になっているんじゃないんです。諦めじゃないんです。僕は、素直にそう思っています」
そうなんだ……僕は決して卑屈になっていない。
「さっきも言ったように、僕は今日お見舞いに来れて良かったと思っていますから。貴方たちのように素敵な人間になりたいって、思えましたから」
むしろ、安奈さんとは友達でいたい。友達がいい。そう感じている。
もっと、影響を与えて欲しい。僕に、もっともっと影響を。
安奈さんに限らず、彩子さんとも一緒に居たい。松本さんとも……実は、僕も松本さんを敵視は出来ていない。友達になりたいって、思っている。
こんな素敵な人達と触れ合って、僕自身も、素敵な人に。
そう、願っている。
「素敵な人……って」
安奈さんは少し頬を赤くして唇に手を当てている。少し照れているようだ。
その姿も、美しい。非の打ち所が無いほどに、美しい。
「けいちゃんだって、素敵な人じゃない」
突然彩子さんが僕の肩に腕をぐるりと巻き付けて肩を組んできた。
僕はあまりに突然の事で飛び跳ねるほどに驚いた。心臓もドクンドクンと、音を立てて脈打つのが解る。
「え……?」
「けいちゃんだってさ、素敵じゃん。私も安奈ちゃんも持っていないものを、けいちゃんは持ってるよ」
彩子さんはそう言って二カッと笑い、「ね?安奈ちゃん」と同意を求めた。
そして安奈さんも「うん。けいちゃんだって、素敵だよ」と、初めて僕をけいちゃんと呼ぶ。
「もっと伸ばしていけばいいんだと思うな。けいちゃんの良い所」
安奈さんは空を見上げてそう言った。
僕もつられて空を見る。彩子さんも見上げる。
太陽は西に沈みつつあり、辺りをオレンジ色に染め上げていた。
とても、とても、美しい……
なんだかグッとくるものがあり、うっすらと、涙が浮かんでくる……




