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安奈  作者: はにゃにゃき
42/80

正義

 えいちゃんの言う事は、確かにもっともだ。もっとも過ぎて、反論の余地は無い。

 反論は無いのだが少々……いや、かなり手厳しい。

 相手は若いって事に気がついているのだろうか。若いのだからこその言葉なのだろうが……だけど若いからこそ、理解できないとも思う。

「松本君……ちょっと言いすぎだと思うよ」

 私はえいちゃんの目を見て小さく声を出していた。えいちゃんの言っている事はもっともで、私すらも納得させられるような事だったから発した声も自然と小さくなってしまう。

「そうか……悪い、ちょっと熱くなったかも知れない」

 それも解る。

 えいちゃんにしてみれば、安奈ちゃんは今や生きがい。無くてはならない存在。

 それを脅かすような人間が現れたら……そりゃ、熱くもなる。

 私に対してもそうだった。駅の前で安奈ちゃんを否定した時、えいちゃんはものすごい剣幕で怒った。

 安奈ちゃんが部屋を出て行った時もそうだった。あの温厚なえいちゃんが鬼のような表情をして、ものすごく大きな声を張り上げた。

 そして無我夢中になって探して、自分が事故にあって怪我をしたと言うのに、心配していた事と言えば、安奈ちゃんの状態……

 それだけでえいちゃんの中では安奈ちゃんがどれほどのウェイトを占めているのかがわかる。

 熱くもなる。

「言いたかった事はこういう事じゃないんだ。悪い。喧嘩腰になった事は謝る。言いたかった事は啓二君は間違ってはいないって事なんだ」

 えいちゃんは耳の後ろを少し掻いて間をおいてから落ち着いたようにそう言った。

「相手が安奈じゃなければ、全然間違ってはいない」

「そうだね。啓二君、別に悪いことしてる訳じゃないんだよ」

 私がえいちゃんの言葉に補足を加えた。そうだ、けいちゃんは別に悪いことをしている訳ではない。自分の中に湧き上がる精神、言葉、感情、鼓動、咆哮。それはつまり正義。

 けいちゃんは、自分の中の正義を示そうとした。そしてその正義は間違ってはいない。

 えいちゃんが言うように、相手が安奈ちゃんでなければ。

「……安奈さんじゃなければって……どういう意味ですか……?」

 けいちゃんの声はもう聞き取る事さえ苦労するほどに小さくなっている。気をつけて聴かなければ周りの雑音にかき消されてしまうほど、か細い。

「……安奈はよ、啓二君も少しは知っていると思うけど、特別な境遇なんだ。そのせいなんだが……それを俺から話すのは違うと思うから、話すかどうかは、安奈に任せる」

 えいちゃんはそれだけを言って席を立ち、安奈ちゃんから財布を受け取ると「ちょっと飲み物買ってくる」と言って売店のほうへと歩いていった。

 確かに、私やえいちゃんから話すのは違う気がする。安奈ちゃんの秘密というか特別な部分は、安奈ちゃん自身が話したくなって初めて他人に伝わるべき事なんだと、思うというか、そう感じている。

「私も、席外そうか?」

 私は安奈ちゃんの顔を見てそう告げた。

 しかし安奈ちゃんの表情は、何故だか曇っている……

「う〜……彩ねぇも、松本さんも、ちょっと勘違いしてるよ」

 安奈ちゃんはそう言い、席を立つ。そしてえいちゃんの後ろを追いかけるように駆け足でその場を離れた。

 少し大きな声で「松本さんまってよ」と言いながら、無邪気な様子で駆けている。

 残された私とけいちゃんは、ただポカンと、その様子を眺めていた。

 それにしても……

「勘違い?」

 勘違いって……なんの事?

 何か間違った事を言っただろうか。私も、えいちゃんも。

 私は……けいちゃんには安奈ちゃんの相手は無理だと思っている。それは、私も少ししか聞かされていないが安奈ちゃんの闇の部分の大きさの問題があるからだ。

 とてもじゃないが、14歳の女の子にあの闇を突きつけられて、目を背けない人は居ないだろうと思う。けいちゃんは安奈ちゃんに気があるぶん、尚更だと思う。

 そこをしっかりと受け入れてあげられたのは、えいちゃんだから。えいちゃん以外の人には無理だろうなと、私も思っている。

 これが勘違いなのだろうか……?とてもじゃないが勘違いとは思えない。

「……僕って……なんなんでしょうね……?」

 今まで黙っていたけいちゃんが突然声を出す。私は少し驚いて思わず「え?」と声を漏らしていた。

「僕って……昨日からただただ損な方向に進んでいってしまって……もう何がなんだか……わからないですよ」

 けいちゃんの表情は、本当にどんよりとした印象を受ける。

 顔はうつむいていて影が出来ている。眉は完全に垂れ下がり、口も半分開いていて「へ」の形をしていた。

 無理もない。えいちゃんにあそこまで言われたんだ。しかも言われた事の半分も理解出来ていないだろう。

「なぁ〜に言ってるのよ、男の子」

 私は思わずけいちゃんの背中を平手ではたく。コートを着ているせいか、ボスッというにぶい音が出た。

 けいちゃんは突然の事でまたオロオロとする。

「けい……けいちゃんはね、さっきも言ったけど全然間違ってはいないんだから」

 私はそう言ってニコッと笑って見せた。けいちゃんは不思議そうな顔をして私の目を見て「……だから、それが良くわからないんですけど……」と呟いた。

「松本君が入院してから二人の初めての対面で、ものすごく大切な場面だったのに病室で大声を上げてしまった事。この事については場違いだったって気付いてるんでしょ?」

 私は人差し指を立ててけいちゃんの頬に近づける。

「え……?あ、はい……」

 少し驚いて顔を赤めてはいるが、けいちゃんは私の指から逃げる事はしなかった。

 やっぱり、けいちゃんはいい奴だ。そう思って私は少し安心する。

「でもね、けいちゃんの言ってる事は間違ってなかったよ。松本君は資格が無いって言ってたけど……それは私もちょっと思う事なんだけどさ……でも、安奈ちゃんを心配して出てきた言葉なんだから、間違いじゃないよ」

 そう言って私は満面の笑みを浮かべて、けいちゃんの頬に人差し指でつんつんとつついた。

「むしろね、けいちゃんのそういう所って、普通の境遇の人からしてみたら、すごく嬉しい事なんだと思うな」

 えいちゃんも、これくらいの事には気付いていただろう。だから話がしたかったんだと思う。

 結局はえいちゃんが熱くなりすぎちゃって口論みたいになってしまったけれど、えいちゃんはけいちゃんにこの事を伝えたかったから「間違いじゃない」って言った。

 まったく……えいちゃんは相変わらずすごく不器用。いまだに言いたい事をそのまま言葉にして伝えられないらしい。素直に言えば良いだけなのに。

「そ……そんな……言われても……」

 けいちゃんは照れくさそうに私から目をそらす。膝に乗せてあった手に力が入っているのが解った。

 なんとも若くて純情。童貞を絵に描いたような少年。

 私は思わず「フフッ」と噴出していた。

「さっきはごめんね、ちょっと乱暴しちゃったよね」

 私はけいちゃんの頬をつついていた指をとめ、そのまま手を開いてけいちゃんに差し出しし「仲直りしようよ」と、優しい声で言う。

 そしてけいちゃんは、ゆっくりと視線を私の目へとむけた。少し元気を取り戻したようで、しっかりと、強い視線で私を見た。


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