対話
松本さんは「フフフ」と小さく笑い続けている。
笑ってはいるのに、その顔はなんだか悲しそうな印象を受けた……
私はしばらくその様子を眺めていた。一向に収まらない笑いに、どうしたのかと思い心配になる。
「松本さん、どうしたの?」
私のその質問に松本さんは右手を私の前に差し出して「ちょい待って」と言い、また笑い出す。
「フフフフ……参ったなぁ……恥ずかしい限りだ、中学生に叱られるなんて」
私は松本さんのその言葉を聴いてハッとなり、もう一度啓二君のほうを向きなおす。意識して、冷たい表情を作りながら。
「啓二君……悪いんだけど、外に出ててくれる?」
私は冷たい声で啓二君にそう告げた。
そうだ。なんで啓二君は松本さんを責めたてているのか。誤解があるのは解っているけど、なんで松本さんは啓二君に叱られなければならないのか。正直すごくむかつく。
そりゃあ迷惑はいっぱいかけたし、色々な事に巻き込んでしまった。私の事を意識しているのも気がついているし、啓二君の気持ちもわかる。それでもここで騒ぐのは最も違うと思うし、啓二君には松本さんを責める権利なんて無い。昨日今日知り合った人間に私達の事をどうこう意見して欲しくは無い。正直言って、かなり迷惑だ。
「……迷惑だから……周りの人にも……私達にも」
私はそう言って再び松本さんに視線を戻し、パイプ椅子に腰を下ろす。
そう、今の私には啓二君に関わっている余裕は無い。頭の中は、松本さんの事でいっぱいだ。松本さんの怪我の具合がどれほどのものか、本当に完治するのか、痕は残らないのか、ものすごく気になる。
「ごめんね松本さん……うるさいと頭に響く……?」
そう言って私はまた松本さんの頭に手をのせる。
松本さんは昨日おそらくお風呂に入っていなかったのだろう、髪の毛が多少ゴワゴワしていた。
「フフ……いや……別に、大丈夫」
松本さんはそう言って、私の手をやさしくふりほどく。真剣な目をして、また啓二君を見つめていた。
「はぁ……啓二君って言ったな」
私もつられて啓二君の顔を見た。
啓二君は……声をかけられた事に少しビックリしたようで、落ち込んだ顔をしつつも口を半分開きながら目を見開いて松本さんを見る。
「なんですか……?」
「場所変えてさ」
松本さんはそう言い、ベッドの下においてあったスリッパに足を通す。
そしてゆっくりと立ち上がり、出口のほうへと歩いていった。
「少し話そうか」
松本さんは少し笑顔を浮かべながら、私達を呼び出すようにチョイチョイと手をまねく。
「向こうに簡易食堂みたいなのがあるんだ。そこで話そう」
私達はポカンとしながらも、松本さんの背中を見失わないように着いて歩きだしていた。
5号室の病室から歩いて一分もしない場所に、簡易食堂はあった。
簡易食堂とはよくいったもので、売店の隣にただテーブルがズラッと並んでいるだけ。自動販売機も無い。
つまりは売店で何かを買って、ここで食べろという事なのだろう。
こんな場所でも溜まり場としてはもってこいのようで、人もチラホラと居る。しかし無駄に広いだけあって席は存分に余っていた。
私達4人はなるべく人の居る所は避け、一番窓際の席へと着席する。
「……話ってなんですか?」
私の斜め向かいに座っている啓二君が私の左隣に座っている松本さんに話しかけた。
その表情はさきほどとは違い、少し落ち着きを取り戻しているような印象を受ける。
「俺が偉そうに話すのもなんだが……よ」
松本さんは私のほうをチラっと見る。そして少しだけ悲しい表情をした。
「君に安奈の相手は無理だと思う」
松本さんはそう言って啓二君の眼を強い視線で見つめていた。決して睨んでは居ない。強く、見つめている。
……そして私も、その意見には同意せざるを得ない。とてもじゃないけど、啓二君には……私の闇は見せられない……
彩ねぇにはちょっとだけ話したけれど、全部じゃない。松本さんが知っている事の半分くらい。松本さんだって全部は知らない……いや、話せてない事のほうが多いくらいだ。
信頼している松本さんにさえ話せないというのに。啓二君には……申し訳ないが、正直な所話したくない。
「無理って……どういう意味ですか?」
啓二君は不機嫌そうな表情を浮かべ、松本さんに問いかける。
たぶん啓二君は勘違いをしている。私が啓二君を決して好きにはならない。みたいな風に思っている。
……いや、良く考えたらそれも間違いでは無いが……でも、今はそういう意味ではない。
「なんだろうな……若いっていうのが一番適切だとは思うんだが……」
「若いって、僕は安奈さんと同い年ですよ」
「同い年のように、感じているか?」
そう言われ、啓二君はハッと目を見開いて私を見た。
私も思い返してみると、啓二君を同い年だと意識した事は一度も無い。
身長は私より低いしいつもオドオドしており挙動不審。いい人ではあるが、やはりどこか頼りない感じがする。
言われて見ると……私は啓二君の事を心のどこかで少し子ども扱いしていた。
男として見ていなかった。とでも言えばいいのだろうか。おかしくなってた時くらいだ、愛して。と思ったのは。あの時は、とにかく愛が欲しかったし……彩ねぇに松本さんをとられたと思ってたし……特殊な状況だった。
それが過ぎて、今朝啓二君が部屋にやって来た時、もうそんな事は微塵も思わなかったし、啓二君にどう思われたいかなんて考えてもみなかった。
つまりは、そういう事なんだと、思う。
「安奈はなぁ……気付いてると思うが、不思議な奴なんだ。妙に落ち着いてる部分もあるし、突然感情的になって子供のようにはしゃいだり泣きじゃくったりする」
「そうですね……」
「君は、何故安奈はそんな風になったのかって、考えた?あ、そもそも、何故コンビニで14歳の少女が学校にも行かずアルバイトをしているのかって、考えた?」
啓二君はうつむいて歯をカチカチと鳴らし始めた。目はテーブルのどこか一点を見つめている。
思っている事はおそらく『考えてもみなかった』という事なんだと思う。
啓二君の体はプルプルと震えだし、目蓋をゆがませている。
「……いや……だって……」
「だって……?はは。だってじゃ無いだろ」
「だって……知り合ってまだ二日目だし……」
「……はは。だったらさ」
松本さんは大きく息を吸い込んで、吐き出した。
「だったら、大勢の前で大声を出して俺を非難する資格は、君には無い」
松本さんはより強く啓二君の顔を見つめていた。
睨んではいない。ただ強く、見つめていた。
「ん〜……」
それにしても、なんで?
なんでこんな空気になってしまったのか。私は普通にお見舞いをしたいだけなのに。
私は小さく、誰にも聴こえないように「ふぅ」とため息をついた。




