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安奈  作者: はにゃにゃき
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接触

 安奈……

「安奈……」

 安奈がお見舞いに来てくれた。安奈の顔を見た瞬間に、思わず目頭が熱くなる。

 安奈は正気を取り戻したらしく、しっかりとした足取りで彩子と一緒に病室へと入ってきた。

「松本さん」

 安奈は俺の顔を見つけると急ぐようにかけよってきた。そしてすぐさま俺の頭の包帯を手で撫でる。その表情は、悲しそうながらも少しだけ笑顔も混ざっているような、そんな顔。

「松本さん痛い……?」

「……痛い。昨日はそんなに痛くなかったんだけどな。今日は痛い」

 安奈は「あぁ……」と言って黙り込む。顔にはもう悲しみの色しか浮かんでいなかった。

 俺はベッドから体を起こし、頭に触れていた安奈の手を取る。

 少しひんやりとしている安奈の小さな手は、何の抵抗もせずただただ俺の両手に包まれた。

「……松本さん……?」

 俺は顔を伏せて「はは」と笑う。

「本当はよ、抱きしめたいくらいなんだ……」

 安奈の表情はまた一転して驚いたような顔になり、同時に薄く頬を赤らめた。

 そんな安奈の顔を見て、俺はまたひとつ「はは」と笑う。

「この怪我は、お前のせいじゃないからな」

 俺は一番伝えたかった事をまず伝えた。安奈は、少し申し訳なさそうな顔をしていたが、俺のこの言葉に対して小さく「ありがとう」と呟いた。


 俺は安奈の手を握ったまま数分黙り込んでいた。安奈も同じように黙り込む。

 もうしばらくこの状態でいたい……そう思っていた矢先、この静寂を切り裂くように昨日安奈と一緒に歩いていた少年が突然視界に入ってきた。

 俺はその少年に視線を移し、見つめる。

 その少年はオドオドとしながらも、確実に俺のほうへと近寄ってきていた。

「あ……え……えいちゃん、あのね」

 突然彩子が駆け寄ってきて左手で少年の歩みをさえぎる。

 彩子のこんな焦ったような表情は、センター試験の前日以来だ……なんて思った。

「えっとさ、昨日安奈ちゃんと一緒に啓二君が歩いてたのはね、別に何でもない事でさ。今日だって私が無理言ってついて来てもらっただけなんだよね」

「そうか……」

 俺がそう言うと同時に、その少年は彩子の腕を軽くいなし、安奈の隣へと歩いてくる。

 ちょっとだけ挙動不審に瞳をキョロキョロとさせて、ただただ立ち尽くしていた。

 決して、目は合わせてくれない。

「啓二君……あのさ……」

 安奈はそう言い、俺の手を握る力が強くする。グッと、とても力強く握り返してくる。

 とても申し訳なさそうな顔をして、唇をギュッと閉めていた。

「啓二く」

「松本さん。あの……ちょっとお話があるんですけど」

 安奈の声をさえぎるように、少年は少しだけ大きな声でそう言った。

 相変わらず、目は伏目がちにキョロキョロとしている。

 あわてて彩子が駆け寄り少年と俺の間に入ろうとするが、この少年はそれを許しはしなかった。グッと俺に近づき、彩子の侵入を防ぐ。

「ちょっ……啓二君!」

 彩子は自分の声が大きい事に気がつき、慌てて自分の口を手でふさいだ。

 それでもなお彩子は話すのをやめない。

「……啓二君、何を言うつもりなのか知らないけどさ、しばらく安奈ちゃんと松本君二人っきりにしてあげない?」

 しかし少年はこの必死な彩子を無視し、「松本さん、お話があります……」と再び言い直す。

 その姿を見て彩子は右手で前髪をかきあげた。その表情は呆れた顔そのもの。

「……いいけど、何?」

 俺はそう答えた。少しだけ迷惑と感じてはいるが、別に、断る必要もない。

 それにこの少年はちょっとだけとはいえ、俺と安奈に関わっている。邪険にするのもなんだか違う気がした。

「えと……安奈さん……が……あ、昨日僕が安奈さんと出会った時、安奈さん、少しおかしくなってました……」

 俺は「そうか」とそっけないトーンで答えた。

「そ……そうかって……」

 少年は初めて俺と目を合わせた。その目は、少し怒りが篭っているように思える。

「安奈さん……サンダルを履いてトレーナー一枚で震えながら……歩道の隅っこでしゃがみこんでたんです」

「……へぇ……」

「……っ!! へぇって……!」

 少年の声が突然大きくなった。どうやら俺のこの態度が気に食わなかったらしい。

 それでも俺は相変わらずのそっけないトーンで「他になんて言えば満足するんだ……?」と返答した。

「なんて答えたって満足なんてしませんよ! 一体何があったんです!? 安奈さんおかしくなってたんですよ!? おかしくなるって、そんなの普通じゃないですよ!」

 彩子が突然目をカッと見開き、少年の着ていたコートを思いっきり引っ張り少年をその場から離す。

 突然の出来事だったので少年は彩子の貧弱な腕力に屈し、後ろへとよたよたあとずさった。

「……大きな声だしてるんじゃない……」

 彩子は少年のコートの襟を掴み自分に引き寄せ、ものすごく怖い顔で少年の耳元でそう言った。そして彩子はコートの襟を掴んだまま少年を引っ張って病室から出て行こうとする。

 しかし少年の頭も沸騰状態なのだろう、彩子の腕を乱暴に振り解き、再度俺の顔を緩く睨みつけた。

「貴方がやったんだろ!?安奈さんをあそこまで追い込んだのは、貴方なんだろ??」

 安奈は困ったような顔をし、「啓二君……っ! 静かにして……!!」と、少し怒ったような声で少年をなだめた。


 ……今、この少年の剣幕を目の当たりにして、急激に理解した。

 この少年は安奈に関わりたいんだ。安奈に関心を持ってもらいたいんだ。そして自分の中の正義を振りかざしたいんだ。俺を追い込みたいんだ。無意識なのかも知れないが、そんな印象。

 しかし残念ながら、この思想、この感情、この行動、そしてこの正義、全てが勘違いだ。仮に安奈がおかしくなったのが俺のせいだとしても、俺にそれを言ってどうなる? その後どうしたいのか?

 何故、安奈がおかしくなったのか。この少年と出会った時も、俺が事故った時も。

 少し考えたら、自然と答えが出てくるだろうに。安奈がおかしくなった事が解っているのに、この少年には「何故」を考える力が無いらしい。

 何故、おかしくなったのか。それは、俺の存在が安奈のなかであまりにも大きいからだろう。

 そんな安奈に気付けないのか。この少年の言う事は、逆に安奈を追い込んでいる。

 もしここで俺が安奈をおかしくさせたという罪の意識から「もう安奈とは一緒に住まない」と言ったら……? この少年は、どうするつもりなのだろうか。感情的になる事のリスクをこの少年は知らないらしい。

 この少年は以前の俺の逆の思想。だがしかし無関心という点では同じだろうな。

 以前の俺は安奈に無関心であった。本当に、無関心を絵に描いたような無関心だった。そしてこの少年は、安奈にものすごく関心を持っているように見えるが、本当の所はやっぱり無関心なんだ。「本当に大事なのは自分だ」と自ら言っているという事に気づけていない。

「はは」

 俺は笑う。

「な……っ……何を笑っているんですか!?」

「はは……いやぁ……なるほどな……」

 俺は小さく「フフフッ……」と笑い続けていた。


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