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安奈  作者: はにゃにゃき
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心と身体

 朝目覚めると八時三○分だった。

 これから身支度をして大学へ行かなければならないと思ったら嫌になる。

「……チッ」

 面倒くさい……が、浪人してまで入学した大学だ。休む訳にはいかない。

 俺はノソノソと布団から這い出て、洗面台へと向かった。

 うちの部屋はワンルームトイレ風呂付。洗面台はリビングから出てすぐの所にある。

 あるのだが、そのちょっとの距離を移動するのも面倒くさいと感じてしまう。

 そのうち生きてるのも面倒くさく感じてしまうんじゃないかと思うと、面倒くさいながらも動かなければならない。と、少し思って恐怖する。

 ……いささか大袈裟な表現かも知れないが、実際『思ってしまっている今』があるのだ。

 いつどう感じるかなんて、わかったもんじゃない。

「くそ」

 小さく言葉を発し、ようやくたどり着いた洗面台の鏡を見た。

 なんとも、覇気を感じない顔が俺と目を合わせる。

 あぁ、こりゃあ本当に危ないかも知れない……直感的にそう感じた。

 青白い顔に目の下のクマ。少しこけた頬に無精髭。

 最悪の印象。まさにろくに生きていない顔だ。

「どういうつもりなんだ? こら」

 俺は鏡の中の自分にそう問いかけた。


 数十分かけてようやく身支度を済ませて外へ出た。冷たい空気が一斉に襲い掛かってくる。

「くそ」

 バイクの季節はもう終わった。路面にうっすらと雪が積もっている。

 一面雪景色というほどではないが、バイクに乗るという事は自殺行為。バイクは少しの積雪でもすぐにタイヤが横滑りを起こしてしまう。すっころぶだけならまだいいのだが、そこに車にでも突っ込まれたら一貫の終わりだ。

 さすがにもう無理だろう。

 これが何よりも俺を憂鬱にさせる。学校へ向かうのにわざわざ電車に乗らなくてはならない。

「どういうつもりなんだ? こら」

 俺は空を見上げてそうつぶやいた。


 時計を見てみると八時五○分。

 少しのんびりしすぎたようだ。

 俺は走って駅へと向かう……ような事はせず、もうすでに第一科目はサボる事に決めていた。

 こういう所が俺の悪い所だとは解っているのだが、どうしてもやる気が起きない。

 あぁ、ここで走っていれば少しは生きる実感が湧くだろうに……なんて思いながら、ゆっくりと駅へと向かって歩を進めた。

 次の電車は一○時過ぎまで無い……これだから田舎は嫌になる。


 俺のボロアパートから10分くらい歩いた場所に俺がアルバイトしているコンビニがある。

 そこは駅までも五分くらいの距離でかなり利便性のいいコンビニだ。

 どうせ一時間目はサボる事にしたし……今はちょうど、安奈が働いている時間でもある。

 俺はそのコンビニで立ち読みをしてから学校へと向かう事にした。


 ……歩いている最中、ちょっとだけ、本当にちょっとだけ、心が躍っている自分に気づいた。

 思えば、安奈の働いている姿を見た事が無い。

 いつもならバイクで学校へ向かっていく時間だし、何より、興味が無かった。

 アイツへの興味と言ったら……顔と体……ぐらいのもの。

「……違う」

 いいや、違うか。それすらも興味無い。

 安奈に興味を持たないようにわざと自分を制御していたのだろう。

 俺は、昔を恐れている。

 必要以上に仲良くなり、その相手が突然消えてしまう事を恐れている。

 前の彼女がそうだった。同じ大学に入ると約束したあいつの事が、少しだけトラウマになっている。

 受験に失敗した俺をアイツは突然見限り、その後一切の連絡が取れなくなったのだ。

 電話をしても、出ない。メールをしても、返事をよこさない。家に行っても、居留守を使われる。

 そんな疎外感を、もう感じたくは無。だから、安奈の事も、必要以上に興味を持ってはいない。持ってはいけない。

 安奈が前の彼女のようにならないとは、限らない。安奈は元々根無し草。野良犬…前の彼女以上に危険な存在のような気がする。

「寂しいだろう……それは」

 ボツリと、独り言をもらした。

「安奈と仲良くしようか」

 今呟いた事は、何度も思い返していた事。


 感情を制御してきてはいたが、安奈とはもう一年近く一緒に暮らしている。

 少しだけ、安奈が俺の生きがいになってきているようだ。

 大袈裟ではなく……安奈が居なかったら、もしかしたらもう俺はこの世に居なかったのかも知れない。

 ……今更なんて思わず、ちょっとだけ、勇気を持ってみようか。

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