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安奈  作者: はにゃにゃき
39/80

意地

 僕は結局、彼女らの反対を押し切る形で病院へとやってきてしまった。

 僕なんかが来た所で松本さんっていう人の何か力になれるという訳でも無いのに。

 いやむしろ、僕の事を嫌っているのでは無いだろうかと思う。

 だって……僕は松本さんの目の前を安奈さんと一緒に並んで歩いていたんだ。松本さんはまだ僕と安奈さんの詳しい事情なんて知らない。嫌っているに決まっている……

「来ないほうが良い」って、彩子さんに言われた。そればかりか「帰ってきたらまたお話しよう」って、まるで僕は行かない事が決定しているかのように安奈さんに言われた。

 それなのに僕は、着いて来た。自分でも解っている。ただただ疎外感を受けるだけだって。

 でも、なんか悔しいじゃないか。自分だけ蚊帳の外みたいで。

 昨日から味わっているこの感覚……少しでも無くしたい。だから僕は「着いていく」と言ってしまった。


 病院に到着し、彩子さんが受付で松本さんの部屋番号を聞いている。お見舞いなんかした事無いと言っていたのに、スラスラと用件を言って、あっという間に聞き出してしまった。

「4階の5号室だって」

 こちらを振り返りニコッと笑ってそう言っている。さも当たり前のような顔をして「んじゃいこう」と言って僕と安奈さんを従えてどんどんと迷い無く先に進んでいく。

 ……僕は初めてこの人と話した時から感じていた事を改めて感じさせられた。

 この人は……すごい。僕と正反対の精神構造をしていると思う。

 僕が同じ用件で受付に話しかけても彩子さんの倍以上時間がかかるのは目に見えている。「あ〜……」だとか「う〜……」だとか言って戸惑ってしまう自信がある。

 すごいとは思うのだが、彩子さんのそういう部分、なんだか嫌だ……

 ついさっき、安奈さんの部屋に居た時、彩子さんに言われてしまった言葉を思い出す。

「けいちゃん来ないほうがいいと思う。嫌な思いするのはけいちゃんだし、もっとハッキリ言うと安奈ちゃんと松本君の邪魔になると思うんだ」

 ……確かに、それは解る。松本さんには安奈さんが必要だし、安奈さんにも松本さんが必要なのは、昨日のあのやり取りを見ていれば良くわかる。これから二人は恋人同士のようにイチャつくだろう。そんな光景を見るのは、とても嫌だ。

 それに二人には僕なんかが入り込めるような隙は微塵も無い。強い絆……とでも言えばいいのか、そういうものすらを感じる。僕は不穏分子だって事も、解っている。


 でもさ……安奈さんの前で言うような事じゃ無い。

 それに僕が着いていくかどうかを決めるのは……やっぱり僕だ。

 なにに対してもハッキリしていて、裏表が無くいつも堂々としているのが彩子さんの良い所なんだろうけど……そういう人は正直、ちょっと苦手。

 僕はずんずんと進んでいく彩子さんの後ろ姿を見ながら、そんな事を考えていた。


「5号室……っと、あそこだ」

 4階でエレベーターを降りてすぐ右に進み、突き当たりをまた右に曲がってしばらく歩いた場所にその部屋があった。

 それにしてもクリスマスだと言うのに……いや、クリスマスだからなのだろうか、どの部屋もお見舞いへ訪れにきた人達が沢山いる。

「……人がいっぱい居ますね」

 昨日の夕方はこんなに込み合ってはいなかったのに……今日が休日だという事も関係しているのだろうか。

「……? 何言ってるの啓二君……?」

 安奈さんが不思議そうな顔をして僕の顔を覗き込みながらそう言ってきた。

 僕は思わず「え?」と安奈さんに聞き返す。

「何言ってるって、正直な感想……」

 そう言った矢先、彩子さんが少し不憫そうな顔をしながら僕を見る。

 そしておもむろに近づいてきたかと思うと、僕の手を取って5号室から少し離れた場所まで引っ張っていく。

「ちょ……彩子さん……なんですか……?」

 彩子さんは安奈さんから離れた所でようやく僕の手を離した。そして真面目な目をして僕の顔を見る。

「……けいちゃん、正直な感想を言って、どうするの?」

「え?」

 どうするって……別にどうもしない。

「……松本君に会うのが嫌なら、一階の待合室で待ってて」

「……え?」

「気づいてたよ、けいちゃん、さっきから関係ない事ばっかり考えてる」

 関係無い事……

「けいちゃん、貴方はいい奴だよ。だけどね……」

 ……彩子さんの目が僕の顔を見るのをやめて、安奈さんの居るほうに向けていた。

「私も、解るんだ。けいちゃんの気持ち。だけどね、言っておくけど今のけいちゃん、ものすごく失礼なんだって、自分で気づかない……?」

 失礼って……そんな言葉、彩子さんに言われるとは思ってもみなかった。

 なんだ……?この人は何を言っているんだ……?

「安奈ちゃんにとっては今すごく大切な時間なのよね」

 それは解る……けど。

「安奈ちゃんは、表情にも話題にも出さないけど、自分が松本君に怪我させたと思っている。安奈ちゃんはものすごく自分を追い詰めていて、放心状態にまでなってしまった。そんな安奈ちゃんが松本君の事故後に、始めて正気な状態で松本君に会うっていう大事な時なの」

 ……解る……けど……

「そんな安奈ちゃんに『人がいっぱい居る』って……場違いすぎて見てられなかったのよ」

「場違いすぎって……」

「一階の昨日居た待合室わかるでしょ?あそこで待ってて」

 なんだよ……それじゃあ結局僕はまた蚊帳の外じゃないか……

 僕の中で、怒りの感情が湧き上がる。心臓から焚きついた小さな火が、徐々に全身へとまわっていく感じ。

「あの……彩子さん……失礼ですけど、それは貴方が決める事じゃないですよね」

 彩子さんはもう一度僕の顔に目を向きなおす。その目は、少しだけ怒っているような印象を受けた。

「そう……じゃあ解った。私もあの部屋には行かない。けいちゃんと一緒に待合室で待ってる。それじゃ駄目?」

 ……いや、意味が解らない。何故彩子さんが部屋に行かない事が取引になると言うのだろうか。

 行きたくなければ行かなければいい。でも僕は行く。何故なら安奈さんの事で疎外感を受けるのは嫌だから。

 別に安奈さんと付き合いたいって訳じゃない。関わりたいんだ。ただそれだけ。

 芸能人とかにもよく居る追っかけ。ようはファン。何かしらで関わりたいんだ。

 それを止める権利は、彩子さんには無い。

「駄目ですよ」

 この僕の言葉を聴いて彩子さんは肩の力を落としたようで急になで肩になる。

 僕へと向けられていた視線も、いつの間にか地面へと向けられていた。

「そ……っか……まぁ、電話くれたのは啓二君だけど、呼び出したのは私だしね」

 そう言って彩子さんは僕の横を通り抜け、5号室へと向かって歩く。

「啓二君がなんかやっちゃったら、全部私が背負うよ」

 そう言って彩子さんは後姿のまま右手を力無く上げ、ひらひらと振っていた。

 しかし、なんかやっちゃったら……って。僕が何かをするとでも言うのだろうか。

 別に僕は気まずい空気の中、小さくなりながら安奈さんと松本さんの会話を聞くくらいの事しかしないだろうに。

 そう思いながら僕も彩子さんの後ろをついていく。


 しかし、何故だろう。何故僕はわざわざ気まずい場所へと赴く事に対して意地になっているんだ?

 出来れば行きたくないって思ってたのに。どうして意地になる? そんなに蚊帳の外が嫌か?


 答えは出ないまま、僕は5号室へと足を踏み入れていた。

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