少年
言葉が、でなかった。
「おはよ〜」
そう言いながら玄関先まで僕を向かい出てきてくれたのは安奈さん本人だった。
黒いTシャツに黒いスウェットのズボンをはいて、なんでもないような顔をして僕の顔を見ながら挨拶をする。
「はぁ……はぁ……え……?」
走って来たので息が乱れている……とりあえず息を整えないと……
「はぁ……はぁ……」
僕は深呼吸を何度か繰り返す。
しかし無理に今の状況を考えようとすればするほど乱れた呼吸を整えるのは難しい……
「あ、水飲む?」
安奈さんは何故か左手にペットボトルの水を用意していた。それを僕に「はい」と言いながら手渡す。
「……え……? なんで……」
「啓二君絶対走ってくるから渡してあげなって、彩ねぇが」
ちょっと待てよくわからない。
安奈さんは何を言っているんだ……?
「安奈さん……あの……大丈夫なんですか?」
「ん?何が?」
安奈さんは本当になんでもないようにキョトンとしながら目を丸くさせる。
いったい何がどうなって……?
「け〜いちゃ〜ん、いいから早く入りなよ」
部屋の後ろから彩子さんが大声で僕を呼んでいる。
少し笑いを含んだ、なんだかいやらしい声で。
「あ……」
これは、一杯盛られたか……という事に、この時ようやく気がついた。
「酷いですよ、彩子さん……」
僕は本当に心配して来たっていうのに……彩子さんは布団の上に座りながらケラケラと笑い自分の足をバシバシ叩いていた。
「いやぁ〜……だってさ、まさかここまでうまく行くとは思ってなくて。いやいや、ホント若いっていいね」
安奈さんも一緒になって笑っていた。クスクスと、少し品を感じさせる。
なんだかなぁ……僕は昨日からずっといい所が無い。
「クスクス……でもごめんね。いっぱい心配かけちゃったよね」
安奈さんは笑顔の中に少しだけ申し訳なさそうな色を出して、両手を合わせてペコッとお辞儀をする。
……やっぱり安奈さんは優しい。彩子さんとはちょっと違う。
「まぁま、せっかく来たんだからとりあえず座りなよ」
そう言って彩子さんは自分の隣をポンポンと二回叩いて座る場所を指示する。
ちょっと待て、さすがにそこは近すぎる……それにここはさっきまで貴方たちが寝ていた布団なんだろ?座っていいものか……
そう僕が思い悩んでいると安奈さんが「そうだね。せっかく来てくれたんだから少しくらいお話しよ?」と言い、彩子さんから少し離れた場所に座って、やはり同じように自分の隣をポンポンと二回叩いた。
安奈さんが叩いた場所も彩子さんが叩いた場所と同じ場所……
つまり僕は……美少女二人に挟まれるように座る事になる訳だ。
「……またからかってますね?」
彩子さんは「ん?」といいながら不思議そうな顔をする。これもどうせ演技だろうが……
僕はちょっと不機嫌になりながら、少しだけ安奈さんと彩子さんに近づき、指示された場所ではなく二人から少し離れた場所に座った。
それでも布団の上ではあるのだが……あからさまに遠くに座るのも違うと感じる。
「ここでいいです」
「ふぅん……そっかぁ〜」
彩子さんが残念そうな声を漏らしてゴロンと寝転がる。
安奈さんはその姿を見て笑顔と困った顔の中間のような顔をして「もぅ」と呟く。
本当に「もぅ」って感じだ。まさかここまで本性をあらわにするなんて。
彩子さんの格好はというと赤に近いピンク色の、クマ柄のバジャマ……男が来るというのに パジャマだなんて……というか、安奈さんのもおそらく眠るための格好なのだろう。楽そうな服を着ている。
なんだか、自分はまだ一人前の男だと認められていないような……そんな印象を受けた。




