親友
「友達になってくれて、ありがとう」
安奈ちゃんは照れくさそうに、だけど私の目を見ながら、そう言った。
その言葉を聴いて、さきほどの安奈ちゃんの昔話を思い出す……
「今まで生きる事に精一杯で、友達と言える友達というのは一人も居ない」……そう言っていた。
野良犬になってから長い間一箇所にとどまる事はほとんど無く、知り合い程度の人間はチラホラと居るらしいが、友人となると思い浮かばないそうだ。
私が見る限り安奈ちゃん自身に社交性が無い訳ではなく、自分の運命のせいで今まで友達が出来ていなかったんだと思う。そんな安奈ちゃんに友達と言われた……つまりは、安奈ちゃんにとって初めての友達。
私は今まで友達と言われて、こんなに嬉しく感じた事は無い。本当に、本当に、たまらなく嬉しい。
「もぉ〜安奈ちゃんったら」
私は寝転がっている安奈ちゃんの背中に覆いかぶさりながら抱きつく。
そしてほのかにシャンプーの匂いのする犬の耳をまた性懲りも無くいじりだした。
「ちょっと彩子さん……重い」
安奈ちゃんは苦しそうな、だけど、少しだけ弾んだ声でそう言っている。
あぁ……もう駄目だ。嬉しさが、爆発する。
「安奈ちゃ〜ん……私もだよ〜……」
「ん? 何がですか?」
「私も〜……安奈ちゃんと友達になれて、本当にすっごく嬉しいよ〜」
言葉に出来ないほどの嬉しさなのだが、文字通りどう言葉にしていいのか解らない。「本当に」と「すっごく」しか思い浮かばない……
もっと上の表現があればいいのに……もっと沢山の気持ちを伝えたいのに……すごくもどかしい。
私はそのもどかしさを表現しようと、安奈ちゃんの首に腕を回し、ギュゥッと抱きしめる。
もっともっと近くに……そう、親友に。安奈ちゃんと親友に、なりたい。
「安奈ちゃん〜……私はずっと安奈ちゃんの友達だからね」
「あはは。はい」
「何があっても安奈ちゃんの肩を持つよ。どんな場合でも、安奈ちゃんの味方だから」
「……彩子さん」
「ん〜?何ぃ?」
「……彩ねぇって呼んでいいですか?」
安奈ちゃんはそっと私の手を握り返し、また照れくさそうにそう呟く。
「そんな可愛い事ばっか言ってると襲っちゃうぞぉ」
私はわざとらしく、ふざけた声で安奈ちゃんの耳元でそう答えた。
しかし本当に、それくらい、安奈ちゃんは、最高だ……
安奈ちゃんとじゃれあっている時、テーブルにおいてあった携帯電話が突然ブルブルと震えだす。
始めはメールだと思ったので無視しようとしていたのだが、この長さはどうやら電話のようだ。
私は「もぉ〜……」と呟き、面倒くさくなりながらも寝転がった状態のまま這って携帯電話を取りに行く。
着信を見てみると……見た事のない番号。
見た事のない番号からかかってくる心当たりは、今の所ひとつだけ。
私は再度機嫌を取り戻してその電話へと出た。
「はぁ〜い」
『あの……僕です……長谷川啓二』
やはり私の予想通り、電話の相手はけいちゃんだった。
けいちゃんは相変わらずしどろもどろとしているようで、名前を名乗るだけでも苦労しているようだ。
まったく……純情というか若いというか……
「解ってる解ってる。で?何かあったの?」
『あ……いえ別に……あ……別にっていうか……安奈さん……どうなったかなって……』
「安奈ちゃん?」
あ、そっか。
けいちゃんはまだ安奈ちゃんがおかしくなったままだと思っているんだった。
けいちゃんは安奈ちゃんに惚れているからずっと心配していたのだろう。ちゃんと伝えておかないと……
……と、思ったのだが、私はやっぱり性格が悪いようで、黒い感情がむらむらとわきあがってくる。
あ〜どうしよう。なんて言おう。
わくわくする。
「それがさぁ……安奈ちゃん、一晩たってもあの状態から戻らないんだよね」
私は安奈ちゃんの顔を見てニヤニヤとする。当の安奈ちゃんは誰と話しているのか解ったようで「もぅ……」と困った顔して笑っていた。
『え……やっぱり……そうなんですか……』
「なんかねぇ〜私一人じゃどうにもなんないみたい。えいちゃん……松本君のアパートわかるでしょ?無理にとは言わないけど、出来れば来てほしいなぁ〜」
けいちゃんは『えっ!?』と大きな声を出して『あ〜……』だとか『う〜……』だとか迷っているようだったが、私が「お願い」と言うとあっさり『……はいわかりました』と答えた。若いってすばらしい。
「それじゃあ私待ってるから。すぐ来てね」
最後に私はそう言って電源ボタンを押す。
通話が切れた後、私は「あはは」と笑って携帯をポイっと布団の上に投げ捨てた。
「もぉ……彩ねぇってば懲りないんだね……」
安奈ちゃんは相変わらず困った顔をしながら笑っていた。そうは言っても安奈ちゃんもちょっとワクワクしているらしく頭の耳をピコピコと動かしている。
「あはは。今更生き方やら性格やらは変えられないからねぇ」
私はケラケラと笑った。




