笑顔
「ごめんなさい」
私がこの言葉を使うのは、何年ぶりの事なんだろうか。
……いや、言葉自体は使っているのかも知れない。そう、無意識下に謝罪の形を装うために使っているのかも知れない。
だけどそれは本当に形だけ……本気で謝った記憶なんて、とうに無い。
心を込めて、本当に申し訳ないと思ってこの言葉を使ったのは何年ぶりなんだろうか。
もしかして初めてなのではないだろうか……と思い、恥ずかしくなる。
「私ね、ただちょっと安奈ちゃんをからかってやろうと思って……あんな事言っちゃっただけなんだ」
うなだれた状態で、私は恥をしのんでそう告げる。
……心の中を、考えていた事を、言葉にするというのは、本当に勇気のいる事なんだな。
自分が恥ずかしくて、情けなくて、仕方が無い。
だけど、言葉にするのをやめてはいけない。これはケジメでもあるんだから。
「まさかこんな事になるなんて思わなかった……っていうのが、私の本心……本当は安奈ちゃんが泣いちゃった後、すぐに帰るつもりだったんだよね」
安奈ちゃんの目は見れない……なんだか、私にはその資格が無いような気がしてならない。せめて伝えたい事を全て伝えてからでないと……目を見てはいけない。
私はただただ思いついた言葉を発していた。安奈ちゃんに謝ろうと思いこの時のために考えていた言葉なんて、もう一切私の頭の中には残ってはいなかった。
「安奈ちゃん出て行っちゃったでしょ……?その時はそれほど焦りはしなかったけど……松本君のあの必死ぶりを見てさ……これはただ事では無いって事にようやく……気づいて……」
あ……ヤバイ……こみ上げてくる……
言葉を止めてはいけないのに……また涙がこみ上げてくる……
泣いてしまう前に、もう一度ちゃんと、しっかりと、伝えておかなければならない……
焦るな……つかえるな……しっかりと、伝えるんだ……
「ごめんね……ぇ……安奈ちゃん……」
精一杯の笑顔を作り、安奈ちゃんの顔にようやく目を向ける。
安奈ちゃんの顔は、複雑な、どう例えればいいのか解らない……難しい顔をしていた。
決して、目を合わしてはくれない……難しい顔をして私の足元を見ている。
「そっか……そうだったんですか……」
そう言って安奈ちゃんは立ち上がり、キッチンのほうへと向かって歩く。
そしてラップをしてあるもう一枚のステーキを持ち出し、テーブルの上へと置いた。
「……今、ご飯もよそいますから」
「え?」
安奈ちゃんは茶碗をふたつ取り出し、炊飯器をあけて茶碗にご飯をよそう。
「本当はバターライスにしたかったんですけど……彩子さんもお腹すいてるでしょ……?早く食べましょう」
安奈ちゃんは私と同じように精一杯笑顔を作りながら……私の目を見てそう言った。
安奈ちゃんは私の事なんて嫌いで嫌いで仕方ないはずなのに……私のこの謝罪の言葉だって半信半疑みたいな顔をしていたのに……
ポツ……と、音を鳴らして私の涙が床に落ちる。
ポツ……ポツと……次から次へと床へと落ちていく……
「こっ……これから三日間しかないけど……仲良くしましょうね……っ……」
安奈ちゃんの声は、涙声になっていた……
その声を聴いて、私ははじける……
わぁっ……と一気に涙があふれ出て、安奈ちゃんにしがみつき、「ごめんね」と叫びながら、泣いた。
「ごめんね! ごめんね! ごめんね!」
私は叫び続けた。安奈ちゃんの腰にしがみつきながら、延々と叫び続けていた。我を忘れて、必死に許しを請うた。
「私彩子さんの事…………誤解してた……」
安奈ちゃんも泣いてしまっているようで、完全に涙声となっている。グスングスンと体を弾ませながら私の頭にしがみついてくる。
私は……さらに爆発する。今までにこれほど心から泣いた事はないと言い切れる。
「あああああぁぁぁぁっっっ……!! ああああああぁぁぁぁぁぁっっっ……!!」
もう私のこれは声では無くなっていた……咆哮とでも言えばいいのだろうか、魂の叫びとでも言えばいいのか……
そんな声にならない叫びを、私は安奈ちゃんに向けて延々とぶつけ続けた……
気持ちを伝えたくて、心を伝えたくて。叫びに叫んだ。
泣き始めてから一時間が経っただろうか、私はようやく落ち着き安奈ちゃんと一緒に食卓を囲んでいた。
私はまだ余韻が残っており、ヒックヒックとしゃっくりのように肩を上下に弾ませている。
「彩子さんがガスを止めておいてくれなかったら、こんなに美味しいご飯、食べられませんでしたよ」
安奈ちゃんはまったく嬉しい事を言ってくれる。
こんなに健気で優しい子をからかってやろうと思っていたなんて……私はなんて嫌な奴なんだ……と、また自分に嫌気がさす。
「はは」
私はなんて答えていいのか解らず、とりあえず笑っておいた。
「その笑い方ってなんだか松本さんに似てますね」
「……そっかな?」
「うん。目を細めて、ちょっと下を向いてははって笑うんです」
……この子には、本当にかなわない。
もし私が安奈ちゃんと同じ境遇にいたら……私はそんな細かい所まで気がついていただろうか?
……私は気がつく訳が無い。というより、意識すらしないはず。
安奈ちゃんにとってえいちゃんが全て。本当に、本当に、愛しているんだな。
なんだかちょっとうらやましい。それは一体どういう感じなのだろうか。
「安奈ちゃんは、偉いねぇ」
「え?何がですか?」
「本当に松本君が好きなんだね」
安奈ちゃんは目を丸くして、ポッと頬を赤らめる。
はは……可愛いな。
私も、こうなりたかったな……なんて、少し思ってまた悲しくなった。




