謝罪
気がつくと、いつものアパート。いつもの部屋の布団の上で、私は啓二君から借りていたコートを着ながら座っていた。
電気がついていて、なにやらおいしそうなニオイがする。
「……あれ……?」
私はポツリとつぶやいた。
どうにも、記憶があいまいである。
確か私は、啓二君と一緒にアパートに向けて歩いていて、突然松本さんが目の前で事故を起こして、私はものすごく取り乱してしまって。
私は松本さんの体にしがみついて「ごめんね」を繰り返して、頭から流れる血を止めようと必死に手で押さえて。
誰が呼んだのか、救急車が到着して、隊員さんにアパートに寄るようお願いして。
悔しいけど……私は別に……松本さんの彼女じゃないからって思って……元鞘さんを連れて行って……
「ごめんなさい」と何度も叫びながら包丁でお腹を刺して何度も刺して刺してさしてさして。
その時もやっぱり血が出ないように手で押さえて。
あれ……?これは違う、これは違う記憶だ。
私がはっきりしない意識で悩んでいる時、突然部屋のドアがキィという鈍い音を立てながら開く。
「あ。安奈ちゃん起きた?えいちゃんの言ったとおり本当に食べ物の匂いで起きるなんてねぇ」
そこには……元性具が立っていた……少し驚いた表情で私を見ている。
いや、驚いきたいのはこっちのほうだ。なんで、元性具が……?
「え……?なんで」
「あ〜、やっぱり覚えて無いんだ。無理も無いけどね」
そう言って元性具はガスコンロの火を消し、私の隣に「よいしょ」と言いながら座る。
瞬時に嫌悪感が私の中に湧き上がる……そんな近くに、座らないで……そう思うよりも先に私はちょっと嫌な顔をしながらお尻を少し元性具から離した。
「あらら……すっかり嫌われちゃったなぁ」
元性具は苦笑いを浮かべながら頭をポリポリと掻く。その表情は、少し悲しげに見える……
なんで悲しそうな顔をするのか……だって貴方は、私を邪魔に思っているはず……
「なんで、貴方がここに居るんですか?」
ここは私と松本さんの聖地だった部屋……出来ればあまり知らない人には入ってきて欲しく無い。もし私が追い出される身なのだとしても、今はまだ私の部屋だ。正直、この人にはとくに、居て欲しくない……
私にはもう松本さんとの思い出に浸る事すらも許されないのか?もしかして松本さんはこの人と一緒に住む事にしたのだろうか?私は一人で考える事すらも許されないのか?
あぁ……嫌だ嫌だ嫌だ……
嫌過ぎておかしくなる。考えないといけないのに、考えたくない。さっきまで何を考えていたのかがわからない。感情が理性を先行する。
考えたくない考えたくない考えたくない……
「……ん〜、松本君に頼まれたからさぁ」
「……嫌だ嫌だ嫌だ……」
「ん……?」
「嫌だ嫌だ嫌だっ!!」
私は大声を上げて頭を抱え込むように耳をふさぎうずくまった。
嫌だ嫌だ嫌だ。考えたくない考えたくない考えたくない。
「落ち着いて」
元性具が私の頭に手をのせた。私は瞬時にその手をはじき返し、もう一度叫ぶ。
「嫌だ嫌だ嫌だ!! 触らないで!!」
それでも元性具はもう一度私の頭に手を載せる。今度は無言で、そして少し撫でるように。
私はその手もはじいた。今度は思い切り、渾身の力を込めて、バシンと音がなるほどに強く。
「嫌だって言ってるでしょ!?」
それでもやはり元性具は、もう一度私の頭の上に手をのせる。無言で、同じ腕を。
痛むはずだ。痛くないはずがない。非力とは言え、私の本気の力をぶつけられたのだ。
それでも元性具は、同じ手をのせる。もう一度はじかれる事なんてお構いなしのように、私の頭の上に手をのせる。
「……なんのつもりなんですか……?」
私は自分でも驚くほどに落ち着いていた。本当に、ものすごく、落ち着いている。さっきまで錯乱していた私の頭はすっかりと冷静さを取り戻していて、声も自然と穏やかなものが出ていた。
何故……?どうして……?
「私……最低だったよね……安奈ちゃんが怒るのも無理ないと思ってる」
元性具は優しい声で私に語りかけてきた。本当に、本当に、優しい声で。
そして私の頭にのせていた手をゆっくり撫でるように動かす。
優しく、大事そうに、撫でて……くれている……
落ち着いた私に彼女はまず自己紹介をした。
彼女の名前は彩子。岩本彩子と言うそうだ。
「サイちゃんでもサイお姉ちゃんでもいいよ」と笑いながら自己紹介していた。
そして今日病院であった事なんかを簡単に話してくれた。どうやら松本さんは3日間の検査入院をする事になったらしい……
でも心配するような事は何も無く、怪我自体はたいした事がないから安心していいとの事。
しかし頭を打ったという理由で念のため入院しなければならないらしい。
その間、私が一人ぼっちになってしまうのはどうも良くない。という事で、松本さんは彩子さんに3日間だけ一緒に居てくれ。と頼んだそうだ。
正直、一人で居るほうがまだ良かっただなんて思ってしまった。
「そうですか……とりあえず安心しました……」
私が無機質な声でそう言うと彩子さんはニコっと微笑み、立ち上がりながら「お腹すいたでしょ?」と言ってキッチンに立った。
それと同時に私のお腹がググゥという音を鳴らす……
「はい……」
少し安心したら、本当に空腹感が私を襲ってきた。思えば朝から何も食べていない。
そう思い、時計を見てみると夜の7時を過ぎたあたり。外はすっかりと暗くなっている。
「今日は……」
今日は、聖夜のはずだった。
今夜は、松本さんにいっぱい甘えるはずだった。
私が始めて作った料理を、松本さんに食べてもらうはずだったのに。
そう思うと、また感情が暴走しそうになる……
そんな事を考えて、もう少しでまた暴れだしそうになるという時に彩子さんは「はい、これ」と言って、お昼に私が焼いていたステーキを差し出してきた。おいしそうな匂いの正体はこれだったらしい。
しかし不思議だ……火を弱くしたとは言っても、ずっと火をかけっぱなしだったのに……
「あれ……これって……」
「焼きなおしておいたよ。お腹が減ってると思って」
「もう焦げて食べられないものかと思ってたから……」
彩子さんはまた苦笑いを浮かべる。
「私が火止めておいたの。だって、せっかく安奈ちゃんがえい……いや、松本君のために作った料理なんだから、焦がしちゃいけないなって思って」
「え……?」
彩子さんは頭をぽりぽりと掻いて気まずそうな表情をし、チラチラと部屋のあちこちを見た あと、意を決したように再び話し出した。
「私はねぇ〜…本当は松本君とまた付き合い始めた訳じゃないんだ」
え……?
「はは……安奈ちゃん怒るかも知れないけどさ……っていうか、むしろ怒って欲しいって思ってるんだけど」
そう言って彩子さんは頭を下げる……
ふかぶかと、本当に申し訳なさそうに……




