掴んでくれる人の居ない、差し伸ばされた手
私は、元々野良犬だった。
ホテルのチェックアウトを終えて、私と松本さんはホテルの外に出た。
相変わらず、私は松本さんの5歩後ろを歩いている。
外に出ると、積もりはしない程度の雪がちらちらと舞っている。もう冬なんだなぁと、私は思った。
……ふと、ある曲のフレーズが頭をよぎる。
昔聞いた歌。なんて曲名だったかは忘れてしまったけど、たしかこんな内容の歌。
『この寒い季節だから貴方の側にいられる。冬の風はより一層、二人の距離を短くした。貴方の右手から感じるぬくもりは、心も、体も、私を温めてくれる』
私は、小さく声を漏らしていた。
「……寒いですね」
実はそれほど寒くは無かった。さっきまで暖かい部屋にいたし、何より松本さんの体温を感じていたから。
それでも私は、寒いと言っていた。
「あぁ」
そう言って松本さんは自分の手に白い息を吹きかける。
「今日こそは」と、心の中でつぶやいた。
「あの……」
松本さんはチラッとこちらを見た。その眼は、声をかけられた事を疎ましく感じている眼だった。
「……ん?」
あぁ、今日もダメだ。
さっきまで私をあんなに激しく求めていたのに…松本さんの眼は、もう、冷たい。
「……その……手……つなぎませんか……?」
私は小さく、松本さんに聞こえないようにつぶやいた。
言う前から、答えは解っていたから。断られるのが、怖かったから、小さくなってしまう。
「……何?」
松本さんはやっぱり聞き取れていなかったらしく、面倒くさそうに聞き返してくる。
私は目を合わせる事も出来ずに、うつむきながらごにょごにょと声にならない声を漏らした。
「……チッ」
松本さんはイライラしてきたのか、小さく舌打ちをした。
あぁ……このままじゃ余計松本さんの心境を悪くしてしまう。
私は断られるのを覚悟で、松本さんに思いを伝える事にした。
「手……」
「手?」
私は左手を小さく差し出した。
「……手、繋ぎませんか?」
私が松本さんと外出するのは、これで何度目だろう。
大体はホテル。だけどその数も10回や20回ではすまない。
この一年間、一週間に2回か3回は通っているはずだ。
それなのに松本さんは、ただの一度も手を繋いでくれた事は無かった。
私は月に一度だけ、ものすごく寂しい気持ちになった時だけ聞いている。そのたびに、「嫌」と一蹴されるだけで終わっている。
そして私は、もっと寂しい気持ちになる。更なる孤独を感じる。
……それでも私は聞いてしまう。
断られるって解っているのに、もしかしたらって、期待してしまう。
「嫌」
「そ……そっか……あ……別に気にしないでくださいね……」
松本さんは私の顔をギロッと睨み、また小さく「チッ」と舌打ちをした。
私は小さく「なんか……すみません……」と呟き、左手をそっと松本さんの視界に入らないよう、自分の背中にまわした。
私はいつも松本さんの五歩後ろを歩いている。
はぐれないよう、松本さんの背中を見ながら歩いている。
この不自然な二人は、周りの人達にはどんな風に見えているのだろう?
恋人同士には……見えていないんだろうな。
友達ですら並んで歩くというのに……私はいつも五歩後ろ。
松本さんは話しかけない限り決して振り返る事は無い。
そして私も、滅多に話しかけるような事はしない。
どうして、こうなったんだろう。
いつから、こうなったんだろう。
なんで手を繋いでくれないのだろう。
なんで冷たくされるのだろう。
それなのにどうして、私はあのアパートを追い出されないのだろう。
私は、松本さんにとって、どういう存在なんだろう。
近くにいるはずなのに、すごく遠くに感じる。
……一回だけ試させてもらいたい。私の事、どう思ってるのか、確認させて欲しい。
どう反応するのかだけ。それだけでいい、見たい。
「……ねぇ、松本さん……」
アパートに向かって歩いてる途中、私はまた松本さんに声をかけた。私は歩くのをやめている。
松本さんは振り返り、私が止まっているのを見て、立ち止まってくれた。
それだけの事なのに、嬉しく、感じた。
「……何だ?」
「う」
でも。
「……う」
やっぱり、眼は見れない。
「チッ」
松本さんの舌打ちが、胸に刺さる。
「置いてくぞ……」
なんでそんな事が言えるのだろう。
「置いて……かないで……」
「チッ……じゃあ早く来い。雪が本降りになるだろ」
「……」
私はうつむき黙ったまま。一言もしゃべらない。
松本さんの機嫌はわかりやすい。すぐに顔にでるから。私がぐずぐずしている間に、どんどんと不機嫌になっていくのがわかった。
どんどんと……どんどんと……松本さんの顔が曇っていく。
この状態が十秒ほど続いただろうか……松本さんは小さくため息をついた後「……置いてくわ」と言って歩き出した。振り返りもせずに。
私から逃げるように。歩き出した。
振り返りもせず、気にもとめず、逃げるように、本当に、置いていった。
「っく……ヒック……うぅぅうっ……」
「……」
「ヒックッ……置いて……グスッ……かないでぇ……」
それでも松本さんは、もう止まってはくれない。
「ックッ……ヒックッ……ごめんなさい……ごめんなさいぃ……」
この寂しさは、私への仕打ち。
私が悪いんだ……私が松本さんを試そうとしたから。
私が悪いんだ。私が全部悪いんだ。




