狂う幸せ
気休めでしかない言葉しか、思いつかない。
「本番は……明日じゃんか……」
安奈……安奈……。
大袈裟じゃなく、安奈にとって俺との時間が『全て』。
大袈裟じゃなく、安奈を正気に保たせておくためには、俺という存在が不可欠なんだ。
安奈は、喧嘩したあの日おかしくなっていた。まともに物事を考えられなくなり、思考が飛躍し、正常では無くなっていた。
焦点が常に安定しなくなり、キョロキョロとして、突然笑ったかと思うと次の瞬間に立ち上がり、またその場に座り……。
何の脈絡も無く「テレビつけません?」と言ったり「ちょっと部屋暑くありません?」と言ったり「買い物に付き合って」と言ったり「洗濯しなくちゃ」と言ったり。
ようやくマトモに話が出来るようになったのは安奈が大泣きした後、部屋に連れ戻してから一時間以上経過してからだった。
もう……あんな姿は見たくない。
「頼む安奈……顔を上げてくれ……」
何をやっているんだ、俺は……。
「わぁぁぁぁっっ! わぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!」
電車に乗りこむ寸前、あの時彩子は駅の階段をものすごい勢いで上ってきて、俺と同時に改札をくぐり、同じ電車に乗ってきた。
俺は肩で息をしている彩子に向かって「もう、構ってられない」と告げた。
しかし彩子は「今日だけでいい」「今日が過ぎたら、もういい」「今日は私の我侭を聞いて」「そのあとはもう干渉しない」「約束する」と、息を整えながら言ってきた。少しビビった。あのプライドの塊のような彩子が……折れた。
「だから、今日だけ、私の彼氏に戻って」
今日が、何の日なのか分かっているのか?と問い詰めた。
「分かってる……分かってるから言ってるの」
……俺は「肉体関係は持たない」「安奈を挑発しない」「今日は安奈の目の届く場所にしか俺は行かない」「暗くなる前に自分で帰る事」という事を条件に、家までの同行を許可した。
俺には彩子の言う「性具」という意識は無かった。
これっきりで済むなら悪くない……なんて……甘かった。
まさか彩子が「性具」なんて言葉を使うとは思ってもみなかった。
俺は安奈の頭に手を置く。
振りほどかれるかと思ったが、安奈は依然手で顔を覆いながら大声で泣いている。
「安奈……ごめんな……」
安奈は泣いている……。
愛してと叫んでいるように見える……。
俺は優しく、頭を撫でる……。
「ごめんな……安奈……アイツ、やっぱり今から叩き出すから……」
俺は安奈の横をそっと通り、震える小さな背中をポンと叩いく。
「……もうちょっとだけ、待っててくれ……」
そう言って俺は靴を脱ぎ、部屋の中へと入っていった。




