幸せのため
高校2年生の8月だったか……このうざったい女と付き合う事になったのは。
付き合い始める前まではただの仲の良いグループ内の一人でしかなかったのだが、いつの間にか俺と彩子の有りもしない噂が流れるようになっていたのだ。
その時は……嫌な気はしなかった。
詳しく彩子の性格を知っている訳でも無かったし……いや、知っていても付き合っていただろうな。彩子は明るくて元気で美人だ。優しくは無いしぶっきらぼうだが、クラスのマドンナのような存在でもあった。
その彩子と俺が付き合っているという噂だ。悪い気はしない。
この噂が流れてからすぐに彩子は「しょうがない、本当に付き合うか」と言ってきて、半ば強引にだが、俺たちは付き合いだしたのだ。
実際、俺は彩子の明るい部分に助けられたような気もしている。根の部分が暗い俺に、いつも笑顔で接してくれていた。
友人の少なかった俺を彩子のグループに誘ってくれたのも彩子自身だったし、予定の無い休みの日にはなんの気兼ねも無く電話で俺をデートに誘ってくれた事も何度もある。
強引だが、我侭だが、優しいとは言いがたい性格ではあるが、そういう社交性というか、こいつの持っている自然と人を引き寄せる魅力というか……そういう部分に助けられていた。
俺の高校時代は、確かに明るかったし、楽しかった。まだ19年しか生きては居ないが、間違いなくあの頃が一番俺は充実していただろう。
その反動だったのだろうか……こいつと連絡が取れなくなってから俺は腐っていった。
以前のように暗くなるだけならまだよかったのだが……
俺はだんだんと自分が腐っていくのを感じていた。
安奈と出会うまでの10ヶ月間……腐蝕を繰り返し、多少の自傷もし、心を自身で汚し、自暴自棄になり、自分が、他人が、すべてが、嫌いになった。
しかしまぁ……だからと言って、彩子の事は恨んじゃいない。
恨んじゃいないんだから、もう、かかわらないで欲しかった。
「どういうつもりなの?」
「……何が」
彩子はわざわざ走って追いかけてきた。そして大声で俺の名前を叫び、強引に腕を掴む。
俺はもう駅の前までたどり着いている。周りには帰宅途中の学生が沢山いる。
皆、見ている。くそ、面倒くさい。
「だからっ……! なんで断るの??」
「……別に」
「別にじゃないでしょ!?」
ものすごい剣幕で彩子は俺を睨む。今のこいつは周りが見えていないようだ……
「おめぇ声でけぇよ…皆見てるじゃねぇか」
「はぁ!? そんなの今関係ないでしょ??」
耳を、かきむしる。
「なんで?? なんで私からの誘いを断れるの??」
彩子は俺の腕をぐいぐいとひっぱり正面を向かせようとする。
やめてくれ……もう本当にやめてくれ……
周りからの目も気になるが……そろそろ電車の発車する時間。
安奈が待っているんだ。
あの健気で美しい安奈が待っているんだよ。
お前なんかに、時間を割いている暇は、今日の俺には、無い。
「安奈が……」
「安奈!?」
「安奈が家で待ってるんだ……もう離してくれ」
「誰それ?? 何あんた同棲してるの??」
「てめぇ……声でけぇっていって」
「どうせしょうもない女なんでしょ!?」
……………………
殺意すらが、沸く……
皆、見てる……が……
もう……限界だ……
「声がっ……!! でかいって言ってるだろ!!」
俺は大きな声でそう言い、彩子の腕を乱暴に振り払い彩子から3歩離れた。
当の彩子は俺の眼を鋭い目で睨み続けている。
「なんなのよっ!! なんだっていうのよっ!!」
彩子はヒステリーを起こし、持っていたバックを地面へと叩きつけ、それをめちゃくちゃに踏みつけた。
高そうなバックなのに……本当にこいつにはもう周りは一切見えていないようだ。
「……俺もう電車乗らなきゃなんねぇから」
俺は彩子に背中を向け、ちらほらと群がってきていた野次馬の間をかきわけながら駅の階段を上りだした。
「私はっ…!!」
うしろから聞こえてくる声には、もうかまっていられない。




