幸せな気持ち
「……ぇのは……だ……」
えいちゃんは何かを小さくつぶやいた。
その声は低く、とても棘のある印象……
なにやら様子がおかしい。本当に怒っているのかも知れない。
私はハッとなって掴んでいた腕を放した。
「……ねぇえいちゃん、怒ってるの?」
我ながら思う……なんてナンセンスな質問だろう、と。
怒っていない訳が無い。だって様子が変だもの。
「……」
えいちゃんは私のほうをとても怖い目でギロリと睨み、「チッ」と小さく舌打ちをした後、何故か慌てて手で口を覆う。
そして着ていたコートのヨレを直し、再び英語の教科書に目をむけゆっくりと無言で歩き出した。
「なっ……なによっ……! せっかく誘ってあげてるのに……!」
えいちゃんは、私を追ってこの大学に入ってきたんじゃないの?
せっかく……せっかくまた一緒の学校になれたのに。
そりゃ……私は大学に入ってからえいちゃんをないがしろにした……
そればかりかサークルで知り合った大学の先輩と浮気し、えいちゃんには連絡を取れなくなり、自然消滅の形で破局した。
それでもえいちゃんはこの大学に来たじゃない。それは私がまだ好きだからじゃないの……?
私はえいちゃんがこの大学に入学してきたって聞いて、すぐに先輩とは別れたんだよ?
おっかない人だったけど、勇気を出して別れを告げたんだよ?
私はこの機会に、よりを戻しても良いって思ってるんだよ?
そのために、必要以上にえいちゃんに馴れ馴れしくしてたんだよ。ウザがられてるのは解ってたけど、いつかまた私になびいてくれるって思って。
なんで、それが解らないの?なんで、もう私を見てくれないの?
「……っ!! ば〜〜〜かっっっ!!」
私は小さくなっていくえいちゃんの背中に向かって大声で叫んだ。
「ねぇ彩子、栄太くんいっちゃうよ?」
かけよってきた友人の一人が話しかけてくる。
「せっかく彩子が誘ってるのに。断ってきたの?」
もう一人の友人も話しかけてきた。
そうだよ、断られたよ……
「あ〜ぁあ。また今年も一人のクリスマスかぁ」
うるさいなぁ……そんな事知らないよ。
「私なんか19年間ずっと家族とのクリスマスだよ。あはははは」
うるさいなぁ……どうだっていいよそんな事。
「彩子はいいよね〜、可愛いし、今まで寂しいクリスマスなんて過ごした事無いんじゃない?」
うるさい……お前に関係無いだろ……
「まぁま。断られたものは仕方ないよ。今年は私ら4人で」
「……はぁ!? 何言ってるの?」
私は声を荒げた。
3人ともびっくりし、キョトンとした目で私を見ている。
私は3人の顔をそれぞれ睨みつけた。
……この3人の顔を見ているだけで、ふつふつと、怒りがこみ上げる……
「私が……なんであんたらなんかと……クリスマスを過ごさなきゃいけないの……? ばっかじゃない?」
「ちょ……ちょっと彩子、どうしたの??」
友人は私の肩をそっと掴む。だけど私はその手を振り払い、再び大声をあげた。
「汚らしい手で私に触れないでっ!! 私まで汚らしくなっちゃうじゃない!!」
私は埃をはらうように触れられた肩をパンパンと叩いて「もう二度と、話しかけないで」と言い、三人の顔をそれぞれ睨む。
さすがにこれ以上この三人も言葉を発する事は出来なくなったらしく、うつむきながら黙り込んだ。
私はそれを横目で確認し、えいちゃんの後を追うようにして走り出した。
悔しい……なんでこの私があんな扱いをされなきゃいけないの……?
えいちゃんは、昔は私の言う事は何でも聞いてくれた。
えいちゃんは、昔は私の言う事はなんでも賛同してくれた。
えいちゃんは、昔はものすごく明るくていつも私を楽しませてくれた。
……なんであんなになっちゃったの?
悔しい……
……悔しい……
……悔しい……って……
どれだけ心の中を模索してみても、私の心には今「悔しい」以外の感情が無かった……
悔しい、だけ。
「はっ……はっ……あはは……」
よく考えたら、私は人を本気で好きになった事なんて……
「あはは…あははははは」
それでも私は走り続けた。
どうせ悔しいしか無いのならとことんぶつけてやれ……と、黒い感情が私を包み込む。
「あはは……あは……は……」
えいちゃんの後姿が見えてきた。




