幸せな過去
今年最後の講義を終え、俺は一息つきながら出口に殺到する人ごみを眺めていた。
相変わらず、見ているだけでいい気がしない。
何故そんなに競って教室から出て行こうとするのだろうか。一体何をそんなに急いでいるのか。
俺には理解できない。
今日がクリスマスイブだからとか、そんなの関係なくこいつらはいつもこんな感じだ。
俺はひとつ「ふぅ」とため息をついて、ゆっくりと教材を片付け始めた。
そういえば、一ヶ月ほどの冬休みのあと、すぐに試験が待っている。
勉強は別に嫌いではないが、自分はそんなに頭が良い方ではない。それにこの前初めて一週間も大学をサボってしまった……
進級できるか、かなり不安だ……
俺は教室を出てからすぐに英語の教材を取り出し、読みながら駅へと向かう事にした。
そう、勉強は嫌いじゃない。覚える事が苦手なだけ。
俺がブツブツと英単語をつぶやきながら駅への道を歩いていると、ふいに後ろから「え〜いちゃ〜ん」という大きな声で俺は昔の愛称で呼ばれた。
後ろを振り返ってみると……高校時代、俺の彼女だった彩子が大きく手を振りながらかけよってきていた。その後ろには彩子の友達らしき連中が3人いて、何やらボソボソと会話している。
「ねぇえいちゃん、一人で帰るの?」
彩子は息を整えながら俺の顔を見上げる。彩子の身長は147センチしかない。
「……あぁ」
「あ、じゃあさ、私たちと一緒に帰らない? っていうか、一緒に遊ぼうよ。そうだ、えいちゃんの友達とかも呼んでカラオケにでもいかない?」
……俺は、この女のこういう所が嫌いだ。
いつも勝手に予定を立て、俺の予定の事は何も考えず振り回す。
自分勝手で我侭で、思い通りにならない事があったらすぐにふてくされる……
本当に、今でも嫌気が差す……
「……いや、いい」
「え〜?? なんでさ〜? いいじゃん今日ぐらい。お互い一人ものじゃないのっ」
彩子は「あはははは」とド派手に笑いながら俺の背中をバンバンと叩く…
「あの子らもさ、今日の予定無いんだって」と言いながら彩子は親指で後ろの友達連中を指し「助けると思ってさ、友達誘って合コンしようよ。ね?」と続ける。
よく、こんな奴と付き合っていたな……と思いながら俺は冷めた眼で彩子を見つめた。
「……あ〜、今もしかして怒ってる?図星つかれて怒ってる?」
……俺の顔に、気安く指を指すんじゃねぇ……
「……別に」
「なんだよ〜、えいちゃんなんか暗くなったね〜。昔はこんな時喜んでオッケーしてくれたのに」
俺は時間の無駄だと感じ、無言のまま英語の教材に眼を移し、彩子のもとを去ろうとする。
しかし彩子は俺の腕をひっぱり、引き止めた。
「はなさないぞ〜こら〜」
何か嫌な事があった時、俺は耳の後ろをぽりぽりと掻く。
この行為は『爆発しそうなイライラを抑えてくれて冷静になれる』と、小学校の頃に読んだおまじないの本に書いてあった。
俺は小学校の頃遊び半分でやっていたこの行為が、今や癖となっている。
俺は、耳の後ろを掻いた。
「……しつこいぞ」
「暗いえいちゃんをこのまま帰してなるものか! 私たちと遊んで昔のえいちゃんに戻してやる」
彩子は、ぐいぐいと引っ張る……
あぁ……早く諦めてふてくされてくれ……
「なんなんだお前……俺とお前はもう」
「うるさぁいなぁっ! そんなの関係ないじゃない。私たち友達でしょ? 困ってるんだから助けてよ」
俺は耳の後ろを……血がにじみ出るほどに、爪で突き刺した……
「うるせぇのは……オメェだ……」
小さく、歯を食いしばりながら聞こえないようにこぼした。




