幸せの価値
「別に、気にするなよ」
俺はしんみりしている安奈に向かってそういった。
安奈はどうやら生活費のことについて悩んでいる。
俺に言わせると、元々安奈にアルバイトをさせて生活費を入れてもらおうなんて考えていなかった。
「でも……生活費とか大丈夫なの?」
俺は「ふぅ」と安奈の顔を見てため息をつく。
「……あのな、俺とお前毎日バイトしてたんだぞ。俺とお前合わせて一日一五時間。それこそ日曜日も祭日も」
「うん」
「正直に言って、かなりあまっている。俺は贅沢しなかったし、お前は半額になってる惣菜ばっか買ってきていた。家賃だって安い。増えていく一方だったよ」
安奈はキョトンとして「え? そうなの?」といった。
「預金みたら多分ビビるよお前」
「はぁ……そうなんだ」
そう言って安奈は正座の姿勢からようやく足をくずす。
そう、俺の口座には現在130万以上の現金が入っている。
二人分のバイトの給料、そして親からの仕送りを合わせて月に35万近くの現金を手に入れていた。それなのに俺たちは一ヶ月の生活費を10万以内で抑えている。
別段欲しいものも無かったし、安奈も何かが欲しいとは言わなかった。
洗濯機は買ったが、そのほかに高い買い物は一切していない。
金は、どんどん溜まっていった。
「うひゃあ!」
安奈は通帳を見て度肝を抜いていた。
「な? ビビッたろ?」
「いちじゅうひゃくせんまん、じゅうまん……ひゃくまん」
「はは」
「そっか…ちょっと安心したな」
そう言って安奈は通帳をパタンと閉じて、テーブルに置いた。
そしてなにやら難しい顔をしながら、腕を組んで考え事をしている。
「でも松本さん、どうしてアルバイトしてたの?」
「生活費のためではあったけど……息抜きの意味もあったかな」
「ふぅん」
本当に、それだけの理由だ。
浪人時代から俺は、このアパートに住んでいる。実家に居ても家族の目が痛い。
それと、友人や当時付き合っていた彼女は皆、大学生や社会人になって地方へと行ってしまい、地元に居てもなんの意味もなくなってしまった事をきっかけに、俺は一人暮らしを始めた。
親からの仕送りだけでも、十分やっていけるような生活を送っていたのだが……。
やはり、閉鎖された空間は人を駄目にしてしまう。
俺は寂しさや悔しさで、とことん腐っていった。
そこでたまたまコンビニで買い物をしていた時、俺はアルバイト募集のチラシが店頭に張られていたのを眼にし、気晴らし程度に始めたのがきっかけである。
本当に、たいした理由は無い。
「……まぁ、なんだ」
俺は口を開く。
「今まで、悪かったな」
「ん? 何がですか?」
「お前が働く事に対して意味はそれほど無かった……働きたいと自主的に言ってきたからそのままにしておいたが」
安奈は俺の言いたい事がわかったらしく、少し暗い顔をした。
「……止めておけば、良かったな」
「えへへ……馬鹿だったなぁ私」
安奈はそう言って俺によりかかってくる。
「でも……もう、いいの」
安奈の手が俺の腰に回り抱き寄せる力を感じた。
俺はそれを感じながら安奈の異形の耳をなでる。
安奈は嬉しそうに耳をピクピクと動かし、「えへへ」と笑った。
「へへ……もういいんだ、私。こうしていられれば幸せだから。それに、あの出来事が無きゃ……今頃私……寂しくて死んでた。こんな事、絶対出来なかったもん」
安奈はペロっと舌を出して、微笑を浮かべる。
俺も、きっと、微笑んでいるんだろう。
チラッと窓を見てみると、外は大粒の雪が降っている。
安奈と出会って一年が過ぎようとしていた。
「あ、そういえば」
安奈は思い出したように口を開いた。
「松本さんは私の耳と尻尾、どう思ってますか……?」




