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安奈  作者: はにゃにゃき
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幸せの価値

 昨日、松本さんは言っていた。

「もう俺はお前を抱かない。もうお前を汚したくない」

 よごしてなんか、いない。松本さんは、私をよごしてなんか。

 松本さんはそれから何も語らず、私も何も言う事が出来ず、静寂が5分くらい続いたあと松本さんは思い出したかのように「行ってくる」とだけつぶやき、部屋をあとにした。

 私は小さく「行かないで」とこぼしたが、それは松本さんの耳にはきっと届いていない。


 松本さんは昨日、夜中まで帰ってこなかったらしい。

 私は睡魔に負け、松本さんが帰ってくるまで起きていられないでいた。

 私は次の日の朝の8時に目が覚め、慌てて松本さんの姿を確認したのだが。

 そこには松本さんの姿は無く、まだぬくもりが残っている寝巻きが折りたたまれて置いてあって、その上に「買い物に行っておいてくれ」という意味なのだろう、5000円札が置いてあった。

 帰ってきていた事に対して安心したと同時に、どうしてその時に起こしてくれなかったのかと、悲しくなった。

「……はぁ」

 私はその後部屋の掃除をし、軽く食事をした後、特にやることが見つからず、一人で本屋さんへ来ていた。

 昼間の本屋さんというのは本当に人が居ない。暇そうな大学生らしき風貌のグループが静かに立ち読みしている以外、お客さんはいない。

 私は一通り店内をプラプラ歩いた後、思い出したかのように求人情報誌の置いてある本棚へと向かった。

 以前は日中アルバイトをしていたのだが、もうそのバイト先へと行く事はおそらく無い。

 もう無いのだから、私は別の働く場所を探さなければならなかった。

 お仕事探さなきゃなぁ……でも私ってまだ14歳だし普通だったらどこも雇ってもらえない……

 これは朝から数十回と繰り返し思い悩んでいた事だった。


 以前のバイト先は運良く松本さんのコネで同じ職場で働かせてもらえたが、次を探すとなったらそうはいかない。

 並大抵の事では私のような「この世に存在しているはずの無い存在」を雇ってくれる所なんてあるわけが無い。

 ましてや、私のような異形の人間なんて。

「はぁ」

 それでも私は求人情報誌を舐めるように見続けていた。

 何回も何回も同じ場所を見返して、ため息をつく。

「やっぱ、無いなぁ……」

 私は求人雑誌を本棚へと戻した。

「お金かぁ」

 お金というのは、こんなにも手に入り図らいものなのか……。

 今まで、少しだけ舐めていた。手に入れたいと思ったらすぐに手に入った。

「お金かぁ」

 私は同じ言葉を繰り返しつぶやいていた。

 これ以上松本さんに迷惑はかけられないし、なんとかしなければならない。

 ……身売りは、もう二度としたくない。だから、新聞配達でもなんでもして、働かなきゃ……。

 私はそう決意し、何も買わないまま本屋さんを後にした。


 外に出てすぐにビュゥという冷たい突風が私を包む。

 あまりの冷たさにビックリし、思わず異形の耳をピクピクと動かしてしまった。

「あ……いけない……」

 そう、この耳は動かしてはいけない。

 この耳は、あくまでニット帽についている耳。付属品。アクセサリーみたいなもの。

 私は帽子を直しながら、誰かに見られていないかあたりを見回した。

 ……バス停で、バスを待っているのであろう若い女性がひとり、私を見ている……。

 三○メートルくらいは離れているだろうから、微妙に動いただけのこの耳には気づいていないはず……だと思う。

 気づいてないはず、気づいてないはず。

 ……それなのにその人は、私のほうを見続けながら、少しずつ近づいて来ていた。

「……来ないで」

 私は異形の耳を両手で隠しながら、駆け出していた。

 走りながら呟いた。

「松本さん……会いたいよ」

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