俺の後ろを歩く、世界の裏側の人
2005年、初冬。
場所は日本では北国と呼ばれている地域。
ホテルから出てきた俺達の目に飛び込んできたものは、この冬になって初めての雪だった。
乾燥した空気ではある。だけど同時に澄んだ空気でもあった。
少しだけ良い気分になる。火照った自分の体には、これくらいが丁度いい。
「……寒いですね」
後ろにいる少女が口を開いた。
「……あぁ」
俺はそう言って両手に息を吹きかける。
本当は別に寒く無い。
「あの」
再び少女が口を開く。
「ん?」
「その……つ……ま……んか?」
「……何?」
「手……」
「手?」
「……手、繋ぎませんか?」
「……」
別に拒否する理由も必要も無い。
……無いはずだのだが……
「いや」
そして、繋ぐ理由も、また無い。
無いと、自分に言い聞かせる。
「そ……そっか……あ、別に気にしないでくださいね。なんか……すみません」
「……別に」
少女は何故謝ったのか。俺には理解できない。
少女は照れくさそうに、差し出しかけていた左手をそっと体の背に引っ込め、うつむきながら喋らなくなった。
俺はその姿を横目で見ながら自分の手をコートのポケットにつっこみ、もう一度少女のほうをチラっと見たあと、自分が住んでいる安アパートへと向かい歩きだす。
俺は振り返らないで、少女の足音を耳で確認する。
しっかりと、一定距離を保ちながら付いてきているようだ。
これが、俺と安奈の形。
時には恋人のように体を求め合う。
しかし時には他人以上に無関心。
肉親以上に親密ではあるが、同時に地球の裏側に住んでいる、自分とは無関係な人間のような、そんな関係。
これが、俺と安奈の形。
「……ねぇ、松本さん……」
ホテルからの帰り道、安奈は突然話しかけてきた。
どうやら安奈は歩みも止めているようで、足音も聞こえてこない。
俺は面倒くさがりながらも後ろを振り返り「何?」とだけ聞き返した。
「う」
「何だ?」
「……う」
安奈はうつむきながら立ち止まっている。
俺が買い与えてやった薄い安物の黒いコートが風に吹かれてひらひら揺らいでいた。
「置いてくぞ……」
この台詞は、半分本気だ。
「置いて……かないで」
「じゃあ早く来い。雪が本降りになるだろ」
「……うぅ」
安奈はうつむき黙ったまま。
俺は相当面倒くさくなってきている。少しずつイライラもしてきている。そう思う事にしている。
何故、こいつのために立ち止まらなければならないのか。早く帰りたい。そう思う事にする。
「……置いてくわ」
ガキじゃあるまいし、一人で帰って来れない事も無いだろう。
俺は前を向きなおしてゆっくりとまた歩きだした。
「ヒックッ……置いて……グスッ……かないでぇ……」
……面倒くさい。
勝手に泣けばいいだろう。俺には関係無い事。
俺は歩くスピードを上げた。
「グスッ……グスッ」
泣き声は、しっかりと俺の後ろから付いてきているようだ。
その声を確認できて、俺は少しだけ、安心していた。
これが、俺と安奈の形。




