エピローグ
老人が語り終わると、黙って聞き入っていた若者は、ふうっと息をはきました。
「この国の美しい景色や、豊かな実りは、四季の女王様のおかげなのですね」
「そういうことじゃよ」
老人は、そう言ってふっと笑いました。
「ひとつ気になることがあるんですが」
若者は、老人に向き直ってたずねました。
「王様は、あのあと、吹雪のなかで死んでしまったんでしょうか?」
老人は、何かを思い出しているかのような遠い目をしました。
「いいや。王様が倒れたあと、すぐに吹雪は止んで、通りかかった農夫に助けられたんじゃ」
「ひどい吹雪があったのに、よく人が通りかかりましたね」
「あの吹雪は、冬の女王様が、王様のまわりにだけ起こしたものじゃったからの。それに、王様は、塔に向かう小道を歩いているつもりで、じつは、村へ続く小道を歩いていたんじゃ。冬の女王様が、知らぬ間に王様をそちらの小道に導いて、村人に見つかりやすくしたんじゃろう」
そう言って、老人はにこりと微笑みました。
「なるほど。女王様たちは、王様を懲らしめようとした。けれど、救う道も用意していた、ということですね」
「そういうことじゃな」
「あっ、でも、王様が死んでいなかったのなら、なぜお城にもどらなかったんでしょう?」
「王様は、吹雪のなかで倒れてから、長い間、記憶をなくしていたんじゃよ。自分が何者かも、なぜそこにいたのかも、何にも覚えていなかったんじゃ」
「そうだったんですか」
「記憶をなくした王様は、助けてくれた農夫の手伝いをして暮らしたんじゃ。王様は、まあ、その、よく働いた。自分が何者かもわからなかった王様は、ただひたすら働くしかなかったんじゃな。まじめに働く王様は、農夫に気に入られた。農夫の娘を嫁にもらい、畑も任されるようになっての」
「へえ。だけど、記憶はもどったんですよね。そのあとも、王様はお城にもどらなかったんですか?」
「王様が記憶をとりもどしたのは、二十年近くもたってからじゃった。その間に王様は、すっかり変わったんじゃよ」
「どんなふうに変わったんですか?」
「王様は、農夫として、畑を耕し、種をまき、育て、秋には収穫を迎える、そんな暮らしをしていた。それを毎年繰り返すうちに、王様は、そんな暮らしを心地よく感じるようになり、大切に思えるようになっていったんじゃよ」
「なるほど」
「だから、王様は、記憶をとりもどしたあとも、美しく豊かな自然と共に生きる道を手放そうとはしなかった。それに、王様がいなくなって、この国の人々は、みな幸せになっておったしの」
そう言って、老人はカラカラと笑いました。
「ハハ、そうですね」
若者も、つられて声をあげて笑いました。
若者は、老人に向かってにっこり微笑んで言いました。
「王様が幸せに暮らしたとわかって、なんだかうれしくなりました」
「ハハ、ただの昔話じゃよ」
「たとえ昔話でも、みんなが幸せなほうが、この美しい国には合っている気がします。さてと、陽ざしも傾いてきたようです。ぼくは、そろそろ出発します」
若者は、そう言って立ち上がりました。
「そうか、それじゃ気をつけてお行き」
「はい、ありがとうございます。おじいさんも、どうぞお元気で」
老人と若者は握手を交わし、若者はまた、明るい夏の陽ざしのなか、麦畑の小道を歩き始めました。
老人は、にこにこと手を振って若者を見送ると、小屋にもどり、また道具の手入れを始めました。そろそろ、瓜が熟しているころじゃな。孫のために、ひとつもいで帰ろう。そんなことを考えながら。