プロローグ
遠い遠い国の、遠い遠い昔の話――
まぶしい陽ざしが、さんさんと降りそそぐ夏の日です。ひとりの旅の若者が、汗をふきふき麦畑の小道を歩いていました。緑の麦畑は、さわさわと風にそよぎながら、はるか遠くまで広がっています。
畑の中ほどに、小屋が一軒建っていました。若者が小屋に近づくと、中で、ひとりの老人が農作業に使う道具の手入れをしていました。
「おじいさん、すみません。ちょっとここで休ませてもらえませんか?」
若者が声をかけると、老人は顔を上げて、にっこりと若者に笑いかけました。
「もちろんかまわんよ。外の陽ざしは、きついじゃろう。もう少し陽が傾くまでゆっくり休んでいくといい」
「ありがとうございます」
若者は、老人がすすめてくれた小さな木の椅子に腰掛けて、水筒の水でのどを潤しました。
「おまえさんは、旅をしているのかい?」
老人が、作業の手をとめて、若者に話しかけてきました。
「はい。もうずいぶん長いこと旅をしています」
「ほう」
「いろいろな国を旅しましたが、なかでも、この国はとくに素晴らしい国ですね」
「どんなところが素晴らしいんだね?」
「ぼくが、一番素晴らしいと思っているのは、季節ごとに変わる美しい風景です。ここの麦畑も、今は青々としたじゅうたんですが、そのうち黄金色に輝くときが来るでしょう。そして、雪に覆われた白銀の大地となり、やがてまた新しい芽吹きの季節を迎えます。四季それぞれの美しさを楽しむことができるこの地は、本当に素晴らしいと思います」
「そうかね、そうかね」
きらきらと輝く目で語る若者を、老人は優しい笑顔で見つめます。
「それに、この国の人たちは、みなさん親切です。ほら、こうやって、見知らぬ旅人を優しく迎え入れてくれるでしょう」
若者はそう言って、老人に向かってにっこりと微笑みかけました。
「こんな素敵な国の王様は、いったいどんな人なんでしょうね」
若者の言葉に、老人は、ふと遠い目をしました。けれど、若者はそれに気づきません。
「きっと素晴らしい王様なんでしょうね。だからこそ、こんなに豊かで美しい国になったんでしょう」
そう話す若者を見つめて、老人が、ぼそりと言いました。
「……わしは、昔、その王じゃった」
「えっ?」
若者は、聞き間違いだと思いました。目の前にいる老人が、王様だったはずがありません。年老いたとはいえ、農作業で鍛えられたたくましい体つき。黒く日焼けした肌と、深く刻まれたしわ。どこからどう見ても、ひとりの農夫です。もしかしたら、昔この村の村長をしていたのかもしれない。それを王様と言ったのだ、若者はそう解釈しました。
老人は、若者を見つめて、もう一度にっこりと微笑みました。
「どうかね、旅の思い出に、この国の昔話を聞いて行かないかね」
「それはいいですね。ぜひ聞きたいものです」
きらきらと目を輝かせる若者を、老人は優しく見つめました。
「それじゃあ、この国の昔話をひとつ、お聞かせするとしようか」
老人は、もうひとつ椅子を持って来て、若者の隣に腰掛けると、ぽつぽつと話しはじめました。
老人が語った昔話――それは、こんなお話です。