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1ー3:Das ist "eine unzuverlässige Bemerkung"

夜空に浮かぶ澄んだ満月。その光に負けないくらい輝く満天の星……


ーーここは、都会まちかり離れた山の中じゃけん、明かりも届かないんや。じゃけん夜空の星もこげなに近く、きれいに見えるんじゃーー


子供の頃、田舎の爺さんの家に泊まった時、綺麗な夜空に感動する俺に、爺さんが自慢げに言ったのを思い出す。


満月がこんなに明るかったなんて、忘れてたな……ふと、もういなくなった爺さんを思い出した。


実家の両親は元気だろうか?


不意に車体が大きく跳ねる。石か何かに乗り上げたか。馬車にしがみついていなければ放り出されるところだった。


髭の閣下ーーブリューベル侯爵ジムクントと言う名前らしいーーの城を後にした俺は、老人の馬車に乗せられて、町外れにある彼の屋敷に向かっている。


月明かりに照らされた灯りの無い街並みに、馬蹄の音と馬車の車輪の音だけが響いていた。


連なる屋根の向こうには侯爵の城。まさにハイ=ファンタジーの世界だ。


本当に来ちまったのかなぁ……異世界。


「……しかし、酷い道ですね」


『酷いものか。シュテルハイムの街並みは帝都ローエンベルクに勝ると劣らぬものだぞ?』


馬に鞭をくれながら笑う老人。そうは言っても石畳のでこぼこ道。そこを馬が駆け足で走っているのだから、メアリム老人の操る軽馬車バギーは上下左右によく揺れる。


平坦なアスファルトの舗装道路に慣れた身としては、この揺れが結構キツイ。


油断すると吐きそうだぜ。乗り物には強い方だと思ってたんだが……馬車ってこんなに揺れたっけか?


メアリム老人の馬車は、観光地で見かける二人乗り人力車の車輪を4つにしたような形だ。それを輓曳ばんえい競馬で使うような大きくてがっしりとした馬が牽いている。


馬車なんて、子供の時に、高原の牧場で乗って以来だ。


手綱を握るメアリム老人は多少の揺れにはびくともしない。慣れているのだろう。俺も馬車の揺れにもようやく慣れたので、気になっていたことを聞いてみた。


「メアリム様、前に俺を占ったとき、『今までの人生をひっくり返すような事が起こる』と言いましたよね……それって、異世界に飛ばされるって事だったんですか?」


『なんのことじゃ? ワシは『魔法使い』であって『占い師』ではない。お主に逢うのも今日が初めてじゃ』


……何ですと? 俺に会うのは初めてだと言ったか。


「じゃあ、あの時俺にペンダントを押し付けていったのは誰ですか? 『お主にピッタリの品じゃ』って無理やり握らせたでしょ」


俺は、ポケットから滴石のペンダントを取り出して老人に突き付ける。それを一瞥した老人は微かに眉を潜め、頭を振った。


『知らんな……後でゆっくり見せてくれ。じきに屋敷に着く』


「あ、そうか……すいません」


夜道を運転中のドライバーに余所見をさせるのは、馬車だろうが自動車だろうが危ないものだ。


「でも、魔法使いなら何故馬車で移動するんです? 『転移魔法』とかあるんでしょ?」


『何を言っとるんじゃ。そんなものがあったら苦労せんわ』


「え? でも……城で侯爵に言ったじゃないですか。俺が転移魔法の失敗で姫の風呂場に飛んだって」


俺が問うと、メアリム老人は鼻で笑って苦笑する。


『あれはな、でまかせ(・・・・)じゃ』


「でまか……せ?」


つまり、嘘って事か。


『研究はされておる。が、実現は夢物語じゃな』


「……ばれたらまずいんじゃ?」


俺の言葉に、老人は愉快そうに笑う。


『民衆は魔法を傷を癒したり雨を降らせたりするだけの便利な力程度にしか思っとらん……貴族連中も似たようなもんじゃ。ワシほどの大魔法使いが『ある』と言えば誰も疑わん。婦人の湯殿に突然男が現れる理由として『未知の魔法』は最適なんじゃよ』


ああ、あの時俺の足を治療したのも魔法だったのか……しかし、専門家であるのをいいことに、魔法を方便に使うのって、どうなんだろ。


確かにあの『でまかせ』で助かったけどさ。





魔法使いメアリム老の屋敷はシュテルハイムの南の外れ……川の畔にあった。


「意外と……」


地味な屋敷だな。


魔法使いの屋敷と聞いて、『髪長姫ラプンツェル』に出てくるような高い塔や古ぼけた洋館を想像していた俺は、感想を飲み込んだ。


『貴族どもや商人のような見栄などワシには要らぬわ』


雑木林を背に、柵に囲まれたメアリム老人の屋敷は土壁、わらぶきの二階屋。絵画から出てきたような牧歌的な雰囲気の家。


勿論、規模は庶民の家と比べてかなり大きいが。


「いえ。僕も好きですよ。なんだか安心します」


やっぱり木でできた家には懐かしさを感じるものだ。


馬車を屋敷に入れたメアリムは、馬を停めて声をあげる。


『ピピン! 居らぬか?』


『へい! こちらにっ!』


屋敷の方から小柄な男が駆けつけてきた。人の良さそうな、少し太めの男。メアリム老人のところの使用人だろうか。


息を切らしてやって来たピピンに、老人は馬車を降りて手綱を渡すと、馬の首を労るように撫でる。


『少し疲れとるようじゃ。ゆっくり休ませよ』


『へい。旦那様』


馬って、一頭飼うだけでもすごく維持費がかかるんだよな……餌代とか、世話とか。それを考えると、爺さんって結構金持ちなんだな。


『カズマ、いつまで乗っとるか。はよう馬車から降りよ』


はっと気が付くと、ピピンさんが少し困った顔をしている。人が乗ってたら馬車を片付けられないっすね……





『お帰りなさいませ。旦那様』


俺が馬車を降りた時、屋敷の玄関の扉が開いた。


優雅に頭を下げてメアリム老人を迎える人影に、俺は思わず声をあげる。


燕尾服に似た服装の、声色からして男性……だろう。前に突き出た鼻筋、大きくて三角の耳、鋭く、金色に光る瞳。顔全体を覆う灰色の毛。


その顔は、テレビや図鑑で見る『狼』そのものだった。


被り物……ではない。彼の手も顔と同じ色の毛で覆われている。ハリウッドの特殊メイクならこういった『変装』も可能かもしれないが……


俺の視線が気に触ったのか、狼顔の男性が少し顔を顰める。


『クリフト、例の客人じゃ。遅くに済まぬが茶をいれてくれ』


『かしこまりました』


クリフトと呼ばれた狼顔の男性は軽く頭を下げると、音もなく屋敷の奥に消える。


驚きで固まった俺に、メアリム老人は肩を竦めた。


『カズマ、お主は狼人族ハウドを見るのは初めてか?』


「ハウド……ですか」


ここでは、クリフトさんのような姿の人をそう呼ぶのか。


「はい。俺の世界には物語の中くらいしか居ませんね」


『そうか……しかし、だからと言ってあまりまじまじと見つめるのは感心せん。昔ほど種族の差別感情が強くないといっても、物珍しげに見られるのはあれらにとって気持ちよいものではないからな』


「すいません……気を付けます」


『ならばよし』


老人は満足げにそう言うと、顎で中に入るように促した。


やっぱり、異世界に来たのは疑いようの無い事実のようで……でも、何故異世界なんかに来てしまったのだろうか。


そして、俺は……どうなるんだろう。


不安な気持ちを抱えたまま、俺は魔法使いメアリムの屋敷に足を踏み入れた。



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