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1ー1:Wer sind Sie?!

~前章のあらすじ~


30前になって就職活動に焦りを感じる安心院 一馬。

そんな彼の前に一人の怪しい老人が現れる。


占い師だと言う老人は、一馬に『今までの人生がひっくり返るような出来事が近い将来ある』と不吉な占いを告げられる。


その夜、眠りについた一馬を巨大地震が襲った……

……最初に感じたのは硬い床の感触。次に鼻孔をくすぐる花の匂い。


……生きている?


……生きてるんだ……俺


全身が鉄みたいに重くて、だるい。二日酔いの朝のような倦怠感。頭ももやがかかったようにぼんやりしている。


……どうなったんだ?


意識を失う直前、ものすごい音とともに体が放り投げられる感覚があった。


うちの安アパート、結構古かったからな。あの地震に耐えきれず潰れたのかもしれない。


……ってことは、良くて瓦礫の下敷きか、最悪生き埋めか。


それを確認するためには目を開けなきゃならない。


……


……


恐る恐る目を開けてみる。まず目に飛び込んだのは、木の天井。壁は……石?


床もタイルやコンクリートの感触ではない。石畳の上で寝ているみたいだ。それに、やけに薄暗い。


地震で停電して蝋燭を使ってるのかも知れない。どこかの避難所だろうか?


体を起こそうとして、体の節々に軋むような痛みが走った。筋肉痛の痛みに似ている。石畳の上で寝ていたからか。


俺は、やっとの思いで体を起こした。


体はどこも怪我していない。服装もアパートのベッドに寝たときのままだ。全身埃まみれになっている以外は。


しかし……


……


……


周りを見渡して、俺は顔を顰めた。壁と床が石で作られた部屋。天井は高く、窓も大きい。


もっとも、窓はカーテンが閉まっているので外の様子は見れない。


……避難所、ではなさそうだ。では……どこだ? ここは?


そもそも、俺はどうやってここに来た?


明かりは部屋の奥、白いカーテンの向こうから漏れている。不意にそのカーテンが揺れ、人影が動いた。


女性の話し声と布ずれの音。


『エリザベートさま。こちらへ』


『ありがとう、シャル』


何を話しているのかうまく聞き取れないが、声色からカーテンの向こうには二人いるようだ。


……えっと……これは?


嫌な予感がする。


やがて何かに水をかける音が聞こえてきた。カーテンから湯気も漏れている。


……さっきから香る匂いは香水か? ……つまり。


ここは風呂場だ……女性が入浴中の!


まずい。


まずすぎるっ!


気付かれたら通報されて、警察が来て、捕まって、問答無用で起訴されて、裁判で有罪になって、前科がついて、就職も結婚も一生出来なくなるっ!


兎に角! 気付かれないように部屋を出るっ!


ここがどこかはそれから考えよう。


俺は部屋を見渡した。入り口は……背後にあった。


ずいぶん古風な、木の板を鉄で補強した頑丈そうな扉だ。


音をたてないように、ゆっくりと慎重に近付く。


よし……あとは、このドアノブが音もなく開いてくれれば……!


ドアノブの環っかに手をかけたとき、ドアが4回ノックされた。


……へ?


『失礼いたします。エリザベートさま』


ドアの向こうからくぐもった女性の声。


『入りなさい』


後ろで女性の澄んだ声が答える……他にも人が居たのか?


慌てて隠れる場所を探す俺!


しかし……ない!


軋んだ音を立てて木の扉が開く。


……結構大きな音がするんだな。あのまま開けてたらバレてたかも。


ドアの向こうに居たのは、琥珀色の髪をアップにした初老の女性。近い距離で見つめ合う形になり、女性の表情が固まる。


「や、やあ」


俺は女性にぎこちなく笑いかけた。それで我に帰ったのか、女性はみるみる顔を引き吊らせて叫ぶ。


『何者ですかっ! 貴方はッ!』


「いや、だからこれは……」


両手を上げて害意がないことを示しつつ後退る……オバサン、すごい剣幕だ。


『アルマリア……何事ですか?』


カーテンの向こうからさっきの女性の声がする。


こうなったら……気が引けるけど目の前の女性を押し退けて逃げるか。


俺がそう決めた時、浴室のカーテンが開いた。2本の燭台に蝋燭の火が点り、柔らかく部屋を照らしている。


中には二人の女の子。


一人は赤っぽい癖っ毛を三つ編みにしている。


そして、一番奥には綺麗な亜麻色の髪をした少女がいた。透けるような白い肌で、大きくて綺麗な青い瞳の美少女。


緊急事態の筈なのだが、俺はその女の子から目が離せなくなってしまった。


濡れた髪、薄絹のローブを着てはいるが、湯に濡れたそれはぴったりと肌に引っ付いていて……慌てて腕で体を隠す仕草が裸よりエロ……いや、馬鹿か、俺は。


ただの助平親父じゃないかっ!


『曲者ですっ! 近衛騎士をっ!』


俺がそんな不純な葛藤で固まってる間に、廊下に飛び出したおばさんが大声で誰かを呼んだ。


……まずいっ!


俺の注意がおばさんの方に向く。その隙を、癖っ毛の女の子は見逃さなかった。


剣道の試合の時に聞くような、気合いとも絶叫ともつかない声を上げて、こっちに躍りかかってくる……バスケットボール大の白磁の壺を思い切り振りかぶって。


それは痛そ……


凄まじい衝撃を側頭部にまともに喰らい、俺の意識はぶっ飛んだ。







で……再び意識が戻った時は、すでに椅子に縛り上げられ、そのまま状況の確認すらさせてもらえず、尋問……いや、拷問を受けている。


『さて、あとひと回しすれば足の指が串刺しになるが……話してくれるかな?』


金髪の綺麗な顔をした悪魔サディストが真っ直ぐ俺を見据えた。口許に笑みを張り付けているが、目が全然笑ってない。


『串刺しになるだけならまだよいが、あまり強情張ると指が潰れるぞ?』


いや、もう堪らないくらい痛いんだよ! 痛みのあまり言葉を喋ることができない俺。


金髪は少し苛立ち気味に言う。


『大胆にもエリザベート様の湯殿ゆどのに入り込んだ賊がその程度か!?』


ハンドルが少し回ったみたいだ。棘付き万力が足の指にさらに食い込む。


痛いというより熱い!


俺は体を仰け反らせて叫んだ。


「だから誤解だっ!」


叫んだ時の弾みか、ラファエルが回したのか、万力が一気に締まり、棘がざっくりと足の指に突き刺さる。俺は喉から内臓が飛び出す勢いで悲鳴をあげた。


『おっと。指に穴が開いたようだ』


『おっと』ぢゃねぇっ!


その時、部屋の扉が乱暴に開き、男が飛び込んできた。


琥珀色の髪をした巨漢。ラグビー選手並みの筋肉質で、顔が達磨みたいに厳つい。


『ラファエル! そこまでだ。この男の尋問、もう必要ないぞ』


『……どう言うことだ? ロベルト』


筋肉達磨の言葉にラファエルが眉を顰める。


俺は息を荒げ、二人のやり取りを見ていた。口から涎が垂れているが気にしない。


筋肉達磨は俺の方を一瞥して肩を竦めた。


『メアリム様がこの男の身柄を預かるそうだ』


『……ほう? あの方が』


金髪もさっきとは違う、涼しげな流し目で俺を見る。


何が……起きた? 助かった……のか?


身柄を預かるって……結局俺はどうなるんだ?


『危なかったなぁ、お前さん』


筋肉達磨ーーもといロベルトが窮屈そうに身を屈めて、殺人万力を外してくれる。ラファエルは俺の腕を縛っていたロープをほどいているところだ。


恐る恐る足の指を覗き込むと、パックリ穴が開き、血が溢れ出ている。このままにしたらバイ菌が入って化膿するんじゃないか?


その前に、その万力って清潔か?


『こいつは、このブリューベル侯爵領で一番の尋問の名手なんだぜ? あいつにかかって罪を認めなかったヤツは今まで一人もいないんだ』


何だよ、尋問の名手って。ただの拷問好きのサディストじゃないか。


『さあ、ほどけたぞ』


そのラファエルの声。やっと自由になった両腕を擦る。手首が荒縄で擦れて傷だらけだ。真っ赤に腫れて痛い。


『いつまで座っている? 立て』


ラファエルが俺の前に来て、仕草で立つように促す。


え? 傷の治療とか……応急処置は?


戸惑う俺を無視して、ラファエルとロベルトは俺の腕を掴んで立たせた……治療なしかよ。この足で歩けとか、あんたら鬼だな。


しかし、こちらの言葉が相手に伝わらないのでは文句の言いようがない。下手に逆らって『やっぱり痛め付けよう』ってなるのは嫌だし。


……仕方なく、俺は痛む足を引き摺りながら金髪美男子と筋肉達磨に挟まれて歩き出した。






二人に連れられ、長い廊下を歩く。大きくて立派な窓ガラス、高い天井とそこに描かれた天使や騎士の絵。壁に掛けられた大きな肖像画。


蝋燭の光に浮かび上がる装飾や家具は、威圧的で不気味だ。昼間に見たら凄く綺麗なんだろうな。大学卒業の祝いに、ゼミの仲間とヨーロッパを旅行したことがあったが、あの時見た城に雰囲気が似ている。


……


……一体、俺はどうなっちまったんだろうか? 余りに現実離れしている。


俺はまだ夢を見ていて、本当はまだ瓦礫の下敷きになっているんじゃないか? いや、そもそも地震があったのも夢で……


『ここだ』


俺の思考はラファエルの突き放したような声で途切れた。


ラファエルが少し乱暴に俺の腕を引く。弾みで怪我をした足の指に力が入り、激痛が走った。


痛ぇ……やっぱり夢じゃないのか。


足の指の傷口は、血で廊下が汚れるからとロベルトが布切れを巻いてくれていた。厳つい顔してるが、性格はいい奴なのかも……布は傷口に巻くには少し汚い気がしたが。


なんの布なのかは聞かないことにしよう。


『ここでメアリム様が待っておられる』


メアリム……俺、外人に知り合いなんて居ないけど、誰なんだろう。


目の前の立派な扉。このまま開けて良いものか、迷う。


企業の面接を飽きるほどやってきた。入室のマナーはわかっている筈なのだが……動かない俺に業を煮やしたのか、ラファエルが扉を4回ノックした。


『ラファエルでございます。例の男を連れて参りました』


『……入れ』


ドアの向こうから低い男の声がする。ラファエルは俺に目配せすると、ゆっくりとドアを開いた。


俺は生唾を飲み込むと、覚悟を決めて部屋に入る。


さて、蛇が出るかヘビが出るか。


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