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?ー?:Bezüglich dessen wird es Ihr und mein Vertrag bewiesen. Band, um uns daran zu binden

……暗く、深い闇。


まるで視界の全てに墨を塗り込んだような、そんな闇。


俺はその闇の中を漂っている……いや、漂っているのだと思う。


周囲はおろか、自分の姿すら見えず、自分の心臓の鼓動もなにも聞こえず、上下や左右の感覚すらない世界。


そこに俺は居る。


不安と恐怖に、俺は叫び声を上げてもがいた。


もがいた……筈だ。


頭で思い描いた体の感覚が伝わってこない。叫んだ筈の声は耳に届かない。


……なんだここは! 一体……俺はどうなっちまった!?


声にならない叫びをあげ……俺はあることを思った。


……死。


まさか……死んだのか? 俺は。


「君は死んでいないよ……少なくとも今はね」


……!


音の無い世界に、不意に聞こえた声。俺はハッとして周囲を見渡す。


しかし、闇のなか人影は見えない。


「……君の足元だよ、足元」


苦笑したような声が耳許をくすぐる。


……足元?


声に導かれるように『足元』を意識した途端、俺の三半規管が上下の感覚を、視覚が光を、肌が体の感覚を取り戻す。


押し潰されそうな不安や恐怖が嘘のように消え、俺は足を踏み締めて立ち上がった。


「へぇ……一つの感覚を切っ掛けに、自分を取り戻したんだね」


感心した様子の声。俺は周囲を見渡して声の主を探した。不思議と、世界に上と下が生まれている。


ふと、目の前に人影に気付いた。


一人の少年が立派な革張りの椅子に座り、俺を見上げて微笑んでいる。


黒のシャツに黒のズボンを身に付けた、黒髪の少年。闇の中で輝くような白い肌と、少女のように整った顔立ち。金と緑の異色瞳オッドアイが目を引く。


この子は……初めて会う筈の少年。だが、俺は彼を知っている(・・・・・)


「まあ、座りなよ……突っ立ってないでさ」


少年が手で指し示した先に、同じような革張りの椅子があった。


……いつの間に? 疑問に思いつつも、俺は少年に促されるまま椅子に腰かける。


その途端、周囲の風景が一変した。


都会の高層ビルを思わせる巨大な黒い本棚が、どこまでも続く回廊。その真ん中に俺は座っていた。


「ようこそ……『狭間はざま』へ」


「狭間……? 」


「そう……『狭間』。現世うつしよ幽世かくりよ、夢と現実、意識と無意識、精神と物質、世界と世界。あらゆるものの境にある領域」


何だかわからんな……一体、何がどうなってるんだ?


「ここを人が訪れるのは何年ぶりかな……僕の名前は……そうだね。『トラム』と名乗っておこう。君の名前は?」


にっこり笑って俺を見つめる少年。やはり、この少年には見覚えがある。


何だろう。頭の中で何かがつっかえているようで気持ち悪い。


「『君』って……俺、年上なんだけどな」


憮然として肩を竦める俺に、トラムは口を歪めて笑った……子供らしくない笑顔だ。


「人を外見で判断するのは大人の悪いところだよ? それで……君の名前は?」


「……安心院 一馬」


俺が名乗ると、トラムは驚いたように目を見開いた。


やっぱり(・・・・)君は凄いな。この世界ではっきりと自分の存在を定義できる人間はなかなか居ない……『彼』が君を選んだのも分かる気がする」


少年は一人で納得したように頷いた。


……なに言ってるかさっぱりわからん。彼って誰だ? 俺を選んだって、どういうことだ?


「ねえ、一つ聞かせてくれないか? ……君は、何の為に生きているんだい? 」


少年は表情を引き締めて問うた。突然何だよ……禅問答でも始める気か?


「そんな事知るかよ。俺が何の為に生きるかなんて、その時々で違う。人はたった一つの目的のために生きてるんじゃない」


投げ遣り気味に答える俺。だが、少年は微笑みを浮かべて頷いた。


「成程。面白い考えだね……じゃあ、それにしよう」


「……何をだ? 」


俺の問いかけには答えず、トラムは微笑みを浮かべて指を鳴らした。


すると、前に黒い円卓が現れる。円卓には黒い表紙のノートとペンが置かれていた。少年が指で宙を切るような仕種をすると、ノートの表紙がめくられる。


そこに書かれた一文に、俺は眉を顰めた。


『汝が心に定めし『生きる理由』を裏切る事なく、力を尽くして生き、その結果をすべて受け入れること』


『彼の者が契約における定めを守る限り、我が名に於いて彼の者を守護し、その力となる』


「……これは? 」


「契約だよ。君と僕の。そして、君の為の、ね。君は、これからばれる世界で、様々な人と出会い、色々な経験をして……そして選択をする。その結果を君は受け入れなければならない……まあ、自分の決めた事には最後まで責任を持ちましょうって事さ。常識だろ?」


契約って……なんだか気味悪いな。


俺の不安を見透かしたのか、トラムは苦笑して頭を振る。


「別に取って食おうと言うんじゃないさ。狭間の主の前で自らの名を名乗ることができた魂に、主は力を貸す……そのための契約だよ。君は僕との約束を守る。約束が守られる限り、僕は君を守護し、君に力を貸す……不利益はないとおもうけど? 」


リスクの無い契約なんて有るんだろうか……それに、こんな子供が力を貸す? 何だか丸め込まれているような気がしないでもないが、不思議と嫌な感じはしなかった。


俺はペンを手に取ると、ノートに自分の名前を書き込む。


「……これで君と僕は『契約者』という深い縁を得た」


少年はそう言って指を鳴らす。するとノートやペン、円卓が忽然と消える。


そして、少年の手には俺が名前を書いた黒いノートがあった。


「我が名はトラム。夢の言乃葉ことのはを名に刻む者……我は『狭間の主人あるじ』。『観察者』にして『調停者』。解放者の運命さだめを帯びし迷い子よ、契約に基づき我、汝の守護者となろう」


まるで歌を歌うように語る少年。


少年の掌の上で、黒いノートはしずくの形をした紫色の石がはまった小さなペンダントに姿を変えた。


あれは……あの占い師が俺に押し付けていったやつだ。


「これは君と僕の契約の証。僕たちを繋ぐ絆……大事にしてくれよ? 」


……!?


不意に視界が揺らいだ。激しい船酔いにかかったように頭がぐるぐる揺れる。


なんだ……急に!?


「カズマ……覚えておいて。この世に偶然なんて存在しない。どんな事象も小さな必然の連なりの先にある……」


体から感覚が消えて行く。視界が闇に呑まれ、自分の存在すら知覚出来なくなって行く……


「さあ、『彼の世界』が待っているよ」


「……彼? 世界?」


ーー解放者(きみ)は『鍵』。牢獄を開け放つ……ただひとつの……


少年の言葉が脳裏に響き、俺の意識は途絶えた。


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