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2ー4:Ich röste der Freundschaft davon uns adeln!

「では、彼の勝利に乾杯!」


「「乾杯! 」」


ラファエルの音頭に合わせ、3人で乾杯。


元居た世界で言えば大ジョッキ程の大きさの、取っ手のついた樽になみなみ注がれたビールを一気に煽る。


「っかーっ! 久々に飲むビールは美味いなぁ」


久し振りに飲んだからつい声に出た。流石にキンキンに冷えてはいないが、やっぱりビールは美味い。


ーーあれからすぐ。


俺とラファエル、ロベルトの3人は『蒼き牡鹿亭』でささやかな祝勝会をしている。まあ、祝勝会というのは口実に過ぎない……要は3人で飲んでいるのだ。


「なかなかいい飲みっぷりだな!」


ロベルトはそう言いながら2杯目のビールを注文している。


「マスター、俺ももう1杯」


「奢りだからって調子に乗るなよ? カズマ。ロベルトは底無しだからな。こいつのペースに付き合うと地獄を見るぞ」


早くも2杯目のジョッキを空けるロベルトを横目に、ラファエルが苦笑する。確かに、折角沢山の料理が有るのだ。ビールで腹が脹れる前に味わっておきたい。


テーブルの上には、大皿に盛られた豚のパテ(肉かまぼこ)や豚の赤ソーセージ、羊の塩漬け肉、鶏やうさぎの焼き肉が並んでいる。


殆どがマスターの奢りだ。


『カズマには良いものを見せてもらったからな!』そう言って笑ったマスターも、案外あの坊っちゃん達に迷惑かけられていたのかもしれない。


「しかし、カズマもあの小鬼ガキに情けなんてかけずに叩きのめしゃ良かったのに」


「いや、あれはあれでよい判断だよ」


羊の塩漬け肉を手掴みで食べながらぼやくロベルトに、ラファエルが葡萄酒ワインを傾けながら言う。


「あそこで完膚なきまでに叩きのめしてみろ。あれだけの野次馬の前で、丸腰の使用人に喧嘩を売って返り討ちに遭ったなんて事、あの自尊心プライドの塊みたいな坊やが我慢できると思うか? 親父を担ぎ出して手当たり次第八つ当たりするぞ」


いや、そこまでは考えなかったな……ハンスになるべく後腐れなく負けてもらうにはどうしたらよいか、考えただけだ。


……俺じゃなく、アイツが、だけど。


「買い被りすぎですよ……俺はただ、アイツに変な恨みを買いたくなかっただけです」


「にしても、だ。あの状況でそこまで判断できるのは、流石だよ」


ニヤリと笑うラファエル。この人に誉められるのはなんだか落ち着かない。


「俺は相手に気を使いながら戦うのは性に合わんな……カズマもあんな雑魚相手じゃ物足りなかったろ? どうだ、今度俺と手合わせしようぜ」


獰猛な笑顔を浮かべるロベルト。やっぱり脳筋だわ、この兄ちゃん。


「遠慮しときますよ。ロベルトさんと手合わせなんかしたら体が持ちませんって」


パタパタと手を振る俺。こんなゴツいヤツとやり合ったら筋肉痛じゃ済まない。


「遠慮はするな! 騎士叙勲が済めば同じ釜の飯を食う仲間だ。鍛練だよ! 鍛練!」


そっか。それは考えなかった。ヤバイな。殺されるかも……


「それにしても、俺達は何か起こる度に関わってるな……余程、えにしが深いと見える」


ラファエルの言葉に、俺は頷いた。


確かに。俺がこの世界に来て初めて関わったのが、この二人だった。


エリザベートの件についてもそうだ。


「こういうの、『腐れ縁』って言うんだよな」


俺の言葉に、ラファエルが笑った。


「ふっ……違いないな。しかし、あのときエリザベート様の湯殿に飛び込んだ男が、いまや男爵待遇の名誉騎士とは。世の中分からんものだ」


「男爵待遇?」


名誉騎士は騎士よりも地位が高いとは聞いたが、男爵待遇とは?


俺の怪訝な表情を見て、ラファエルが呆れたように言った。


「なんだ、そんなことも知らないのか? 名誉騎士は騎士より格上の男爵と同じ待遇を受ける。つまり、式典や公式な晩餐会の序列は俺より上になるんだぜ? 」


……マジか。そんな待遇をどこの馬の骨とも知れんヤツに与えようとしてるのか? あの侯爵は。


「俺とは同じだがな!」


結構酒が回ったのか、顔を赤く染めたロベルトが俺の肩に手を回して言う。


「ロベルトさんも名誉騎士?」


「いや、彼は男爵だよ。見えないだろ? まあ、そこが彼の良いところなんだがね」


俺の問いにラファエルが笑って答える……って、マジか?! 熊みたいな外見して貴族かよ……


「おぅ! そういや、お前歳いくつなんだ? 若く見えるが、酒も飲み慣れてるし、やけに落ち着きがあるから気になってな」


ロベルト、またビールを飲み干したな……何杯目だよ。


「今年で30歳だけど……」


この世界に来たのが29歳10ヵ月だったから、もう30歳になっている。


ラファエルとロベルトが一瞬目を丸くした。なんか変だったか?


「なんだ、お前、見掛けによらず年食ってるんだな! 俺らより2歳年上かよ……じゃあ、そんな畏まった言葉遣いはするなよな」


見掛けによらず……か。童顔だと言われたことはないけど、彼等からしたらそうなんだろうか。ってか、二人とも年下なんだな。


「年齢は関係ないですよ……お二人は貴族や騎士ですけど、俺は魔法使いの使用人ですから」


「仲間で飲むときに身分や仕事なんて関係あるか! まあ飲め、兎に角飲め!」


いや、親しき仲にも礼儀有りって言葉があるだろ?


俺は困ってラファエルに助けを求める。


「彼はそんなヤツだ。諦めろ」


肩を竦めて苦笑するラファエル。ま、相手がいいと言うならこっちが頑なになる必要もない、か。


「わかったよ……だからジョッキを口に押し付けるなっ! 飲むから!」


「お? そうこなきゃな! んじゃぁ、改めて乾杯だ! ラファエル、お前も飲めよ」


「……仕方ないな。付き合おう。しかし、何に乾杯するんだ?」


「そりゃぁ……俺達ブリューベル騎士の友情にだ 」


「まだ俺は騎士じゃないぜ?」


大真面目に言うロベルトに、俺は軽い突っ込みを入れた。


「細かいことはいいんだよ! ほら、乾杯!」


「「乾杯」」


重なるジョッキ。俺はビールをイッキに飲み干す。


『友情に乾杯』か。くそ恥ずかしい台詞だが、悪くないな……


その夜、俺達は『蒼き牡鹿亭』の店仕舞いまで飲み続け……翌日、死ぬほど激しい筋肉痛と地獄の二日酔いのダブルパンチに襲われる事になった。


クリフトさんの話では、深夜、ラファエルとロベルトに担がれ、泥酔状態で屋敷に帰ってきたらしい。


記憶をなくすまで飲んだのは、商社に入社した時の歓迎会以来だ。あれ以来、酒では失敗しないって決めたのに……


いや、まあ……本当に色々あった……しばらく酒はいいかな。







疲れた……堅苦しい儀式ってのはどうも苦手だ。


騎士叙勲を終えた俺は、城の一室に用意された控え室にいた。


客間や応接室程の豪華さは無いが、明るくて落ち着いた雰囲気の部屋だ。


夕刻には城で名誉騎士勲章の授与式がある。式典の後はお披露目を兼ねた舞踏会だ。


「舞踏会……か。うまくやれるかな」


ダンスなんて、高校の体育祭で踊って以来だ。一応メアリム老人に『マナーの一環』と称して叩き込まれたが、練習と実践は違う。


しくじった時、俺一人恥をかくだけで済むか……済まないだろうなぁ


俺は部屋の椅子に座ると、軍服の詰襟のホックを外して溜め息をついた。


詰襟なんて何年ぶりだろうか。息苦しくてかなわない。


気が重いし体も重い。あぁ。早く終わんないかな。帰りてぇなぁ。


「なに、だらしない格好してるの?」


軍服の飾り紐……飾緒しょくちょを外すか迷っていると、不意に声を掛けられた。


「……え? シャルロット? いつの間に……って言うか、何でお前がここに居るのさ。今仕事中だろ」


「ちゃんとノックはしたわよ。それに、別にあんたに会いに来た訳じゃないから」


腕を組んで『ふんっ』とそっぽを向くシャルロット。相変わらず生意気な奴だ。


「あら、あんなにカズマの事を気にしてたのは貴女でしょう?」


シャルロットの後ろから現れた亜麻色の髪の少女が、からかうように笑う。


……まさか。


「お嬢様……!?」


俺は慌てて椅子から立ち上がると片膝をついて頭を下げた……シャルロットならまだしも何故、彼女エリザベートがこんな場所に来るのか。


「もう! エリザベート様……っ! か、カズマ! 違うんだからねっ!」


あからさまに動揺するシャルロット。


何だ、結局俺に用があって来たのか。それならそうと正直に言えば可愛いげがあるのに……って、そうじゃない。


「あの……何故お嬢様がこのような場所に……」


急いで詰襟のホックを直しながら問う。


「エリザベートで結構です。カズマ。もっと楽になさい」


「はぁ……」


楽にしろって言われてもな……正直、楽にする程度が分からないぞ。どうしろって言うんだ。


「それで……エリザベート様、俺にどのような?」


少し砕けた感じで聞き直すと、エリザベートはニッコリ笑って言った。


「あの時のお礼が言いたかったの。カズマはすぐに気を失って運ばれてしまうし、私もあれからしばらく部屋から出してもらえなかったから……」


……そんな事の為にわざわざここまで足を運んだのか? この娘は。


貴族のお姫様はもっと気位が高いというか、守られて当然みたいなイメージがあったが……彼女はそういうのとは違うみたいだ。


「それと、シャルが貴方に会いたがっていたし……ね?」


「違いますっ! そんなこと言ったらエリザベート様だって……」


悪戯っぽく笑うエリザベートに、顔を真っ赤にするシャルロット。


主人と侍女というより、仲のいい友達みたいだ。歳が近いからだろう。


「兎に角、ありがとう。これからも頼りにしてるわ。カズマ」


「……勿体無いお言葉です」


俺は微笑みを浮かべるエリザベートに深々と頭を下げた。


美少女マドンナに『貴方を頼りにしています』なんて微笑みかけられたら、それに全力で応えるのが男だろ?


……なんて。自分で言うのもなんだが、男ってのは本当に単純な生き物だと思う。



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