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2ー3:Der Sieg, der mit der Schönheit überwältigend ist!

「貴様ら! そこで何してるっ!」


ロベルトが大股で俺とハンスの間に割り込む。


「これは貴族の誇りをかけた決闘だ。騎士とはいえ邪魔はさせぬ」


「丸腰の平民相手に何が……!」


ハンスの言葉に激昂するロベルトを、ラファエルが制した。


「このような往来で決闘の『真似事』とは、感心できませんな……ハンス様?」


「……なんだと?」


「いくら騎士でも言って良いことと悪いことがあるぞ!」


「騎士風情がハンス様に向かって無礼ではないか!」


色めき立つハンスとその取り巻き。


ーーお前ら、決闘を止めに来たんじゃないのか。煽ってどうするよ。


しかし、ラファエルは冷笑を浮かべて言う。


「失礼……しかし『決闘法』によれば、決闘を行う者は、申し込む側と受けた側、それぞれ二人の立会人を立てる事となっております。ですが、この者には立会人が居ない……これでは正式な決闘になりません」


ーー決闘法。


俺が元居た世界のそれは、確か決闘のルールや手順を書いた書物で、近世以降決闘の規範になったとか何とか……この世界にも似たような物があるのだろうか。


「だったらなんだ。この場は引けとでも言うか」


「いいえ……私とロベルトがこの者の立会人となりましょう。そうすれば正式な決闘と認められ、誰からも文句は出ません……宜しいか」


「……いいだろう」


ラファエルの提案に、ハンスが不承不承応じた……って、おい!


「……ち、一寸待ってくれ」


俺は慌ててラファエルの肩を掴んだ。


いきなり出てきて勝手に決めるんじゃない!


文句を言おうとする俺を、ラファエルが人差し指で制した。


「仮にもエリザベート様をお守りした英雄だろ? 負けはしないさ」


「……いや、あれは」


「それに、立会人は加勢が許されている。危なくなったら手を貸してやる」


ニヤリと笑うラファエル。俺は助けを求めてロベルトを見た。


「丁度良い機会だ。お前の実力、見せてくれよ」


力強く俺の肩を叩くロベルト。


……あんたは脳筋かよ。


だからあれは俺の実力じゃ無いんだって。


わかったよ畜生。やりゃぁいいんだろ?


俺は軽く二人を睨むと、地面に落ちた手袋を拾ってハンスの顔面に投げつけた。


手袋はハンスの鼻面に命中。予想外だったのか、ハンスは鳩が豆鉄砲喰らったみたいな顔をしてよろける……いい気味だ。


「わかりました……決闘、お受けします」


ハンスは顔から手袋を引き剥がすと、呻くように言った。


「……貴様、思い上がるな! お前ら、この愚か者に剣を!」


ハンスの取り巻きの一人が自分の剣を外して鞘ごと俺に放る。


俺は剣を受けとると、胸のペンダントを握った。


ーーおい、聞こえてるんだろ? すまんが力を貸してくれ


問い掛けに対する答えはない。が、体がゾクゾクしてきた。


アイツ……喜んでやがる。


筋肉痛の覚悟? 覚悟も糞もあるか。やらなきゃ殺られるんだ。


(では、君はどのような勝利を望むかい? 騎士らしく優雅な勝利? 戦士にふさわしい圧倒的な勝利?)


感覚ではなく、はっきりと脳裏に少年の声が響く。


ーーできれば恨みを買わない勝ち方で頼む。


「わかった。では、優雅かつ圧倒的な勝利を」


最後の言葉を合図に、体が俺の意識から離れる……


「双方、分かっていると思うが、決闘はどちらか一方の体に傷が付いた時点で決着だ」


ラファエルの声を聞きながら、『俺』はレイピアを鞘から抜いた。


細身の両刃剣。だが、繊細な外見に反して重い。それを一度互いに胸の前に立て、足を肩幅に開きつつ、片手で構える。


互いの剣の切っ先が僅かに触れる音。


「……っしっ! 」


それを合図に、ハンスが猛烈な突きを放つ!


だが、動きに無駄が多く剣閃が直線的過ぎる。『俺』は手首を返してハンスの突きを弾いた。


なおも攻め立てるハンス。


再度突きからの斬り下ろし、手首を返しての斬り上げ……レイピア特有の早くて鋭い斬撃が執拗に繰り出される。


が、動きが単純で同じパターンの繰返し……『俺』はその斬撃を弾き、受け流し、打ち下ろして青年貴族の隙を待った。


「ほらほらっ! どうしたっ! 逃げてばかりじゃ勝てんぞ! 」


ハンスは防戦一方の『俺』に気を良くしたのか、とどめとばかり突進から首筋目掛けて剣を振り降ろす。


それを正面から受け止め、さらにハンスを押し込むように鍔迫り合いに持ち込んだ。


必殺の一撃を受け止められ、さらに押し込まれたハンスは困惑の表情を浮かべる。


「確かにそうですね。では、次は此方から行きますよ!」


「なにぃ?」


『俺』は低くそう言うと、ハンスを突き飛ばした。


大きくよろめくハンスに追い討ちの刺突。横飛びにかわした所に更に横凪ぎの一撃。受け止めた所に手首を返して肩口への斬り下ろしからの額を狙っての一撃。


刃が風を切る鋭い音に、金属が軋むような剣撃音が重なる。


ハンスの顔が青ざめた。何とか防いでいるが、それで精一杯の様だ……自分が攻められることに慣れていない。所詮は貴族の坊っちゃんか。


「っそぉっ!」


苦し紛れの反撃に突き出されたハンスのレイピアを跳ね上げる。


両手を上げて万歳の格好になるハンス。


『俺』はその鳩尾に突きを放つように見せ掛けて、体当たりを仕掛ける。


石畳に仰向けに倒れた彼を避ける『ふり』をして、レイピアの切っ先でハンスの肩を浅く斬った。


ハンスの肩口に朱の筋が走る。


……勝負あり、だ。形の上では。


その瞬間、体の感覚が戻り、本当に倒れそうになった。


「っと、危なかった……慣れない事はするもんじゃないですね」


俺はわざと大きめの声で言うと、服で刀身を拭って鞘に収めた。


「倒れたときに切っ先で切ってしまいました……大丈夫ですか?」


倒れたままのハンスに手を差し出すが、青年貴族は苛立たしげに俺の手を払うとのろのろと起き上がる。


「貴様……何のつもりだ」


「……なんのことで」


しれっとする俺に、ハンスは舌打ちをする。


「くそっ! 行くぞっ!」


ハンスは吐き捨てるように言って、野次馬を散らしながら立ち去って行く。その後を慌てたように追いかける取り巻き達。


その姿に決闘の場を囲んだ野次馬から歓声が上がった。


あ、剣を返し忘れた……ま、いいか。


……そう言えば、あの猫耳少女はどうしたろうか?


辺りを見渡したがいつの間にか彼女は姿を消していた。


名前くらい聞いときたかったが……


と、突然太い腕が俺の首を締めた。


「カズマ、お前強いなっ! 気に入ったぜ!」


「ろ……ロベルトさん!?」


「全く……俺達が暴れる場面を作って欲しかったよ」


「ラファエルさん、何言ってんすか」


豪快に笑いながら俺の肩を叩くロベルトに意地悪そうな笑みを浮かべて前髪を弄るラファエル。


この二人、決闘に乱入して暴れるつもりだったのか……


「っていうか、二人はいつから見てたんです?」


「そうだな……君が猫人アツトの少女を庇った時からだな」


……結構見てたんだな、あんたら。


「いやぁ、なかなか男前だったぜ? 貴族相手に正面から楯突くなんてよ」


ロベルトが俺の頭を叩いた。軽く脳が揺れて、視界に星が飛ぶ。


ロベルト、俺に恨みある? 手加減してないだろ。


「奴等は最近徒党を組んでいる、地方領主の子息達でな……自分達を『高貴なる後継者エーデル・ナーハフォルガー』と呼んでいるんだが、横暴な振る舞いが多く、苦情が絶えないのだ。今回の件はいい経験になったろう」


ハンス達が去っていった方向を冷ややかに見詰めながらラファエルが言う。


ああ、なんか分かる気がする。ああいう不良は元居た世界でも群れるもんな。


……しかし、『高貴なる後継者エーデル・ナーハフォルガー』とは。厨二病全開なネーミングセンスだ。


「ったく、自分達はなんの実力も無いくせに、ただ貴族の子供だと言うだけで自分は特別だと思い込んでやがる……胸くそ悪い連中だ。だからよ、今日はスカッとしたぜ」


ロベルトが嬉しそうに笑いながら俺の背中を叩く。


ちょっと、冗談抜きに痛いんだが!


「……ところで、城勤めのお二人がなぜここに居るんです?」


「ん? 仕事終わりの一杯をな。騎士は街場の酒場で酒を飲んではならないなんて、そんな決まりはないだろ? 」


「そんなもんですか」


ファンタジーの冒険者のような風貌をしているロベルトなら分かるが、ラファエルには街の酒場で飲むイメージは無い。


案外庶民的なのかもしれないな。


「おう、そうだ。カズマ、お前も付き合え! 今日は俺が奢ってやる」


ロベルトがそう言って『蒼き牡鹿亭』を指差す。


「あ、いや、俺はまだ仕事が……」


「安心しろ。メアリム師には俺が使者を送っておいてやる」


ラファエルがニッコリ笑って俺の二の腕を掴んだ。


ははは……こりゃ、逃げられんな。


まあ、折角の機会だし……城に勤めるようになればお世話になるだろうから、酒を飲んで交流を深めるのも悪くないかな……酒、久々に飲みたいし。


俺はそう思い直して、二人に付き合うことにした。


それが終わらない夜の始まりだとは、知る由もなかった……



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