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1ー13:Es soll selbst getan haben, und übernimmt jemandes Verantwortung

参ったなぁ……


俺は窓の外を見ながら頭を掻いた。俺は何時いつまでこの部屋に居れば良いんだろうか。


少し前のこと。


「君の処遇についてたが」


仮面の男の事を伝えた後。ラファエルは前髪を弄りながら言った。


……癖なんだろうか。気障な仕草も違和感ないのがカッコいい男の特権だ。畜生。やっぱり世の中は不公平だ。


「閣下の決定が下るまで、この部屋に居てもらうことになる」


「それって……」


「勿論食事は運ばせるし、この部屋の中での自由は保証する。ただ、所用でこの部屋を出るときは兵の監視が付くし、それ以外の他人との接触は許可できない」


つまり、軟禁じゃないか。部屋の中での自由と言っても、ベッドとテーブルしかないこの部屋で何をしろと?


「それは……いつまででしょうか」


「わからん」


「ですよね」


俺は肩を落として溜め息をついた。


「この事を、メアリム師は? 」


「ご存知だ。『自分の尻は自分で拭かせよ』そう仰ってたな」


「ちっ……あの爺さんらしい」


まあ、爺さんがそう言うなら少なくとも命の危険はないのだろう。


もう決まったことだ。ジタバタしても仕方ない。


でも、と言うことは……昨日シャルロットが俺に会いに来たのは?


「……どうした」


表情の変化を感じ取ったか、ラファエルが胡乱うろんな顔をした。


「いえ。わかりました……御沙汰をお待ちしています」


俺はそう言って神妙な顔を作った。シャルロットの事は黙っておこう。きっと無茶をしたのだろう。知られれば罰せられるかもしれないし。


……あれからどれくらい経ったか。


城の時計台の鐘が鳴り、今朝も来た使用人の女性ーー体格のよいご婦人だーーが昼の食事を運んできたので昼は過ぎていると思う。


「暇だな」


つい独り言が口に出た。いつもそれに答える黒猫は、今は居ない。


窓越しに聞こえる微かな蝉の声が、部屋の静けさを際立たせていた。


……マジでいつまでこんな部屋に閉じ込めとくつもりだ?


『カズマ=アジム、侯爵閣下より参上せよとのご命令だ』


ドアの向こうから男の声がして、俺の返事を待たず二人の兵士が部屋に入ってくる。


また大仰な出迎えだな。とうとう来た、と言うべきか、やっと来た、と言うべきか。


「わかりました」


俺は小さく息をつくと兵士に挟まれるように部屋を出た。こんな風に連れていかれるのは2回目だ……やっぱり俺はこの城と相性が悪いらしい。






「まずは礼を言わねばならんな。よく娘を守ってくれた」


開口一番、ブリューベル侯ジムクント卿はいつもの豪奢なソファにもたれてそう言った。


兵士に連れられたのは公式な謁見室ではなく、侯爵の書斎。そして、その書斎には侯爵閣下と何故かメアリム老人。


このシチュエーション……あの時を思い出すな。


「ありがたきお言葉。勿体無く存じます」


侯爵の言葉に、俺は深く頭を下げた。


侯爵と主だった家臣……というならわかるが、何故この面子なのか。それだけ内々の話ということか。


「本来なら、勲章のひとつやふたつやって済む話なのだがな」


侯爵はそう言って溜め息をついた。


「だが、今の情勢はそんなに簡単ではない……のう、メアリム」


ジムクント侯爵の言葉に、メアリム老人が頷いてソファから立ち上がると、俺の側に歩み寄った。


「賊はこのヴェスト城に忍び込み、白昼堂々、しかも閣下の庭先でお嬢様を襲った……これは由々しき事態じゃ」


白昼に城の要人を襲撃される。そりゃ、確かに大問題だ。城の警備の在り方が問われるだろうし、侯爵家にとっては不名誉だろうな。


日本だったらワイドショーや週刊誌の格好の餌食だ。連日コメンテーターが騒ぎ立てるだろう。


あまつさえ、お嬢様を賊から守ったのが侯爵閣下の兵ではなく、庭に迷い込んだ客人ワシの従者とあっては……のぅ」


メアリム老人の目が、暗に『面倒事に首を突っ込みおって』と言っている。


エリザベートを守ったのが侯爵家の配下なら、その兵士の英雄譚で済んだかもしれないが、俺が……正確には俺じゃないんだが……兎に角、俺が活躍してしまった。


その事で『侯爵家の兵は客人の従者にも劣る』なんて噂が立つかもしれない。


そう言えば、庭に歩哨が居なかった。だからこそエリザベートがいるバラ園に行けたのだが……


「今、この件には箝口令を敷いておるが、人の口に門は建てられぬ。いずれは城の外に知れよう……問題はアドハルト派の貴族連中や侯爵に閣下に反抗的な地方領主どもにこの失態が伝わり、政治的に利用される恐れがあることだ」


メアリム老人の言葉を引き継ぎ、ジムクント侯が重々しい口調で言った。


「こう見えて儂にも敵が多い。少しの醜聞も、尾ひれがついて面倒な事になりかねん」


この世界の貴族社会については詳しくないが、やっぱりどんな些細な事でも足を引っ張る材料になるんだろう。


「……そこでじゃ、この件をこちらから公表することにした。大々的にな」


メアリム老人はそう言うと、髭を撫でながら俺を横目で見た。


「内容はこうじゃ。『侯爵家の娘エリザベート様が賊に襲われた。しかし、勇敢なる一人の衛兵がエリザベート様を命懸けで守り、賊を返り討ちにした。侯爵家は彼を騎士に叙勲し、さらに名誉騎士エーレ・リッターの称号を与え、その功績に報いる』」


衛兵が賊を返り討ちにした?


エリザベートを襲った仮面の男は逃走し、多分まだ捕まっていない。捕まっていればラファエルが俺に犯人の情報を聞きに来ないだろう。


つまり、表向き犯人が死亡したことにし、家臣の功績を喧伝してエリザベート嬢襲撃事件の幕引きを図る……不祥事を美談に変えて、不都合な事実を隠蔽する情報操作ってやつか。


「そして、カズマ……お主には、その『勇敢なる衛兵』になってもらう」


「……え?」


侯爵の前だが、思わず聞き返してしまった。


「まさか全てでっち上げる訳にも行くまい。実際お主は賊を退け、お嬢様をお守りしておる」


……でっち上げって言っちゃったよ。いや、問題はそこじゃない。


「しかし、メアリム様、俺はあなた様の使用人クネヒトに過ぎません。お嬢様をお守りした栄誉なら、侯爵閣下のご家臣に相応しい方がいらっしゃるのでは」


例えば、ラファエルとか。彼なら見映えするし、こういったはかりごとは得意そうだ。


何も、俺を祭り上げなくても……


「お主は知りすぎておる。今、この時期に我が侯爵家の不名誉を知るものを野放しにはできぬ……かといってお主を生涯監視し続けるのは難しかろう」


低く、侯爵が俺に言う。侯爵のシナリオは事実でなければならない。それと異なる『真実』を知る俺は、侯爵にとって都合が悪い存在なのだ。


つまり、殺されても文句が言えない状況って事、か。


俺は喉の乾きを覚えて唾を飲み込んだ。


「閣下……私は閣下の名誉を傷つけるような事は致しません」


「今はな。だが、先はわからん。それに、情報はどこでどう漏れるか……わからんものをこちらの目の届かぬままにはできぬ」


不安材料をそのまま放置はできない。監視を付けるにも死ぬまで監視下に置くのは困難。なら、手元に置いて見張っておこう……そう言う事ですか。


「お主は以前、娘の湯殿に忍び込んだ。あれを理由に獄に繋ぐことも考えたがな」


侯爵閣下、つまり『ここまで話したんだ。断ったら前チャラにした罪を蒸し返して一生牢獄送りか即処刑だけど、どうする? 』って脅しですね?


まあ、侯爵の提案……命令を受け入れても、侯爵の監視下に居ることには変わらないのだけど。


……ヤクザだな。


俺はメアリム老人を見た。老人はゆっくり頷く。


シナリオを書いたのは、多分俺の主人あるじだ……その時点で俺に選択肢なんて無いじゃないか。


「閣下のご慈悲、謹んでお受けいたします」


……この瞬間、この世界での俺の就職先が決まった。





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