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1ー12:Ich schäme mich, unter einem Muskelschmerz zu leiden

「いっっっってえぇ!!」


全身を走る痛みに俺は悲鳴をあげる。


太股、ふくらはぎ、二の腕、体の関節という関節、腹筋……あらゆるところが引き裂かれるように痛い。


『あー……やっぱりキたみたいだね』


いつの間にかベッドに少年が座っていた。


濡れたような黒髪に透けるような白い肌、黒い服を身に纏った異色瞳オッドアイの少年。


「……トラム……お前、俺に何をした」


『約束を守っただけさ。『君がこの世界で生きる意味を探す限り力を貸す』そういう契約だからね』


「……力?」


『本当は事前に一言言うべきだったんだけど、緊急事態だったからね。勝手に体を使わせて貰ったよ』


エリザベートを庇った時から、体がまるで別の人間のように動いた。


あれはトラムの仕業だったのか。


ふと、俺はトラムの姿に違和感を覚えた。彼はベッドに座っているはずなのに、彼の重みが感じられない。


それに、よく見ると少年の姿はどこか平面的で、テレビの画面を見ているようだ。


『流石だね……僕は訳あって外に出られないんだ。今は君の頭の中(・・・)を使って話してる』


つまり、脳の視覚と聴覚を使って(・・・)話してるって事か。何でもアリだな。


ーーまさか、声に出さなくても会話できるのか。


トラムは黙ったまま頷いた。


そっか……さっきまでの会話は寝言ということにしておこう。


しかし、と言うことは……


トラム、お前、あの時俺の体を使ったって……つまり、俺の体を乗っ取った(・・・・・)のか?


『そうなるね……あまり誉められた事ではないけど』


確かにな。でも、今回はお陰で助かったんだ。あの場は仕方ないさ。


『ははは……そう言ってくれて嬉しいよ』


トラムは安心したように微笑んだ。


それにしても。


俺はベッドに腰掛ける少年をまじまじと見た。外見は線の細い美少年だ。


お前強いんだな。シャベル1本で剣を持った暗殺者に立ち向かうなんて、なかなかできないぞ?


『人を外見で判断しちゃダメだよ……言ったでしょ?』


トラムはにっこりと笑って答える。


西洋剣術の事はよく分からないが、剣術をかじった事があるからトラムがかなりの腕前なのは分かる。


この『力』が有れば無敵チートとまではいかないまでもかなり有利なんじゃないか?


……剣を振るうような機会は無いに越したことは無いが。


『言っとくけど、動くのはあくまで君だからね? 見たところ結構鍛えてるみたいだけど』


そりゃ、工事現場や引っ越しのアルバイトもやったからな。筋力と体力には自信あるぞ。


ん? じゃあ、この体の痛みは……


『長く使ってない筋肉を、準備運動なしに突然激しく動かしたからね。痛みもするさ』


筋肉痛かよ……情けないな、我ながら。身体、鍛え直した方がいいかなぁ……。


『カズマ』


なんだ?


痛む身体に顔を顰める俺に、トラムは真面目な表情で言った。


『そのペンダント、なるべく外さないで欲しいんだ』


ああ、これか? 確か契約の証しだって言ってたな。


俺は胸に下げた滴石のペンダントに触れた。


トラムは頷いて微笑む。


『そのペンダントがあるから、君にこの世界の言葉の意味を伝えられたし、危ないときに君を助けられたんだ。そのペンダントは僕と君を……僕と『外』を繋ぐ絆なんだよ』


絆、ねぇ……よくわからんが、このペンダントを通じて、トラムが俺に力を貸してくれてたってのはわかった。


何で俺だけ言葉の意味がわかるのか不思議だったが、トラムが翻訳してたのか。あれには随分助けられた……他人と常時繋がっているってのは、あまり気分の良いものじゃ無いけど。


なあ、トラム。


『ん?』


フェレスーーあの、お前の使い魔はどうなったんだ? あいつ、俺を庇って撃たれたんだ。


『彼が受けたダメージはかなり大きかった。だから修復に時間がかかってる……彼のこと、気に入ったのかな?』


そんなんじゃねぇよ。ただ、あのまま死んじまったら後味が悪いだろ?


俺の返事に、トラムは嬉しそうに笑った。


『安心して。彼は僕の自信作なんだ。必ず修復する』


トラムは、あの黒猫に対して『物』みたいな言い方をする。まあ、実際、少年が『造り出した』存在なのだから『物』扱いなんだろうが……


『じゃあ、そろそろ帰るよ……君にはまだ休息が必要だ。筋肉痛、明日には軽くなってるよ。鍛えてるのは伊達じゃないね』


そういうと、俺の視界から少年の姿が消えた。


何だろう。微妙に頭が痛い……いつも以上に頭を使った影響か?


何かある度に筋肉痛や頭痛に悩まされるようじゃ堪らん。面倒事はなるべく避けなきゃな。


……そういや、爺さんどうしたかな。


何故だろう……急に眠くなってきた。


目蓋が重くなり、俺は抗えずに目を閉じる。視界が暗転したら落ちるのは早かった。


……


……


……


……翌日。


「先日は悲鳴のような奇声を上げていたそうだが……悪い夢でも見たか 」


来客……ラファエルは部屋に入るなりそう言った。


今日も金髪サラサラだな。シャンプーの宣伝ができるんじゃないか?


彼の手にした木の盆にはパンと湯気のたつスープが載っている。ただ単に朝食を運んできただけではないだろう。


「すいません……全身が筋肉痛で」


「ほう、筋肉痛、ね」


ラファエルは朝食の盆をテーブルに置くと、いきなり俺の二の腕を掴んだ。


「っっってぇ! 何するんだっ!! 」


痛ぇじゃねぇかっ! この加虐性癖野郎サディストっ! 昨日よりかなり引いたとはいえ、まだ節々が痛いんだよっ!


突然の痛みに思わず涙が滲む。


「ふむ、嘘ではないな」


「……こんなことで嘘なんかつきませんよ」


俺はまだ痛む腕を擦りながらラファエルを睨んだ。


結局目が覚めたのは、翌日朝日が昇った後だった。


いつまでも寝ているわけにはいかないので、ベッドを出て軽く柔軟体操をしているところを使用人の女性に見られ……


笑われついでに朝食をお願いしたら、やって来たのが金髪サディストと言う訳だ。


せめて可愛いメイドさんに持ってきてもらいたかった……だが哀しいかな、この世界には紳士の憧れ英国風(ヴィクトリアン)メイドが存在しない。


「何を突っ立っている。冷めないうちに食べたまえ」


「……はあ」


「なに、毒など入っていないよ。何なら毒味して見せようか?」


「……結構です」


俺はきっぱり断ると、テーブルに座る。


目の前に置かれたパンと暖かそうな豆のスープ。


考えたら昨日はあれから何も食べてない。


「いただきます」


「君は、食事の前に感謝の祈りを捧げないのか?」


スプーンを取ってスープを飲もうとすると、何故か向かいに座ったラファエルが咎めるように一言。


食事の前の祈り……確か、爺さんに言葉を習い始めてすぐの頃、マナーの一環として教えてもらったな。


メアリムの爺さんは『ワシは神頼みはしない主義じゃ』とか言って、屋敷では祈りもごく簡単なものだったが……


俺はスプーンを盆に置いて手を組んだ。


「主よ、わたしたちを祝福し、また、御恵みによって今いただくこの食事を祝福してください。この恵みに感謝を……いただきます」


「できるじゃないか……それと」


スプーンを手にした俺は、ラファエルの意味ありげな笑みに手を止めた。


「……やはり、喋れるな? 」


思わずスプーンを皿に落としそうになった。


「メアリム師に学んだんですよ……あのときは本当に喋れなかったんです」


俺はそう言ってスープを飲む……素朴な味だが、美味い。


クリフトさんの料理も美味しいけど、お城の料理も流石だ。


「しかし、君とこうして話すことになるとはな……縁があるな」


「個人的には遠慮したいんですがね」


「ふっ……わからんでもない」


俺の言葉に、ラファエルは頷いた。


そう言う割には何故か楽しそうだが?


「それで……俺に何を聞きたいんです?」


パンをちぎってスープに浸しながら俺は問うた。


城に『侵入』した俺を尋問した人物が食事を持ってくる為だけに俺のところに来る訳ない。


「君があの時バラ園に居た理由と、襲撃者の情報を知っている限り」


まあ、確かに不審だわな。さて、どう答えたものか?


「バラ園に行ったのは、友人よりヴェスト城のバラ園が帝国一美しいと聞いていたので。折角城に来たのだから一目見て帰ろうと……」


嘘は言っていない。バラ園に行ったのはフェレスが誘ったからだ。


「その友人は? 」


郷里さとの友人です……今はもう居ませんが」


「……ふぅん?」


ラファエルはテーブルに頬杖をついて、探るように俺を見る。俺はその目を真っ直ぐ見返した。


「俺があの仮面の男とグル(・・)だと疑ってますか?」


「疑って欲しいのか? 」


「……まさか」


念のための確認だ。まあ、ラファエルが俺を疑っていたなら、こんな風に食事などできていない。


「以前と違い、君には自身の潔白を証明するものがある。まあ、それすら用意された物だと考えれば、君が賊の一味だと疑わしくもなるが……想像だけで犯人探しをするのは馬鹿げている」


ラファエルはそう言って苦笑した。


仕草の一つ一つが絵になる美男子って、やっぱり卑怯だと思う。


「……僕も詳しくは知りません。なにせ昨日会ったばかりですから。ただ……」


「……ただ、何だ?」


「俺とやりあった仮面の男が言ってました。『情報と違う。今日は侍女と二人の筈だ』と」


彼にとって、俺は想定外イレギュラーだったのだ。


「……ほう? 」


ラファエルの目がすうっと細められた。殺気すら感じる冷たい笑み。


人の食事中にそんな表情をするのはやめて欲しい。




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