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帝国一美しいと称される、ブリューベル侯のバラ園。


そこは今物々しい雰囲気に包まれていた。多くの兵士がバラ園とその周辺の雑木林を捜索している。


「それで? なにか出たか」


「はい……庭園北側の雑木林に賊の物と思われる足跡が見つかりました。城下や領内の宿場も捜索しておりますが、賊の足取りは未だ掴めておりません」


「まあ、証拠を残すようならブリューベル侯爵の城に忍び込めはしないさ」


エリザベート襲撃については箝口令かんこうれいが敷かれており、人数を動員しての捜索ができない。おまけに賊の顔が不明となれば見失うのも無理のない事だ。


ラファエルは肩を竦めると、報告に来た兵士を下がらせる。


既に日は傾き、庭園は幾つもの松明に照らされていた。


「初動にミスは無かった筈だが……中央本庁ツェントルムが抜かれるとは」


「今さら言ってもしょうがないさ。君の責任ではない。それより、アロイス団長から逃げおおせるとは……賊も只者ではないな」


エリザベート襲撃の直後。賊を追撃した近衛騎士団だが、捕らえきれずその行方を見失っていた。


中央本庁ツェントルムの検問はシュテルハイム城壁内で賊を発見できず、ロベルトは城外の捜索を部下に命じて状況報告のため登城。急報を受けて登城したラファエルと合流して今に至る。


バラ園の入り口、庭師が農具などを収める小屋の前を4人の兵士が監視していた。


兵士はラファエル達に気付いて敬礼する。ラファエルは兵士に軽く返礼すると、近くの兵士に問うた。


「これがそうか」


「はっ!」


兵士達の中央に一本の矢が刺さっている。ラファエルは芝生に跪いて目を細めた。


真っ黒に塗られた矢。


「長さからしてクロスボウか……侍女の証言では、矢が2発放たれたらしいが、もう一本は見つかっているのか」


「それが……よくわからないのです。猫を一匹射殺したそうですが、矢はおろか猫の死骸すら現場に有りませんでした」


「猫?」


兵士の言葉にラファエルは眉を顰める。


「その猫はエリザベート様を庇って撃たれた、と」


「……それは勇敢なことだな」


ラファエルは興味がないと言わんばかりに兵士の話を聞き流した。


猫が死に場所を求めてその場を離れる事は珍しくない。


ロベルトは拳を握りしめて歯噛みした。


「畜生……こいつはアドハルト派の仕業に違いない! 連中め、白昼堂々姫様を狙うとは許せん」


「……状況だけ見ればそうなるだろうがな」


「どう言うことだ?」


「色々と腑に落ちないってことさ。警告、そう言ったのだろう? その賊は」


ロベルトの問いに、ラファエルは苦々しい表情で髪を書き上げ、懐から取り出したハンカチで矢を掴み、引き抜いた。


「ご苦労。君達も賊の捜索に当たってくれ」


矢を監視していた兵士達が敬礼してバラ園を離れていく。


その姿を見ながらラファエルは呟いた。


「どうも、戦争を起こしたい連中が居るらしい」


「なに? 」


「もし、ラインブルム派の力を削ぎたいなら、お嬢様ではなく侯爵本人を狙う。わざわざ『警告』なんてまどろこしい事はしないさ」


ラファエルは自分の前髪を弄りながら続ける。


「しかも、自分の姿を近衛騎士やシャルロットに晒している……まるで見せつけるようにな。それ以外は全く手がかりを残していないのに、だ」


「ううむ……」


ラファエルは、難しい顔で唸るロベルトに苦笑すると踵を返した。


「現場は君に任せるよ、ロベルト。俺は閣下に報告に上がる」


「おう。任された」


(しかし……)


ラファエルは庭園から見える城を見上げた。


黄昏に沈みつつある城の姿はどこか威圧的で恐ろしくすらある。


(侯爵閣下あのかたはどう判断されるかな?)


いつの間にか笑みを浮かべていることに気付いたラファエルは、表情を引き締めて侯爵の書斎へ急いだ。







※ ※ ※ ※ ※







ここは……


俺はぼんやりと天井を見詰めた。木の天井。でも、知らない天井だ。


俺はベッドに寝かされていた。


夕方だろうか。窓から差し込む光が茜色に染まっている。


あれから一体どうなったんだろうか。


髑髏仮面の男が退き、力が抜けて動けなくなった俺の手を、エリザベートが握ったところまでは覚えているが……


エリザベートの心配そうな表情を思い出す……彼女、大丈夫だろうか。


「あっ! 気が付いた?」


元気な女の子の声。顔を向けると、エリザベートの侍女……シャルが木桶を持って部屋に入って来たところだった。


「全く、仮面の賊を追っ払ったと思ったら急に気絶しちゃうんだもの……吃驚したじゃない」


「……気絶したのか、俺」


ベッド近くのテーブルに桶を置くと、シャルは椅子をベッド脇に椅子を置いて座る。


「エリザベート様があんたの事を心配されるから、兵を使ってここに運んだのよ? 感謝してよね。大変だったんだから」


大変だったのは俺をここまで運んだ兵隊さんだろうに。俺は内心突っ込みを入れた。


「そりゃ、迷惑かけたな……えっと」


そう言えば彼女の名前を知らない。『シャル』って言うのは愛称だろうから、いきなり呼んだら怒られそうだ。


「ん……? ああ、そうね」


彼女も自分がまだ名乗っていない事に気付いたのか、居住まいを正して名前を告げる。


「私はシャルロット。シャルロット=リッツエル。あんた、名前は?」


「カズマ……安心院 一馬」


「へぇ……変わった名前ね」


「覚えやすいだろ」


「バカじゃない? あんたの名前なんて覚えなくてもいいわよ」


俺の冗談にシャルロットは苦笑する。彼女とは何かと縁があるが、こうやって向き合って話したのは初めてだ……初対面があれだったからなぁ


「そう言えば……君はお嬢様の侍女なんだろ? 仕事はいいのか」


「エリザベート様はもうお休みになったわ。だから大丈夫よ」


「そうか……」


休むにしては少し早いが、あんな事があった後だ。心労が溜まったのだろうか? まあ、俺が心配してもしょうがないけど。


ということは……


「で、シャルロットはわざわざ仕事終わりに俺を見舞いに来たのか?」


からかい気味に言ってやると、シャルロットは頬をさっと染めた。


「……か、勘違いしないでよね!? 私がここに来たのは、エリザベート様に頼まれたからなんだからっ! あんたの心配なんてしてないんだからねっ? 」


ムキになって言い返すシャルロット。なんだ、可愛いとこあるじゃないか。


「わかったよ……すまないな。シャルロット」


「ふ、ふんっ!」


彼女はしかめっ面で顔を背けた。


「あんたの意識も戻ったし、私はもう行くわね」


わざとらしくそう言うと、シャルロットは席を立ってテーブルの桶を抱える。


部屋を出ようとして、彼女は立ち止まり、俺の方を振り向いた。


「カズマ……」


「ん?」


「ありがとう……エリザベート様と、私を助けてくれて」


小さくそう言うと、シャルロットは部屋を出ていく。


……部屋が急に静かになったな。


「……ありがとう、か」


俺はベッドに身を沈めて呟いた。


多分、あのときの俺は俺じゃない。


「なあ、フェレス」


……


……


……


「フェレス?」


いつもならどこからともなく表れる黒猫。しかし、待っても彼は出てこない。


まさか……?


『あれは死なないよ。命あるものではないからね』


突然聞こえた声。


俺は声の主を探そうと体を起こして……全身に走る激痛に悲鳴をあげた。



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