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1ー8:Was tun Sie, wenn Sie alten Mann, mich in die Enge treiben?

作品の演出上、一部三人称になります。

「おお、よく来たな、メアリム」


書斎にブリューベル侯ジムクントが現れたのは、侯爵家の家令ーーいつかの片眼鏡モノクルの紳士ーーから書斎で待つよう指示されてからしばらくしてだった。


メアリム老人はソファを立つと優雅な仕草で頭を下げ、俺も慌てて老人に続く。


本来なら、従者に過ぎない俺が領主の書斎に入ることは許されないが、メアリム老人の助手として立ち入りが許可されていた。


あの日と変わらず高級そうなソファに座ったジムクント卿は、メアリム老人に座るよう手で合図する。俺は助手よろしく老人の座るソファの後ろに立った。


「メアリム、実は例の薬が切れてな」


「そろそろ頃合いかと思っておりましたよ」


メアリム老人は振り向くと、俺が手にした鞄を一瞥した。老人の仕事道具が入っている鞄だ。


ああ、これを寄越よこせって事ね。


俺がメアリム老人に鞄を手渡すと、老人は鞄から磁器製の小壺を取り出した。


「どうぞ、お納めください」


「うむ。いつも助かる」


老人から小壺を受け取ったジムクント卿は、ニヤリと意味ありげな笑みを浮かべる。端から見たら時代劇の悪代官と悪徳商人のいつものやり取りだな。


……しかし、『薬』って何だよ。まさかヤバイ薬ってやつか?


ジムクント卿が開けた壺の中身は……薄緑色をしたクリームだった。


「娘がな、これを塗ると湯あみの後に肌がツルツルだと褒めておった」


「恐悦至極に存じます」


……保湿クリームなんだ、それ。俺のいた世界ではクリームなんて気軽に買えるが、この世界では魔法使いの知識がなければ作れないものなんだろうか?


いや、侯爵が直々に求めるものだ。なにか特別なものなのかもしれない。


「それと、お主に儂の腰を診てもらいたい」


「腰、でございますか」


「うむ。最近腰を痛めてな。痛くて馬にも乗れぬ……情けないが、流石の儂も歳には勝てぬわ」


そう言って苦笑いを浮かべるジムクント卿。なんだ、侯爵閣下は腰痛持ちか。


ジムクント卿が上着を脱いで二人掛けのソファに俯せになった。


「では、失礼いたします」


メアリム老人はおもむろにジムクント卿の側に行き、卿の腰に手を当てる。


「これは、なかなかですな」


そう言って老人は侯爵の腰をマッサージし始めた……魔法使いって整体師の真似事もするのか。


「そう言えば、そこの者」


「……はい!?」


ジムクント卿が仰向けのまま顔を俺に向ける。


「見た顔だと思えば、あの時の男か……メアリム殿の弟子と言う話、本当であったな」


う……覚えてたんですね。侯爵様。出来れば忘れていてほしかった。


「侯爵様に嘘など」


老人は笑ってそう言い、少し強めに侯爵の腰を押す。侯爵の顔が少し歪んだ。


……嘘つけ。『転移魔法』がなんとかって、でまかせ言ったくせに。


俺はジムクント卿の顔を見ないように目を伏せた。貴人の顔を直接見ないように……そして、侯爵に表情を読まれないように。


「ふむ。よく見れば、その黒髪に黒い瞳、平坦な面構え……この国では見ない顔だな」


『平坦な面構え』……確かにこの国の人に比べたら顔の彫りは浅いけど、なんだか引っ掛かるな。


「言い伝えでは、異世界人には黒髪に黒き瞳の者が多いとか。そなた、まさか異世界人ではあるまいな? 」


「と、とんでもないことで」


侯爵の言葉を俺は慌てて否定した。


この世界の人々にとって、異世界人は災厄と共に現れる『災厄の使者』。異世界人なのがバレるのはまずい。それが侯爵ならなおのことだ。


「はははっ! 冗談じゃ。そのように怯えずともよい」


いや、さっきの目は冗談を言ってる目じゃなかったぞ? まあ、勘違いしてくれたのならその方がいい。


「こやつは東方からの『流れ者』でございます。かの国の民は皆黒髪に黒き瞳をしておるとか」


「ほう、東方とは『絹の国』か、それとも黄金郷エルドラードか。それはそれで興味深い。今度かの国の話を聞かせてもらいたいものだ」


メアリム老人のでまかせ……いや、フォローに侯爵は興味を惹かれたようだ。


……爺さん、俺を追い詰めてどうする。


「閣下、これで腰の方は大丈夫でございます」


メアリム老人は侯爵の腰に手をかざして何事か呟くと、ほっとしたように侯爵に言った。侯爵はゆっくり立ち上がると、腰に手を当てて驚いた表情をする。


「うむ。楽になった! 流石はメアリムだな」


「恐れ入ります」


上機嫌の侯爵閣下はメアリム老人にソファに座るように促す。


「……さて、メアリム。貴殿に話がある」


ソファに座った侯爵は、俺を一瞥した。俺が居ちゃまずい話か。


侯爵の雰囲気からそう感じた俺は、小声で老人に問う。


「メアリム様、私は」


「うむ。そなたはもう下がれ」


メアリム老人が肩越しに頷く。


俺はジムクント卿に深々と頭を下げると、書斎を出た。






※ ※ ※ ※ ※






暫くの沈黙のあと。


「しかし、異世界人か。お主の知らせを受けた時は、まさかと思ったが……あの者がな」


ジムクントは溜め息をついた。


「やはり、ヴェステニヤか」


「はい。5年前もそうでした」


「で、あったな」


メアリムの返答にジムクントは頷く。


「して、閣下……私に話とは?」


メアリムの問に、ジムクントは声を低くした。


「アドハルト公爵がヴェステニヤと繋がっているという情報がある」


「ドミニク公が?」


メアリムは眉をひそめる。


アドハルト公爵ドミニク。先帝ノブリス14世の叔父にあたる人物である。


「うむ」


ジムクントは短く答えると、ソファに身を沈めた。


オスデニア帝国皇帝ノブリス14世が狩りの最中の事故(・・)により突然崩御したのが2ヶ月前。


皇太子を定めぬままの突然の死に、帝政は一時混乱したものの皇帝の従兄弟であるラインブルム公アドルフが先帝の子マクシミリアンを皇太子に擁立。自らは摂政となって帝政の混乱を最小限にとどめた。


しかし、マクシミリアン皇子はまだ10歳。


皇太子は成人しなければ帝位に就けない定めである。それまではラインブルム公が政治の実権を握ることになるのだが、アドハルト公ドミニクがそれに強く反発していた。


「ヴェステニヤの黒獅子公もまだ帝位継承権を諦めてはおらぬ。アドハルト公とつるめば厄介なことになる」


「フィリップ王子ですか。確かに厄介ですな」


ヴェステニヤ王国第二王子、『黒獅子公』ことフィリップはノブリス14世の甥。皇帝崩御の際、血族であることを理由に帝位継承権を主張した。


帝国はその主張を拒絶、現在に至る。


「今はラインブルム公が皇太子を押さえておるから、政局が混乱することはあるまいが、世の中何があるかわからぬ……なにか、アドハルト公を慌てさせる良いものが出ぬかな」


「考えてみましょう」


ジムクントの意味ありげな笑みに、メアリムも笑みで答えた。


やはりこの二人、悪代官と悪徳商人の絵が似合う。


「そう言えば……先日、私の魔法大学時代の教え子から手紙が来ましてな。近いうちに会いたいと言ってきました」


「……ふむ?」


メアリムの言葉に、ジムクントが眉を顰めた。何気ない雑談のように聞こえるが。


「ローエンベルク郊外で細々と魔法の私塾を開いている男ですが、貴族とも交流が深く、リーゼン伯爵の世話になっているそうです」


「リーゼン……確かアドハルト派だったな。成る程」


ジムクントは納得したように頷いた。


「……で、どうする」


「アドハルト公とヴェステニアヤの件を絡めて、奴には此方の策を手伝ってもらうつもりです。勿論、本人が気付かぬように」


「わかった。任せる」


「御意」


ジムクントの言葉に、メアリムは深く頭を下げた。


「ヴェステニヤが再び異世界人の召喚に手を出したのだ。何をしでかすかわからん……何か事が起きる前に打てる手は打っておかねばな」


ジムクントは口髭を撫で付けながら言う。


「使えるものは使う。例え『災厄の使者』であろうとのう」


「……」


メアリムはジムクントの言葉に複雑な表情を浮かべた。

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