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1ー7:Ein Lehrer und der Butler verdienen den Kredit

「しかし、こうも話せるようになるか。人は見かけによらんもんじゃな」


昼下がりの書斎。メアリム老人は午後の紅茶を飲みながら言った。


「いえ……メアリム様やクリフトさんのお陰です」


俺は謙虚に答える。


『言葉を教えて欲しい』……メアリム老人にそう頼み込んで3ヶ月が過ぎていた。


カレンダーとかある訳じゃないから正確な日数は分からないが、昼間の時間が長く、日差しが強くなり、暑さが厳しくなってきている。


季節が春から夏に変わったのだ。


「そうじゃな、ワシの指導の賜物じゃ。感謝せよ」


「……そうですね」


……本当に。あんなにスパルタな語学指導初めてだよ。爺さん。


この3ヶ月、俺は一日の殆どの時間を勉強に費やした。29年の人生で一番勉強したんじゃないだろうか。


なんといっても命が懸かっているのだ。必死にもなる。


メアリム老人が予備校講師顔負けの詰め込み指導で、しかも早口。その上少しでも間違えると杖で小突かれた。クリフトさんが日常会話で丁寧に発音してくれたりして協力してくれなかったら、とても覚えられなかったろう。


おかげで日常会話ならほぼ問題なくこなせるようになったし、手紙も書けるようになった。我ながらよく弱音も吐かずついていったもんだ。


まあ、相手の話す言葉の意味はわかるから、まるっきり最初から学ぶことに比べたら確かに楽だったのかもしれないけど。


「基本的な勉強はここまで。明日からはワシの使用人クネヒトとして働け。良いな」


「はい」


……ある程度日常生活に支障なくなったら老人の使用人として働く。3ヶ月前にした約束だ。


「ただ、ワシのもとで働くなら更に色々な知識を身につけねばならん。今以上に鍛えるからそのつもりでおれ」


……あ、屋敷の下働きとかじゃないのか。


「知識とは……具体的に伺っても?」


「知識は知識じゃ。帝国やエレブリアの歴史、政治、軍事、会話や食事の作法やチェスの遊び方、その他諸々じゃ。ワシの使用人として恥ずかしくないようにな」


な、なんか思ってたのと違うな。でも、この世界について知らないことが多いから、学ばせてもらえるのは嬉しい。何せ、殆ど屋敷に籠りきりだったからなぁ


その時、書斎のドアがノックされ、クリフトさんの声がする。


「旦那様、侯爵閣下の御使者がお見えでございます」


「ふむ、もうか……すぐに参上すると伝えよ」


「かしこまりました」


メアリム老人は顎髭を撫でながら面倒臭そうに席を立った。そして、なにか思い付いたように俺の顔を見る。


なんか嫌な予感すんな……


「……そうじゃ、カズマよ」


「はい?」


「勉強させてやる。お前も来い」


「……どこに行くんですか?」


「城じゃ。ブリューベル侯ジムクント卿に呼ばれておる」


「城……ですか」


できればあそこには近付きたくないんだよなぁ……俺の脳裏に金髪イケメンサディストや髭の強面閣下、そして不可抗力とはいえ裸を覗いてしまった閣下の娘が過る。


あれから時間も経ったし、みんな忘れてるよね?


「ワシが来いと言っておる。返事は?」


「……お供します」


って言うか、それしか選択肢はないんでしょ?


「うむ」


老人は満足げに頷いた。


『勉強させてやる』なんて言って、ほんとは一人で行くのが面倒だっただけじゃないのか?


石畳の凹凸でこぼこ軽馬車バギーが揺れる。


あの日の夜に走った道。あの日と違うのは、方向が逆だということと、賑やかな雑踏の中を走っているということだ。


それだけで全く違った街を走っているような気分になる。


「さて、この街については話したの」


「はい。オスデニア帝国ブリューベル侯爵のご領地ですよね?」


言葉を習っているときに教わった事を答える。この街の事、大まかな地理については教えてもらっていた。


老人は軽く頷く。


「そうじゃ。エレブリアの地にはオスデニア帝国、ヴェステニヤ王国、アストリアス王国、神聖教皇領の4つの国と小規模の都市国家がある」


軽馬車は馬が常歩なみあしでゆっくり歩いているのであの日ほど揺れない。今日は馬車酔いせずにすみそうだ。


「オスデニアとヴェステニヤは元々一つの国じゃった。フロセン帝国といってな……じゃが、13代皇帝の時に西のヴェステニヤと東のオスデニアに分裂したのじゃ。故に、この2国は微妙な関係にある」


「微妙な関係……例えばフロセン帝国の後継争いとか、ですか」


「まあ、近いの。他にも色々な」


俺の世界でも似たような話がたくさんある。民族が同じなのに戦争や政治的理由で分裂してできた国。多民族国家が衰退して民族ごとに分裂してできた国。


経緯はどうあれ、こういった国家はお互いに火種を抱えている。この世界もそれは同じってことか。


「今から会いに行くジムクント侯爵は、そのヴェステニヤと国境を接するブリューベル侯領を治める御人じゃ。中央の宮廷にも発言力がある。そこら辺の背景を頭に入れておくといいぞ」


あの髭のおっさん、やっぱり只者じゃなかったのか。ヤクザの親分みたいな面構えは伊達じゃないんだな……


やがて道幅が広くなり、周囲から民家が消える。湖のように見えるのは人工の水堀。その真ん中に浮かぶ小高い島全体が城であり館だ。


白亜の城壁と青い屋根を持った尖塔。城の両翼が翼を広げた白鳥に似ていることから『ブリューベルの白鳥』の二つ名で名高いヴェスト城である。


ああ……来ちまった。出来れば来たくなかったなぁ。


堀に掛けられた橋のたもとに検問所があり、数名の兵士が詰めていた。


羽飾りのついた鉄兜と黒色の軍服に背当て、胸当てを身に付けている。ファンタジー世界の兵士と言えば、鎖帷子チェインメイルやプレートメイルがお約束だと思っていたけど、結構軽装なんだ。


おまけに剣や鉾槍ハルバードだけじゃなく、鉄製の長細い筒状の物を抱えている兵士も見えた。


……あれは『銃』か?


元の世界に居たときネットで見た、燧発フリントロック式のマスケットに形が似ている……どうやら、アニメやライトノベルで慣れ親しんだ異世界とは少し違うらしい。


馬車が検問に差し掛かると、兵士が馬車を止めた。


「メアリム様ですね? 話は聞いております……こちらの方は?」


「この者はワシの従者じゃ。怪しい者ではない」


「了解しました。お通りください」


兵士は俺を一瞥すると、メアリム老人に敬礼して下がった。


「メアリム様って、凄いんですね」


「ふん。伊達に大魔法使いを名乗っとらんよ。帝都にいけば宮中伯や上級貴族にも顔が利くのじゃ」


自慢げに笑う老人。そう言えば、出会った時に足を治療してもらって以来、屋敷に居るときにこの老人が魔法を使っているのを見ていない。


この世界の魔法使いって、何をする人なんだろうか。貴族に顔が利くんだからそれなりの地位なんだろうけど、想像できないや。帰ったらクリフトさんに聞いてみようかな?


だんだん近づいてくる城門を見ながら、そんなことを思った、







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