第8話 奇襲と返り討ち
霧与が勇者召喚に巻き込まれてから一週間が経とうとしていた。
彼の一日のサイクルは朝食後の午前中は書庫に籠り、午後からは位相結界にてリーシアの魔法の指導と割と充実した日々を送っていた。
リーシアも本を使った独学での術式の基礎や魔法構築理論が誤っていただけで霧与の教えるキルシス式魔法をどんどん習得していき、今では転移、飛行、念話といった特異系魔法を習得するまでとなっていた。
圭人達勇者組も無事神霊契約を終え、日々修練に明け暮れている。
(佐山達は心配なさそうだな。チビっこも念話まで習得した。俺もたちまち必要な情報は揃えたし、となると…)
「発つとな?」
「ああ。チビっこも念話まで習得したし、俺もある程度情報は揃った。準備なんかも含めて出発は明後日といった所だ」
オルテムの問に霧与は淡々と答える。
リーシアはそれを聞きまるで捨てられた子犬のような目で霧与を見た。
この一週間、リーシアは魔法の指導の時間以外でも霧与について回った。
霧与が書庫に来ると決まってリーシアが先に来ていてお茶を淹れてくれていた。
昼には必ず二人分の昼食を用意して一緒に食べた。
もちろん面倒くさがりの霧与は最初は断ろうとしたが、リーシアの料理の腕はかなりのものだった。
結局食欲に負けて同行を許可した。
由花がその事でかなり鬱陶しかったが。
「路銀はどうするつもりかね?」
「途中でモンスターを狩ればいい。自分の食い扶持くらい自分でなんとかする」
「あい分かった。こちらで通行手形を発行しよう。魔界との国境付近以外でなら役に立つ筈だ」
「ありがたく貰っとくよ」
その夜、警備の者達を除いて寝静まった城で黒いローブの男達が誰にも気づかれる事なくある場所を目指していた。
そこは勇者召喚に巻き込まれた少年が寝起きする客室。
彼等は音も立てず部屋の中に侵入するとベットを取り囲む。
そして一人が布団をめくり…中から出てきたのは丸めた別の布団。
「よう。いい月夜だな」
慌てる男達に声が掛けられる。
振り返れば目的の少年が目を閉じ、逃がさんとばかりにドアにもたれかかっている。
「あんた等も不幸だよな。猫を連れて行くつもりが実は眠れる獅子だったなんてな」
少年はその目を開ける。
そこには紅く染まった瞳が怪しい光を放っていた。
すると男達の目から光が消える。
「取り敢えずあんた等の親玉の所に連れてってくれ」
男達は頷くと扇動する様に歩き出す。
霧与は獰猛な笑みを浮かべながら後を追った。
「遅い!」
貴族街の屋敷の中でも、ひときわ大きい豪邸の一室で恰幅の良い男が悪態をついていた。
男は今回の霧与の拉致を企てた貴族である。
目的は単純、勇者である圭人達と同郷の霧与を人質にして勇者を抱え込もうと画策したのだ。
しかし定時になっても戻ってこないどころか連絡すら無い。
「金を掛けたにも関わらずこの体たらくとは、一体どういうことか!」
ガチャ
男が丁度グラスを壁に叩きつけようとした所で扉が開く。
そこには実行役の黒いローブの男達が立っていた。
「ようやく戻ったか。どうだ?首尾よく行ったか?」
しかし男達は貴族の男の問に答えない。
それどころか全員糸が切れた人形の様に膝から崩れ落ちた。
「どうやらあんたが親玉らしいな」
いきなりの事に言葉を無くしていた男は、扉の奥から聞こえる声にギョッとする。
そこから現れたのは、彼が拉致しようとしていた霧与その人だった。
しかし男を見た霧与はたちまち顔をしかめる。
「うわ!醜いブタみたいなのがいやがる。いや、これはこれで豚に失礼か?」
相手を見た瞬間コケにする霧与の言いように、男はすぐさま堪忍の尾を切った。
「貴様!ワシを誰だと思っている!」
「醜い腐肉の塊」
「きっ貴様ー‼︎」
男は近くにあった小さなベルを手繰り寄せ鳴らす。
しかし、一向に誰も来ない。
「何故だ⁉︎何故誰も来ない‼︎誰か‼︎誰かおらんのか⁉︎」
「残念ながらここの奴等は全員眠らせた」
「なっ!」
男は霧与の言葉に驚愕する。
それもそのはず。
文献には霧与達の世界には魔法が無く、人一人の戦闘力などたかが知れている。
それを吟味しての計画だったのだ。
まさか霧与に貴族の屋敷を制圧する力があるとは思いもよるまい。
「ま、取り敢えずあんたも寝てもらう。目覚めた時は牢屋かな」
霧与はそう言いながら男の意思を刈り取った。




