第84話 「悲しいお話しだな」
「賢者の言葉までは本当です。でも、僕は断った。そんなことしてまで、力を手に入れたくないって」
僕は、か。なら、カディーは。
「すると、賢者は言いました。分かった。でも、今日はもう遅いから明日帰れ、と」
ホセの話し方は、まるでおとぎ話を話しているかのような。どこか現実味のない。
いまだきつく握られたホセの手だけが、ホセの感情を表していた。
「僕たちは、その誘いに乗りました。僕はカディーを犠牲にするつもりはなかったし、カディーも同じだと思ってたから。でも、僕は何も分かっていなかったんです」
「その夜になにかあったんだな?」
ホセは、無言で俺の言葉を肯定する。
「ここから先は、賢者に聞いた話です。僕が眠っている間に、カディーは賢者に願った。自分の全ての能力を犠牲にしてホセに賢者級の魔法を授けてくれって。そして、それを賢者は受け入れた」
「ちょっと、待ってよ! カディーは、自ら自分を犠牲にしたってことか?」
「賢者の話しを信じるとそうなります。信じなくても、僕がこの賢者級を使えていることが真実です」
「カディーに話しは」
賢者から聞いたって。当事者は、カディーだろう。
「僕が起きた時にはもう、姿を消していました。今も、居場所は分かりません。僕は、彼女に何も出来なかった。僕のせいで彼女は」
自分のせいでカディーが全てを失った。だから、罪悪感でソディーとも話さないのか。
でも、そんな考え間違っている。
「ホセ。お前は、悪くないだろ。罪悪感を感じる必要なんてない」
「でも、僕は彼女の想いを知らなかった。気づこうともしなかった」
「想い?」
「賢者が言ってました。カディーは、僕のことが好きだったと。だから僕のためなら自分は何を失ってもいい、と。そんなの、僕だって同じなのに。カディーがいなきゃ、賢者級を手に入れても意味ないのに」
ホセの目から涙が零れた。
ホセもカディーも、お互いのことを想い合っていた。それが、すれ違いになってしまった。だから、ホセはいつも誰とも関わろうとしていなかったのかもしれない。もう誰かのことを想うのが嫌だったのかもしれない。
「だから、僕はあの時から誰のことも信じれなくなった。目指していたはずの賢者でさえも」
「もしかして、お前がDクラス落とされたのって」
「賢者の言葉を信じたくなくて、攻撃してしまったんです。賢者っていうのは、一応世界の宝ですから。本当なら退学ものですが、それまでの成績を買われてDクラスで手をうってもらったんです。もう、僕にとってはどうでも良かったんですが」
率直に、悲しいなと思った。想い合っているのに、最悪の結果を招いて。ホセの心の傷は、おそらくカディーじゃないと治せないだろう。
「これが、僕の話しの全てです。あなたは、ソディーを守るために必死に動きました。人を信じるとかはまだ無理かもしれませんが、別に仲間になるのはいいですよ」
ホセが、手を差し出してくる。その顔には、もう涙はなかった。
俺は、一瞬その手を取るか迷った。ホセの罪悪感を取り除くことは、俺には出来ない。それが、本当に仲間と言えるのだろうか。
「別に、僕はあなたに罪悪感を取ってもらおうとは思ってませんが」
ホセの手の中の本は、いつの間にか開かれていた。
「お前、心読むなよ!」
もういい。考えても無駄だ。
「ホセ。お前がどう思おうと、俺はお前を友達だと思っているし、助けたいとも思っている。だから、今度は俺が言ってやる。1人で抱え込もうとすんな。俺は絶対、この手を放さないぞ」
ホセの手を掴む。
どうせ心読んでんだ。取り繕うだけバカバカしい。
「ふっ。あなたっていう人は、本当に」
なんだよ。急に笑いやがって。俺、変なこと言ったか。
「本当に、期待を裏切りませんね」
ホセの言葉の意味は理解できなかったけど、少しだけ距離は縮まった気がした。