第59話 「この感情は、俺が王子様だからではない」
メビウス学園は、非常に広大な敷地を持っている。
中庭付きの校舎3つ。グラウンド4つ。訓練場と魔法訓練場がそれぞれ3つ。道場、弓道場、剣道場がそれぞれ2つ。寮施設が男女2つずつ。そして、何故か使われていないのに残っている、旧校舎と旧道場。
国内最大の学校という名前は伊達じゃない。
「旧道場って初めて行くな」
通常授業では、旧と名のつく建物は使われない。なのに、何故その建物が残っているのかは、永遠の謎だ。
旧校舎と旧道場は、学園の敷地の最北端に位置している。南側を占める校舎から行くだけでも大変だ。その上、人気も少ないため不気味な雰囲気を醸し出している。
「何で、わざわざここまで来なきゃいけないんだよ。あのじいさん。どういうつもりだ」
俺は、てっきり旧道場には呼び出した張本人が待っていると思っていた。
しかし、旧道場に近づいた俺の耳に飛び込んできたのは、もっと若い男性の声だった。
「おらよ! フィアム・チェンサー!」
「魔法?」
聞いたことのない魔法名が聞こえてくる。
「俺にもやらせろよ。サンテック!」
何やってんだ? 魔法の練習か?
声からして複数のようだが。魔法の練習ならわざわざ旧道場に来なくても。
「じいさんではないよな。とりあえず、旧道場入ってみるか」
俺は、旧道場のドアを引いた。
「まだ行けっだろ!」
先ほどの男性の声が、鮮明に聞こえてくる。
中にいたのは、4人の男性。10代っぽいから、この学校の生徒だろう。
奥に向かって、魔法をぶっ放している。俺が入ってきたことには、誰1人気付いていない。
「なんだ? 奥に何かあんのか?」
俺は、男性たちの後ろ姿を見ながら近づいた。
「な!」
「おら! チェール・フィアム!」
男性の持っているチェーンが、奥に向かって伸びる。
「危ない! コールド!」
俺は、チェーンの前に出て、チェーンを凍らせた。
「何だ、お前!」
目の前の4人の注目が俺に向く。
だけど、そんなことどうでもいい。俺の後ろの方が心配だ。
「おい! 大丈夫か、キャメル!」
俺の後ろに傷だらけで倒れていたキャメルは、俺の声に反応して顔を上げた。
「おチビちゃん? 何で、ここに」
「良かった。無事だな」
「おい。どこのガキだか知らねーが、邪魔すんなよ。俺らの練習にならないだろ」
練習だと? キャメルに魔法をぶつけることが?
「何で、キャメルに」
「知らねえのか。その女は不死身なんだよ。気味が悪いが、死なねえし、傷がすぐ治るっていうのは、良い練習台だ。分かったら、そこどけよ」
「おチビちゃん。あいつらの言うとおりだから。私は大丈夫だから、気にせず帰って」
キャメルの傷は、どんどん塞がっていっている。
確かに、キャメルは尽力が無限だと聞いた。そりゃ、傷もすぐ治るよな。だけど、それが傷つけて良いっていう理由にはならない。
「どかねえよ」
「あ? なんだよ、ガキ」
「どかねえって言ったんだよ! 俺の名前は、シュラ・イレーゼル。お前らの相手は、この俺だ!」
俺は初めて、敵意を持った剣を人に向けた。