第125話 ノックルの事情
メビウス学園のDクラスは、通常時は開講されない。何かの問題を起こした生徒がいた場合のみ、問題児クラスとしてDクラスが作られる。3年前、ノックル・ハンリが問題児としてDクラスに落ちた時、彼は唯一のDクラスの生徒となった。
「はあ」
ノックルは、授業が終わった夕方、メビウス学園の北にある丘に来ていた。周りは、旧校舎など使われていない建物のみで、静かな空気の中、ノックルは寝転がって空を見ていた。
「相変わらず、ここが好きなんだな」
「アンディー兄ちゃん!」
ノックルの視界の真ん中に、アンディーの顔が現れる。
ノックルがアンディーを傷つけて以来、2人が話すことはなかった。それは、第1回クラス対抗大合戦が終わっても同じことだった。
「久しぶりだな。元気にしてるか?」
元々、アンディーは学術の先生だ。クラスのくくりがなくなった現在、2人が会うことは少ない。
「え、う、うん」
アンディーがノックルの隣に腰を下ろしたのを見て、ノックルは上半身を起こした。
「あの……。アンディー兄ちゃん。何で……」
「あのチビが、私たちに言ったのよ」
ノックルは後方から聞こえてきた声に驚いた顔で振り返った。
「ケイト姉ちゃん!」
ケイトはアンディーの反対側の、ノックルの隣に座った。
「ケイト。お前、相変わらず口が悪いな。彼は嫌がっているらしいが、王子様なんだ。ちゃんと名前で呼びなさい」
どうやら、ケイトの言うチビとは、シュラのことらしい。だとしても、ノックルに2人から話しかけられる理由は見当たらなかった。
「本人が嫌がっているならいいじゃないの」
「いや、チビも嫌だと思うが……」
ケイトとアンディーが言い争いを始めて、話しは一向に進まない。
「あの! アンディー兄ちゃんも、ケイト姉ちゃんも、何でここに?」
「ああ。ノックルと話しに来たんだ」
「俺と……?」
ノックルは動揺が隠せない。2人は自分を恨んでいたはずだ。
「あのチビがね。ノックルがコナーで、剣力が高すぎて暴走が抑えきれないと話しに来たのよ」
「それ! 理解できたの?」
コナーになる前に知り合った人にコナーであることを話しても、覚えることは出来ないはずだ。だから、ノックルは人を避けて生きてきた。それを全て話し、受け止めてくれたのは、シュラだけだった。
「ああ。ノックルから聞いても忘れるということも聞いた。おそらく、人づてに聞いたなら、大丈夫なんじゃないのか?」
「だから、私たちも言いに来たのよ」
「え……?」
アンディーの手が、優しくノックルの頭に触れる。
「悪かったな。ノックル。お前だけを責めていた。暴走も抑えきれない問題児だと。でも、シュラに怒られて気づいたんだ。お前を信じてやらなければいけなかったんだって」
「悪かったわね。ノックル」
「アンディー兄ちゃん、ケイト姉ちゃん……」
シュラがこの2人に言ったのは、シュラ個人の判断だ。ノックルは頼んでいない。だから勝手に言ったことを怒ることも出来る。しかし、シュラの判断の結果に、ノックルは怒る気はしなかった。
「俺も……。俺も、傷つけてごめん。ちゃんと謝りたかった。痛かったよね。ごめんね」
ノックルの目から、涙が溢れてくる。それを見て、2人は苦笑した。
「泣き虫だな、ノックルは」
「そんな強面の顔で泣いても、恐いだけよ。いい加減、泣き止みなさいよ」
「う、うん……」
3人のそばを、優しい風が吹き抜けた。