第115話 「その前に」
明日は、最終日。特Sはサックス。Sはディックとカーク。Aはユアン。Bはケイト。Cは、名前知らねえけど。
注意すべきは、いまだ能力の正体が見えないサックスとカークだが。サックスはおそらく法術によるものだ。だけど、カークの能力は一体。
「失礼します」
俺は、グランドを出た後、医務室に足を向けた。
シックがカークの傷を調べてくれると言っていた。何か、分かっているといいんだけど。
「シュラ君。終わったのかい?」
シックは、医務室の片隅で疲れた顔で座っていた。そういえば、今日は医務室に運ばれるやつ多数だったからな。その処置に大忙しだったのかもしれない。
その割には、医務室の中にはシックとホセしかいなかった。
「ああ。運ばれてきた子たちは、もう治療して帰したよ」
俺の視線に気づいたのか。ホセみたいに、心でも読んだのかと思った。
「気絶してるやつとかもいたのに? そんなに早く目覚めたのか? ノックルも運ばれてきたよな」
「ノックル君っていうと、昨日君と来たコナーの子だね。大丈夫。彼も意識を取り戻して、傷も治った。俺は医者だからね」
シックは、笑って俺の手を握った。
「ギルク・ブラット」
淡い光と共に、温かい空気が俺の手を包んでいるのを感じる。以前ノックルにつけられていた傷が、閉じていく。
「な、何で」
俺は尽力が低い。治るのには、まだ時間がかかると思っていたが。
「細胞を生み出す生魔法ギルクと血を操る人魔法ブラットの特魔法だよ。尽力を活性化させて、治療するのが俺のスタイルだ」
「え、じゃあ。何でホセはまだ目を覚まさないの?」
そんな魔法が使えるなら、ホセだって治してくれればいい。なのに、ホセはまだベッドで眠りについている。
「それは」
シックは、俺の手から手を放した。
「彼の傷にはこの魔法が効かないみたいなんだ」
「魔法が効かない?」
「ああ。ホセ君の傷を、傷をつけた人物の法力の痕跡が覆っていて俺の魔法が届かないんだ。つまり、あれは魔法によってつけられた傷。……のはず」
最後に、曖昧な言葉で締めくくりやがった。
シックの言うことが正しいなら、カークは魔法でホセを傷つけた。まあ、武器は持っていなかったはずだし。それが妥当か。
それなら、カークの魔法に注意すりゃいいってことなんだけど。あいつは確か、魔法名を唱えずに魔法を繰り出していた。
「それなら、どうやって戦えばいいんだ?」
いつ魔法が出されるか分からないんなら、注意のしようもない。
「君の助けになれるか分からないけど、もう1つだけ分かったことがあるんだ」
「な、なんだ?」
シックが、俺にホセの本を差し出してくる。
「これ、ホセ君の近くに落ちてたらしいんだけど」
シックが、俺の目を真剣に見つめる。
「うん」
そりゃ、ホセのだしな。何だ? その本に何か秘密でもあるのか?
「この本、魔法書なんだ!」
「……」
知ってるけど。
「えっ? あれ? 反応薄くない?」
「いや、知ってるし」
なんだよ! 期待させといて。
「え。マジで?」
シックが困った顔をする。言っておくけど、反応に困ったのはこっちだからな。
「なーんだ。知ってるなら、君に預けておくよ。明日の競技で使えるだろう」
「え?」
使えないだろ。それは、ホセのなんだから。
「あれ? この本のこと知っているんじゃないの?」
「だから、ホセの特魔法が詰まった魔法書だろ?」
知ってるよ? だって、ホセがそう言ってたもん。
「それだけじゃ、ないんだな」
シックが、嬉しそうな顔をする。さっき俺が驚かなかったのが、そんなに悔しかったのか。
「魔法書っていうのは、確かに創り出した持ち主にしか使えない。でもね、ホセ君はどうやら条件付きで誰にでも使えるようにしていたらしい」
「条件付き?」
「ああ。その条件は、持ち主が仲間だと認めた者」
「あ…」
あっぶねー。嬉しすぎて、叫び出しそうになった。
魔法書を創った時のホセに、仲間なんて概念なかったはずだ。カディーに去られた直後だったんだから。ていうことは、その条件を追加したのは最近。それも、俺たちを仲間だと見なしてくれているからだろう。
「君は、ホセ君の仲間だろう? だから、これを渡しておくよ」
シックは、本を俺の手の上に置く。
「ああ。ありがとう、ホセ」
いまだ眠っている仲間のために、俺は絶対に明日優勝してやる。