第112話 「あんな女見たことない」
『続いて、武術に移ります! 武術も、ルールは剣術と一緒。ただ1つ違うのは、武器を使ってはいけないということです! 己の身体同士で、ぶつかり合っちゃってください。第1回戦、Dクラス所属ノックル・ハンリ対Aクラス所属ジャン・カルク。それでは、どうぞ!』
初っ端から、ノックルか。まあ、武器を使ってはいけないといっても、ノックルは身体全体が1つの武器のようなものだからなあ。
「ノックル。私は勝ったわよ。あんたも、自分で言ったことくらいは、守りなさいよ」
「分かってるよ」
キャメルの不器用な応援に、ノックルは無愛想に答え舞台に上がっていった。
多分だけど、あいつ緊張してるよな。人を傷つけることに抵抗があるノックルにとって、この試合は酷なのかもしれない。しかも、いつ発作が起こるかも分からない。
「よお。ノックル。久しぶりだな」
「ジャン?」
あれ? 知り合いか。そういえば、ノックルが元々どこのクラスなのか知らなかったけど、Aクラスだったのかな。
「お前、Cクラスだったんじゃ」
「あれから何年経ってると思ってるんだ。ノックルがDクラスに落ちた後に、上がったんだよ」
違った。ノックルは、Cクラスだったのか。
ノックルが10歳でDクラスになったとすると、あれから3年。CクラスのやつがAクラスまで上がるのも不思議ではない。
「時間が止まっているのは、お前だけなんだよ」
ジャンは、ノックルに詰め寄り、蹴りを入れた。ノックルはそれを後ろに下がることで回避する。ジャンは攻撃の手を緩めないが、ノックルも必死で避けている。
「いつまでも、避け続けれると思うなよ。俺は確かにお前に勝ったことはなかった。でも、昔の俺のままだと思ったら間違いだぞ」
ジャンの言っていることは、的を外れている。ノックルが避け続けているのは、攻撃をしないのは、おそらく傷つけたくないからなのだろう。身体の一部でもジャンに当たってしまったら傷つけてしまう。
もちろん、それだと勝負の意味がないんだけど。それでも、傷つけたくないと思っているんだろうなあ。
「ノックル!」
ジャンが攻撃の手を止め、ノックルを正面から睨む。
「何で攻撃してこないんだ! 昔は俺と競い合っていたじゃないか!」
ジャンはノックルがコナーになる前のことを言っているのだろう。
コナーになる前に出会った者にコナーのことを話しても忘れてしまう。ジャンの誤解を解く術はない。
「俺は、昔とは違う。もう、お前に触れられないんだ」
ノックルは、顔を苦しそうに歪ませる。
ノックルとジャンは良いライバル関係だったんだろうな。だからこそ、平等の条件で戦えなくて一番悔しいのはノックルなのかもしれない。
「どういうことだよ。俺は、お前がDクラスに落とされるなんて信じられなかった。ノックル! 俺はお前ともう一度戦いたかったんだ!」
ジャンはスピードを上げてノックルに殴り掛かる。
「俺だって、俺だって、本当は!」
ノックルの後ろには、もう舞台は続いていない。後ろに下がって避けることは出来ない。
「俺だって、お前と戦いたかったんだよ!」
ノックルは、迫りくるジャンの腹に足を突き出した。
ジャンが変な姿勢のまま舞台を横へと横断する。ちょうど反対のふちに行ったところで、ジャンが倒れ込んだ。
「ごめん。ごめん、ジャン」
『医療班!』
ジャンの腹は切り傷が入り、血が流れている。
『えー。ノックルが武器を持っていないことは確認しております。というわけで、1回戦勝者は、Dクラス所属ノックル・ハンリ!』
そりゃ、武術なのに切り傷が入っていたら不自然に思うよな。でも、レンがちゃんと確認してくれるやつで良かった。
「ノックル! 大丈夫か?」
いまだ泣きそうな顔で戻ってきたノックルは、首を縦に振ることで応える。
「嫌なら、棄権してもいいんだぞ」
ノックルを傷つけてまで、俺も勝ちたいわけではない。Dクラスをみんなに認めてもらえればそれでいいんだ。
「いや。俺は、勝つって言ったから。俺だって、前に進みたいんだ」
ノックルの瞳には、もう後悔の色は宿っていなかった。
『では、第2回戦。特Sクラス所属シャルル・ミュンヘン対Bクラス所属シリス・コック。舞台にどうぞ!』
舞台に上がってきたのは、1組の男女だった。
どっちがどっちだ?
「ねえ。レン。もう1枚くじを引いてくれないかしら」
『は? どういうことですか。シャルル』
女の方が、シャルルか。
別に、女だからどうというわけではないけど。武術に女が出るっていうのも珍しいと思う。しかも特Sってことは、一応こいつが学校で一番武術が強いってことだろ? 武術は男の方が有利そうなのに。
「どうせ私はこいつに勝ったとしても、決勝までにもう1人と戦わなきゃいけないんでしょ? なら面倒くさいから一緒に倒してやるわよ」
とんでもない女王様だったよ。そんなの、相手が納得するわけ。
「待てよ! それは俺に勝ってから言えよ」
ないよなあ。
「それじゃあ二度手間でしょ。それが面倒くさいから一度に相手するって言ってんのよ。あんた脳みそ腐ってるんじゃない?」
「なんだと」
シリスはすでに怒りが爆発しそうだ。
『シャルル。確認ですが。もし倒された場合はどうするので?』
「その時は残りの2人で争えばいいじゃない。まあ、そんなこと万が一でも起こらないと思うけどね」
大した自信だよ。
『どうしますか? シリス』
「そこまで言うなら。引けよ! レン。まずはこの女から倒してやる」
『分かりました! では、急遽予定を変更して2回戦と4回戦を同時にやらせていただきます! 4回戦。参戦するのは、Cクラス所属ハッパ・ヨーテル。舞台へどうぞ』
舞台に、ハッパが上がる。こいつもすでに怒りが爆発寸前だ。
「分かってるな? ハッパ。まずはこいつからだ」
「ああ。俺も、こいつにはイライラする」
2人から殺気にも似た怒気を向けられても、シャルルはひょうひょうとしている。
『それでは、はじ…』
レンが言い終る直前、舞台上に大きな音が鳴り響いた。
『め。え?』
「終わったわよ」
舞台には、すでにシャルルしか立っていない。あの2人は。
視線をめぐらすと、左の舞台そでではざわついた声が聞こえる。
『シャルル? 説明を』
「うるさいから蹴ったのよ。そしたら、あそこまで飛んだ」
シャルルが指さしたのは、ちょうどざわついている付近だった。
あの一瞬で、2人を同時に蹴ったってことか。全然見えなかったし。何が起こったのかすら分からなかった。
『よ、よく分かりませんが。2回戦及び4回戦勝者は特Sクラス所属シャルル・ミュンヘン』
全てが規格外のこの女に、勝てるのか?