第106話 「良かった」
「ところで君。ホセ君の所に行くんじゃないの?」
俺の行先を、俺よりもサックスの方が良く知っていた。
そうだった。カークが行ってしまった今、ここにとどまっている意味はない。
「サックス。お前、案外いいやつだな」
「ホセ君は、僕が戦いたいやつの1人だからね。まあ、君もだけど。サバイバルを楽しみにしてるよ」
楽しそうに笑いながら、サックスは去って行った。
さて、俺も医務室に急がなければいけない。
医務室は、校舎の中に入るとすぐ見つかった。白い服を着た人たちが、大慌てで入っていったからだ。
「ホセ!」
俺も慌てて医務室に入る。医務室は、そんなに広くはない。ベッドが2つと診療する場所が1つ。そのベッドの片方に、眠っているホセの姿があった。
「ホセ」
俺の呼び掛けには反応しない。
首まで包帯で巻かれているが、息はしている。良かった。生きてるな。
「君は、シュラ・イレーゼル君だね」
「あんたは?」
後ろからいきなり声をかけられた。振り返ってみると、白い服を着たおっさんが立っていた。服は着崩しているし、アクセサリーを着けて一見チャラそうな風貌をしているが、優しそうな顔は確かに医者の素質を持っているような気がした。
「医者のシック・クリスだ」
「あの、ホセの怪我は」
「傷は深いが、大丈夫。命に別状はない」
シックの優しい口調が、俺の心を安心させる。
「ただ、その傷が妙でね」
「妙?」
「あ、いや。こんな話し君にしても」
「教えてくれ! 俺は、カークを許せない。絶対に、倒さなきゃいけない相手なんだ」
カークとは、サバイバルで戦うことになる。何でもいい。何でもいいから、あいつのことを知っておきたい。
「ホセ君の身体にあったのは、今まで見たことがない切り傷なんだ。剣でもナイフでもない。しかも、相手は何も持っていなかったらしいじゃないか。素手で、あんなに深く傷がつくなんて考えられない」
シックは、深刻な顔をして言う。医者が言うことなのだから、確かなのだろう。でも、それならカークは何か武器を隠し持っていたのか?
「ん」
「ホセ?」
ホセが苦しそうに目を開けた。
「おう、じ、さま?」
顔を歪ませ、荒い息を吐きながらも、ホセの視線は俺をしっかりと捉えている。
「無理するな」
「だい、じょうぶです。王子様。勝てなくて、すいません、でした」
途切れ途切れながら、ホセの言葉の熱は帯びてくる。
「すいません、でした。大事な、試合なのに。負けてしまって」
ホセの目から、涙が零れた。
魔法が得意なこいつにとって、法術の戦いで負けることは悔しいのかもしれない。でも、悪いのはこいつじゃない。こいつは真剣に戦おうとしたんだ。カークがそれをぶち壊した。
「負けたことは気にするな。誰も、お前が悪いなんて思ってない。ゆっくり休め。俺が絶対にかたきを取ってやる」
「ありがとう、ございます。王子様」
ホセは再び眠りについた。
「眠ったみたいだね」
「ああ。先生、ホセをお願いします」
ホセの治療は、シックに任せるしかない。
「それは、当然だけど。君、どうやってかたきを取るの?」
「それは」
正直、策なんて全くない。カークに関して分かっていることは1つもないのだから。俺よりも魔法が得意なホセが負けたのに、俺なんかが勝てるのだろうか。
いや、悩んでいても仕方がない。
「まだ考え中だけど。仲間がやられたのに黙ってられるか。かたきが取れなきゃ、仲間じゃない」
「なるほどね。さすがは王子様だ。なら俺は、この傷がどうやって出来たのかを調べてあげよう」
「え」
何でそこまで協力してくれるんだ。初めて出会った、Dクラスの生徒なんかに。
「何で、そこまで」
「医者って言うのは、頑張っている人の味方なんだよ」
シックは俺の頭を撫でて、いたずらな笑みを浮かべた。