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バーリ奇襲さる!

1942年2月14日・ケファロニカ島沖、フォースC イラストリアス 1300   



アレクサンドリアを出航してから5日。ホランドの率いるフォースCはギリシアのケファロニカ島沖合に到着することに成功していた。ここは先のタラント空襲でも訪れた場所である。既にタキシング中のソードフィッシュとマートレットのエンジンの轟音がイラストリアスの艦上に響いている

『またここに来れるとは思っていませんでしたな。警戒網に一度も引っかからなかったのも幸いでした。連中、我々が同じことを二度とするまいと思ったのでしょうね。しかも昼に』

『酔狂な話だからな。まともな頭ならこんな作戦は立てんよ』

と、自分の頭を指さしするホランドに参謀らスタッフが微笑む・・・だがしかし、と声をかけてきた参謀に注意する

『警戒は怠るな、ロイヤルネイヴィーのほぼ半分の空母を集めている。連中にジャックポットを引かせたくなかろう?こっちの掛金も相当だからな』

『はっ』

甲板要員が両手に持った指示棒で艦首を指した。発艦だ、先に軽いマートレットが滑走していく、飛び立った!今回はタラントよりも少し遠い。行って戻ってくる頃には日が傾いて落ちる寸前となっておろう。だが、イタリア・ドイツ空軍機による反撃の空襲を避けるにはこの時間帯の発艦しかなかったのだ。それと、艦載機の更新がなんとかなされた艦が揃えられてよかった。でなければ、護衛にはフルマーを付けることになっていただろう。なお、マートレットが足りなかったイーグルは防空担当艦としてシーハリケーンを運用することになっている

『何度見ても、空母から飛行機が飛びたつたびに安堵と喜びを覚えるね』

空母の発着艦には神経をに使う、艦を預かる艦長はもっとだろう、聞こえてくる発艦作業中の声にまったく余裕が無い

『(英海軍航空隊初の大規模編隊空襲だ・・・だが、世界の海を切り開いてきたロイヤルネイヴィーの一員である諸君らならばこなしてくれる、私はそう信じている)』

出撃前の訓辞ではえらく恥ずかしい事を言ってしまったが、想いは言ったそのままである

『ソードフィッシュとアルバコアの混成41機、マートレットが20機、タラントの三倍で、はたして・・・』

どれだけの打撃を与えられるだろうか。敵に空母がいる事を考慮し、雷装と爆装は半々といったところだ。

『司令・・・マルタ島が猛爆を受けているそうです』

電文を持った伝令が伝えにくる。ホランドは顔をしかめた

『奴らめ、いよいよその気になったな』

マルタ島攻略作戦・・・地中海の基点ともいうべきそこを落とすつもりなのだ。日本軍の助勢を受けれるようになる以上、しない選択肢なぞない。だが・・・

『だがこれでイタリア軍からの空襲の可能性は減ったな』

北アフリカ戦線での損耗でイタリア空軍が疲弊しているのは目に見えていた。その上でマルタに手を出すとなれば、予備も含めた全力出撃といってよい。こちらに回せる戦力はほぼないと推測してもよかろう。そしてそれは事実であった

『日本艦隊に打撃を与えればそのもくろみも頓挫します。彼らに期待しましょう!』

参謀の言葉に前をみる。送りだしてしまった以上、後戻りは出来ない。矢は放たれたのだ。あとはそれが相手を穿つかどうかのみ

『奇襲効果がどれほど見込めるか・・・・あと2時間程度か』

二回目のジャッジメントがどう下されるのか。それは、空の向こうに消えていく彼らのその先にある。

『うまいお茶が飲めるといいんだがね』

消えていく機影を頼もしく思いつつも、ホランドの胸中には一抹の不安は拭えなかった



アドリア海、第四戦隊第二分隊・愛宕 1400



『艦長、電探に感あり、南西方面距離八万』

先日のパルチザンによる漁船の襲撃から、愛宕ら在伊艦隊は、艦隊停泊地の最縁部で接触を図ってくる政府要人を出迎えたり不審な船舶を見張るなどの対応を3交代制で行ってはいたが、そうもなるとパルチザンは鳴りを潜め、要人の往来についても本土の要望に従い、戦隊司令部や駆隊司令などを引き抜いて現地に赴任させた事で頻度は少なくなっており、上が不在という事もあって勢い士気も緩む。伝令もゆったり歩いて艦橋へと入って来た

『いつものアルバニアの連中か?』

一応公的な飛行路の図と説明は受けていたが、相手は戦時であって守られたことはほぼなかったし、比較的油に余裕のある(産油国のルーマニアに隣接しているため)イタリア空軍アルバニア航空コマンドのフィアットCR.42らが訓練も兼ねてやってくるのが常だった

『わかりません・・・速度は100ノット程でこちらに向かってくるとの事、規模は50機程』

鈍くなっていた艦長の頭が少しずつ覚醒していく、おかしいぞ・・・イタリアの対艦航空部隊は各地前線に異動しており、後方にあたるここにはほとんど残っていない。たとえ複葉機といえども巡航100ノットは・・・・

『しかし、100ノットたぁえらく遅いな。副長と・・・そうだな、ちょっとレヴァ子呼んでこい、航海室に居たはずだ』

『はっ』

異世界で遭遇した飛竜ワイバーンより遅い編隊、はて、なんだろうか。アドリア海に入ってきて常に随伴しているゴリツィアに問い合わせを入れるべきであろうか

『キュ~・・・私はレヴァ子じゃないって言ってるのに~』

副長に連れられてレーヴァテイルのカーヤが入って来た。羅針艦橋より二階下にある航海室から急いで登ってきたのであろう。レヴァ子はちょっと嫌そうな顔をしている

『副長、よく来てくれた。それにレヴァ子、むくれているとフグみたいだぞ』

レーヴァテイル。異世界で遭遇した水中種族、女性しかおらず人間との交配が可能で、なおかつ、水中を可視認識できる(といってもなにもなければ普通の人間が立って見える範囲(おおよそ5000m)と同等)という能力から保護運用が始まっていた備品相当・・・・は、さらに可愛い顔を膨らませた。近頃は本土からの連絡で水中から忍び寄る者が居ないか、レヴァ子をソナーにつきっぱにさせていたのだ。交代制とは言え自由はない

『はっはっは、で、艦長。お話とは?そろそろ機雷堰ですが』

副長が笑いつつ本題に、と目で促す。からかうのはこのくらいにして、と

『電探がこちらに向かう機影を捕捉した。が・・・どう判断したものかと思ってな』

この艦隊の置かれた外交上の問題から、どうしても行動を考える上で頭数が欲しかった

『後方の空母に戦闘機を出してもらっては?警戒機もいますし、後ろの連中の電探にもそろそろ映るでしょうから』

ここで見逃してもなんだこれは?ということになる

『しかしこれがイタリアへの攻撃編隊であれば・・・?』

その可能性も艦長は把握していた。であるならばこれは敵にとって我が国の利敵行為とも取られてしまうであろう。それは出来ない。なによりそれを判断すべき司令部は陸の向こうのローマだ

『・・・ダメだな、こちらに来るなら目視と音響把握で誰何するしかあるまいな。後方の本隊にも暗号文で発見を送付、対応準備だけはしてもらおう』

『ままならないものですね』

副長が嘆息する。こんなのは外交屋の仕事で海軍の人間がするべきでないというのは共通して在伊艦隊のトップ陣にあった

『ああ、はやく本土へ戻りたいものだよ』

空を見上げる。何事なく終わればいいが・・・・



そしてその希望と自分達が当事者ではないという認識は、対処のための時間を無駄に浪費し、最悪の事態を招くことになるのである




アドリア海上空 イラストリアス航空隊 1423



イギリス海軍の航空隊にとって、愛宕ら分遣隊の存在は考慮のうちになかったイレギュラーであった。ティトーによるパルチザンの偵察行動によって立案された作戦であるが、それがもたらした変化までは英海軍も掴んでいなかった証左であろう

『奇襲ではなく強襲か!どうする・・・!』

目的地までの距離からしてまだいくばくかの時間がかかるのは明白、敵の戦闘機もタラントとは違い、上がってくるだろう。

《隊を割く!爆装機はあの艦隊へ》

すぐさま攻撃隊の指揮を取っていたアルバコア装備のフォーミダブル隊隊長機から通信がはいる。この時爆装していたのはソードフィッシュを装備していたイラストリアスの810Sqnと829Sqnの20機であり、500ポンド爆弾二発を搭載していた。魚雷よりは軽いものの、ソードフィッシュ本来からして鈍速であり、奇襲が破綻して一刻を争うとなればやむなしといえよう。

『よし・・・2隻の巡洋艦を喰うぞ!日本の連中に熱い爆弾のキスを浴びせてやれ!』

別れたそれぞれスコードロンごとの8機と12機に別れ、8機は先頭を進む艦(愛宕)へ12機はその後ろに続く艦(摩耶)へと緩降下へとはいる。

『機長!下の巡洋艦から平文で発光信号!』

『あ”あん?だったらこう返してやれ!』




ブゥゥーン





『キュウ・・・似たような音を聞いたことがあります。えっと〜九六式艦攻です、羽根が二枚あるやつ。二枚の羽根があるから音の反射が違うんですよ〜キュウ?』

しばらく聞いて答えを呑気に言うカーヤに艦長の顔が真っ青になった。欧州で二枚羽、大量運用・・・ならば間違いなかろう

『該当編隊、隊を分けます!一部がこちらに・・・!爆装機です!』

見張りが叫ぶ

『艦長!対空砲火を!』

それを聞いた副長が色をなして進言する

『ならん!こちらから火砲を向けるわけにはいかん!発光信号で呼びかけろ!副長!万が一に備えて後部指揮所へ!』

頷いて副長は艦橋から出ていく

『後続の摩耶にも敵機向かいます!』

『違う!敵機ではない!これは間違いだ・・・・!機関増速!回避だ!回避するぞ・・・!』

発光信号で《こちら、大日本帝国海軍軍艦愛宕、貴隊は何を意図せざるや》という誰何をさせる

『艦首10時の方向!突っ込んできます!』



ブゥゥーン



ソードフィッシュのエンジン音がさらに大きく鳴り響く

『て・・・該当機から発光信号!』

『見えている・・・!』

こちらからでも直接読める。内容は・・・!



《Fuck U!》



『・・・・・!!』

絶句する。やつら、完全にこちらを認識して攻撃してきている。そんな、そんな馬鹿な!

『伝令!我、英海軍機より攻撃を受く!平文でいい!とにかく打ち出せ!対空砲火は待て!総員戦闘配置!』

増速の予備指示を出していたのだけが幸運だった

『対空砲はやつらが爆弾を放つまで待て!』

『艦長・・・・!』

絶対にこちらから撃ったとさせてはならないのだ・・・!

『該当機、爆弾放ちました!』

『よし、こちらの動きを読んできたか、面舵一杯!いそげぇ!』

相対速度が大きくなるため回避は敵に向かう取舵が適解とみたが、それを読んで落としてくると思ったが、大当たりだ・・・!



ヒューゥ・・・・・・



一本棒になって向かってくるソードフィッシュが次々に投下した爆弾の風切り音が聞こえてくる

『よし、高角砲、機銃座!準備出来次第、撃ち方始め!これなら外せる!衝撃備え!』

相手の速度がこれまで練習してきた相手より遅いのはありがたかった。だが、至近弾は免れまい・・・・!



ザバババババ!!!!!



『うおおおおおおっ!』

『キャアアアアア!』

連続投下された16発の500ポンド爆弾が立て続けに水柱を立てる。そのいくらかは愛宕の船腹を掠めていたが、感じた具合では命中弾はない。それでも至近弾で損傷が出ることはある

『損傷報k・・・・!』

緩降下してきたソードフィッシュが艦橋を掠めていく、その後部銃座がこちらを向いた・・・!

『危ないっ!伏せろぉ!』

『キュ!?』



ダダダダ!!!



ガシャン!パリーン!



愛宕の艦橋をソードフィッシュの放った銃弾が掃射する、外していない硝子が飛び散り銃弾と共に艦橋要員を切り刻んでいく


そして訪れる静寂

『無事・・・か、レヴァ子』

硝子を貫いたことで初速の落ちたとはいえ、銃弾は艦長の身体をえぐり飛ばした。カーヤに己の身体の一部を張り付かせて艦長はそう言うと、腹の部分の肉が無くなり支えていた背骨が支えかね、上半身が折れて地面に落ちた

『い、いやっ!嫌ぁああーっ!!!』

血肉に濡れた彼女の絶叫が艦橋にこだました



アドリア海、第15駆逐隊・夕暮 1430



『こりゃあいかん・・・!』

愛宕に銃撃が向けられ、摩耶の後部に爆発が起きるのを愛宕・摩耶を中心に右舷側にいた夕暮と有明は見ているしか出来なかった。あとは離脱していくソードフィッシュを25mmでいくらか撃って、愛宕の方と共同で3機撃墜したに留まった。

『摩耶は飛行作業甲板に2発と至近弾ですな・・・火災が。寄せますか?』

『そっちは白露と時雨に任す。誘爆が防げればいいが』

飛行作業甲板には水偵用の爆弾やガソリン類が格納されている。これが延焼したら事なのは確かだ

『・・・愛宕は何をしている』

敵機擦過後もそのまま直進、加速している

『まさか、さっきの銃撃でか・・・?』

もしや、艦長以下がやられたのか!?

『愛宕に知らせ!減速転舵せよ!』

この先は機雷堰だ。そこに到ってしまえば爆弾や機銃弾とは比べものにならない被害を愛宕は受けるであろう

『・・・まだか、まだか!』

加速の勢いは止まらない。いや、止めようとなればそのための時間も必要となる

『・・・機関科!かまを一杯にして上がってこい!水雷!魚雷は陸地に向かって発射、投棄しろ!防雷具パラベーン降ろし方用意!それ以外の人員は上甲板!』

『艦長!?』

その命令に誰もが青ざめた

『行き足がつきすぎて防雷具が効かん可能性もある!回数機雷までどうにかできるかはわからんが・・・』

防雷具の最大利用速度は31ノットであり、愛宕の前に出ての行動となるとそれ以上の速度を出しての行動となる。だが、駆逐艦の一杯と重巡の一杯の価値は較べるべくもない

『有明に伝えよ!後続の要なし!本艦は愛宕の前に出る、と!』

『はっ!』

覚悟を決めて伝令が出ていく

『これより本艦は、機雷堰を裂く!』

艦長はそう叫んで前を見据えた。自艦に訪れるであろう破局を前にして




イラストリアス航空隊





『ちっ!良い感じに当たったが、駆逐艦が庇いやがったか!』

投弾を敢えて逸らし、相手の回避行動で機雷堰に突っ込ませる策は不発に終わりそうだった。緩降下のついでに後部機銃で掃射してやるところまではうまくいったのだが

『駆逐艦、沈みます!後続の重巡は炎上中』

見るかぎり、そっちの方も沈みそうな気配はない

『隊を分割したのを悪手とはしたくないが』

後ろ髪を引かれるが、これ以上は無意味だ・・・ん、そうだな

『一応写真を撮っておけ』

駆逐艦は機雷堰に突っ込んだ。これは情報として使えるかもしれない

『よし!帰投するぞ!』

イラストリアス隊はきびすを返していく。あとはフォーミタブル隊に託されたのであった




バーリ沖合 フォーミタブル航空隊 1442




愛宕ら警戒隊を抜けて50kmという距離は、攻撃隊にとってはおおよそ15分といった距離に相当する。戦場に於ける15分、それは・・・

《おい、敵が上がってきているぞ!》

《空母が一隻動きだしている・・・!》

先日のティトーによる強行偵察により、艦の缶の火を最低限つけていたのと、陸軍航空隊の装備機である疾風よりも性能隠匿のために、バーリに接近してくる機に対しての対応は輪番制で海軍の空母3隻が搭載する零戦52型がその任を担っていた。それが上がってきつつある

《上に3機、かぶられた!》

《させん!882は上空の敵へ、888A(A分隊。元々16機の隊である)は空母から上がってくる奴を近付けさせるな!》

882Sqnのマートレット8機を上空に回し、残りの888Sqn-Aのマートレット8機が味方機に対してバンクをして舞い上がり、そして我々は獲物を目指して舞い降りる。機数の上ではまだまだこちらの方がずっと上だ。邪魔はさせない・・・!

《820各機、所定の通りだ!各チームに別れて攻撃を行え!俺とドワイトのチームは動き始めている空母をやる!》

隊長機からの無線ががなりたてる。投入機数からいえば、21機のアルバコアしかいない隊でこの規模の艦隊を襲うとなれば、攻撃隻数を増やすとなれば最低限のチームを組んで投入するしかない。今回の場合は3機で一組だから7組のチーム。そして今空母を確実に仕留めるために隊長をはじめとする2チームが引かれたわけだから、残りは5チーム。5隻の艦艇にダメージを与えればということになる

『機長!あいつはどうです!』

偵察員が指を指して言う。あの特徴的なパコダマスト。戦艦だ

『ダメだ!優先は空母かオイラー(給油艦)だ!』

もし帝國海軍航空隊であれば、戦艦を狙って魚雷の一本も当てようものならば、感状が出たはずだ。大物病といわれる、かなり厄介な病気である

『あれは・・・!?水上機!右下方より隊長たちのチームとこちらに!』

こちらの視界にもはいる。ありゃなんだ!あれか、水上機をカタパルトから出したってのか・・・!

『舌噛まないよう黙っときなっ!』

機体を横滑りさせる。いかん!相手は2機だが、思ったより早いし



ダダダダダダダ!!!



20mmクラスだと!?脅威以上の何物でもない!あんなもの喰らったら。こっちはおしまいだ!

《戦闘機隊!早く来てくれ・・・!早く!》

1機が礫のように落ちていく。くそ!空母の艦載機でなく水上機での被害とは・・・!

『た、対空砲火!』

そして、ようやくにして対空砲が打ち上げられてくる

『おせーんだよ!猿どもgぶべらっ!』

『ちぃっ!なんだこれは!タラントなんか目じゃないぞ・・・・!』

タラント空襲では、夜間ということもあったが、迎撃を行った防空火砲の網は、10センチクラスの高角砲が21門の200丁あまりの高射機銃によるものであったが、彼らを出迎えたそれは単純比較こそできないけれども、高角砲をして104門、機銃は532丁に及ぶ。文字通り、桁が違った。そしてそれは艦艇であるがゆえに指揮装置によってなかば近くが管制されていた。史実でもこれほどまでの対空火力に英海軍の艦隊航空隊(FAA)がさらされたことはない。レベルとして単純比較はもちろんできないのであるが、分単位の火力投射は史実南太平洋海戦のTF16・TF17両任務部隊の投射量を上回る(TF17が1118発・在イタリア艦隊1336発、なお、平射砲、および15.5センチ砲・連装1基の由良型3隻含まず)となれば、その熾烈さが想像できよう。

『冗談じゃないぞ・・・!なんだこれは!?』

機体が大きく高角砲弾の爆裂による振動で揺れる。次々に僚機が撃墜されていく。対空砲火にさらされることを覚悟の上で護衛に降りてきたマートレットが、あの忌々しい水上機を落としたものの、煙を吐いて一緒に海面に激突する。

『くっ!目標を隊長機と同じにする!俺たちだけじゃ意味がない!』

こうなったのは3機一組で別目標を攻撃することにしたのに原因があることは明らかだった。個々の対空砲火が強いところに少数機で突っ込めば、その機に火力が集中するのは自明の理だ。前述したとおり、攻撃機そのものは21機しかいない。しかし、義務は果たさねばならない。空母を攻撃する隊の後ろにつく。すでにこの2隊も数を大きく減じていた。しかし、それでも射点は遠い

隊長リードが!』

『黙ってろ!』

運悪く高角砲弾の直撃を受けて、隊長機のアルバコアが吹き飛ぶ。とはいえ、発艦作業を行うために直進を続ける前方の空母はなんとしても潰さねばならなかった。出なければさらなる直掩機の迎撃を受けることになり、それは全滅を意味した。せめて、せめて1発だけでも・・・・!

『よぅし!トリプル9だ!てぇっ!!』

速力90ノット(約166km)、高度90フィート(27.4m)、距離900ヤード(約822m)、英海軍航空隊の教範に実例として乗せていいほどパーフェクトだ

『アイ!!』

後席が投下レバーを引いた事で魚雷が機体から離れる、まったく、軽空母だってのになんて対空砲火だ!

そのまま重量が軽減された反動をいかして上昇し、甲板を飛び越えても火の玉がヒュンヒュン飛んでくる

『魚雷疾走!』

後席が言う。そうだ、ここまで来て魚雷が不発じゃシャレにならない。離脱の為に旋回するのに合わせて首を捻じ曲げる。後席はそのまま実況するべく叫び続ける

『そうだいけっ!そのままいけぇっ!』



ズバァン!!!



『『イエヤッハァッ!!!』』

空母が水柱をあげたのを見て3人歓声をあげる、こればかりは誰にも抑えられない。


ドン!


次の瞬間、仁淀からの10㎝高角砲弾が彼等のアルバコアを捕らえ、空中にジョンブル魂を飛散させた。祝杯の温いビールは飲まなくて済んだが、呆気ない物だった。この時点でアルバコアはその数を9機までに数を減らしていた




アドリア海 空母冲鷹 1446



この魚雷が命中したのは沖鷹だった。

『ぬぅおおおっ!』


パリーン!!


愛宕と同じく、やはり外してなかった窓ガラスが直下の水柱によって吹き飛ばされた25㎜機銃座の破片で粉々になり沖鷹の乗員を襲う

『被害報告っ・・・!応急急げ!』

被雷した時に反対舷に吹き飛ばされた関係で、ガラス片に切り刻まれなかった冲鷹艦長が痛む身体を抑えながら命を下す

『右舷兵員室に浸水!艦が傾きまぁす!』

『甲板上の第1小隊の3番機が衝撃を受けて海面に落ちました!』

『こちら機関室!機関は正常なれど左舷スクリューに推力なし!艦が、旋回します!』

その報告に顔が蒼白となる。甲板より落ちた零戦でスクリューの羽根が折られたか・・・!

『左舷注水、傾斜の復元に徹せよ、機関室、機関最大!壊れてもかまわん!一杯でだせ!航海科!舵を最大限に使って直進を維持しろ!第2小隊は発艦急げ!』

意を決して矢継ぎ早に判断を下す。それに慌てたのが運用長だ

『艦長それは!』

艦の損害を増やす方策であり、応急に手が回らなくなれば客船改造の艦だ、持てたものではないし、なにより空母最初の戦没艦という不名誉を得ることにも繋がる

『再考願います!ここで大事な艦を失っては・・・!』

『直掩機を出す、それが我々軽空母の役割だ!今ここで出さなくして、いつ出せというのだ!』

速度を出すことで破孔は広がってしまうが、このまま手をこまねいているより、他の艦の損害を少しだけでも減らすための手段を実施した方がずっとマシだ!

『出せるかぎりの零戦を出せ!今すぐ出せ!何があっても上げてやるんだ!彼等を海で死なせるな!』

おそらく、この冲鷹は沈むだろう。だが、ただではやられん!一機でも多く敵を叩き落とすのだ・・・っ!

『艦長!前部昇降機破損!落下して上がりません!』

『艦長!』

最後の懇願と、艦の保全を言う運用長へ首を横に振る。エレベーターが落ちたまま。これでは滑走距離が足りないと言いたいのだろう。いや・・・・

『構うな!本艦の速力を上げる!身の軽い零戦なら行けるはずだ!そのための艦の保全を、運用長・・・頼む!』

『・・・・・はっ!』

こちらも覚悟を決めた運用長が駆け去っていく。それに伴い、グンと艦のスピードが増す感触と共に、艦首が下がり、喫水が下がったのを自覚する。ふん!下り坂か、発艦のための速度を稼げるかもしれないな!悪い事ばかりじゃない。天はまだ我々を見放していないぞ!



グォォン



艦橋が飛行甲板の下なので見えないが、零戦の飛び立つ音が聞こえる。1機、2機・・・いいぞ!



ブオォォォォン・・・・!


『なんd』

3機目の時、先ほどとは違うエンジン音が聞こえたかと思うと、振り返りざまに冲鷹艦長ら艦橋要員は、前部昇降機の穴から落ち、格納庫先端。艦橋背面突っ込んできた零戦の残骸と鉢合わせすることとなった。

『か、艦長戦死!!艦長戦死!』

艦長は残骸に跳ね飛ばされて、首と足があらぬ方向へねじ曲がっていた。他の者も大なり小なり負傷してしまっている

『ごほっ・・・!ごほっ!れ、零戦!?昇降機の穴に突っ込んだのか・・・!?』

一人がむせながら状況を把握したその刹那、まだ熱を持っていたエンジンに漏れたガソリンが引火、爆発。艦橋を業火の渦へと変えた

『こちら機関室、水が入って来た、水蒸気爆発の可能性あるものの限界まで保持すべく、我等機関科運用科一同、総員意気盛んなり!帝國海軍、空母冲鷹万歳!万歳!万z』

誰も存在しなくなった艦橋に運用長の声がこだまする。そしてそれきり機関室から声が聞こえる事はなかった。ただ、冲鷹が沈没するまで、機関は駆動をやめなかった事が僚艦により確認されている

この後指揮を受け継いだ砲術長による総員退艦の命から三十分後、右舷艦首側から一気に転覆、彼女は帝國海軍初の戦没艦として、アドリア海にその身を没した。



アドリア海上空、冲鷹航空隊 1451



《3番機が・・・!小隊長!》

『構うな迫水!このまま低空で旋回しろ!』

烈しい対空砲火の中、飛び立った零戦は高度を取らないまま速力を上げようとエンジンの出力をあげる。魚雷を受けた際に落下した第1小隊の2機と、最後の1機が昇降機から落ちて失われた第2小隊の2機、計4機に、先行して哨戒していた3機の合計7機が冲鷹の上げられた戦闘機の全てであった。

《探せっ!魚雷を抱えてる奴らは必ず撃ち落とすんだ!それが俺達を飛ばしてくれた艦長へのなによりもの手向けだ!》

黒煙を吐いている(艦橋の爆発)沖鷹を見ながら、聞こえてきた空中無線に激を飛ばされる。即応体制をしていたのか、大淀、仁淀からの瑞雲が各1機さらにカタパルトで射出されている・・・十分だ!

『お前たち!これだけの事しておいて、ただで帰れると思うな!』

味方の対空砲火を省みず、砲煙によって視界の悪いなか大鷹に迫ったアルバコアを発見し、撃墜する。敵戦闘機も降りてきており、後ろを取られそうになるのを、列機の迫水機が突入して阻止する。無茶をしやがる。

『奴らはオイラーを狙っているのか!』

一隻から水柱があがり、それから少し遅れて火柱が立ち上る。軍艦は空母以外狙っていない!明らかに自分たちを拘束するための攻撃を行っている。純粋に効率的に、敵意をもって俺たちを叩くために!これが戦争か!

『賢しいんだよ、テメェらぁっ!』

見つけた敵編隊、よし、これはまだ魚雷を落としていない・・・!



ダダダダダ!!!



カチッカチッ


二機を落とした所で怒りのあまり銃把を握りすぎたのか弾が切れた。

『くそったれがぁああっ!!!』

《隊長!後方敵機!》

迫水からの無線も無視し、機を加速させる。その間にも後方からの敵機による銃弾により、機体に穴が開いていく。エンジンへの被弾でオイルがあふれ出し、着火する。残り一機の後部座席員の顔が、味方が来たことで安堵した顔から、形容し難い顔に変わる、わりぃな。その魚雷一本でだいぶ違うんだよ、畜生め

『さぁ、一緒に空で死のうぜぇぇっ!!!』

笑いながら彼の意識は消えた




『い、一度も振り返らなかった・・・』

マートレットでアルバコアを追撃している日本機に追いすがったものの、後ろについてながら日本機のもつ気力に圧倒された。自機に火が吹いても前しか見ず最後までアルバコアを見据え続けた

《各機!敵のパイロットは手強い!コクピットを狙え!》

奴らの気にあてられないようにしなければ、気後れした我々のせいで味方の損害が増える。生き残る事を放棄した連中だ。気後れせねば落とすことはたやすいはず!しかし、くそ!なんて厚い対空砲火だ!

『これが日本と言う奴か!』

さっき空中衝突を起こした敵の列機だろう奴も、このマートレット、下手をするとハリケーンやスピットよりも優れた機動性の良さをもって、数の劣勢でありながらこちらを拘束に来ている。なすべき事がよく分かっている!

『くっ!?』

かち合いざまに、撃った弾が当たったのか、敵が発動機から煙をだして落ちていく。しかし、すれ違いざまにぶつけようとしてきやがった・・・!その機は海面に不時着水したようだ。パイロットも動いている

『さすがは・・・!』

サムライの国!と叫ぼうとして口を紡ぐ。畜生、俺はもう日本人に毒されつつあるぞ・・・

《隊長・・・雷撃隊、壊滅です》

部下からの無線が入る。近づいた雷撃隊はその殆どが落とされていったのは見ていた。そして、敵もさることながら、こちらも対空砲火の中に飛び込んだ身。失われた機は少なくない。

《そうか、敵空母は二隻を残し、あとはタンカー1、2隻の戦果か・・・仕方あるまい、手数が足りん。引き上げるぞ》

マートレットで艦は沈められない。機を傾けマートレットを旋回させる。まだ戦いは・・・そう、戦いは始まったばかりなのだ



さりゆく攻撃隊の後ろには、燃え盛る艦隊が残るばかりであった


沈没

空母 冲鷹

駆逐艦 夕暮

給油艦 襟裳

タンカー 仁栄丸


中破

重巡 摩耶


小破

重巡 愛宕


空中戦における航空機喪失 瑞雲3機 零戦5機


英海軍

損失 アルバコア17機 ソードフィッシュ5機 マートレット9機

感想・ご意見等お待ちしております


今回の変更点

・愛宕ら警戒隊の存在

・機雷堰の決壊の理由

・対空能力の明記化

・損害の明記化

・レーヴァテイルの能力の明記化

・史実英機動部隊搭載機への変更


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