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襲撃者達の夜

1942年1月29日、アドリア海




海峡を艦首に白と赤のストライプを描いた艦がゆっくりと滑る。イタリア海軍の艦艇として特徴的ともいえるこの塗装は、頻発した味方機による誤爆を防ぐための、意味のある塗装である。

それほど味方空軍やドイツ空軍があてにならないという証明でもあるが・・・

『危うく夜にあそこを抜けるところでしたね。やれやれ』

冷や汗を拭いつつ航海長が振り向く。このイタリア海軍が誇るザラ級重巡最後の一艦であるゴリツィアは、第一次シルテ湾海戦の帰投先のシチリア島メッシナから、イタリア南部を半周してアドリア海へと回航を命じられたのだ

『油がない以上、仕方がねぇ。パロナのおっさんなりに考えあっての話なんだろうがな』

だが、巡航速度以上に出来ない速度での回航は悪夢以外なにものでもなかった。そして、ゴリツィアには第3戦隊の僚艦であるはずのトレントも居ない。トレントは英海軍の巡洋艦に似た建艦により、航洋性に優れていたのもあって、油に余裕があったことからアフリカへの輸送船団護衛任務(M43作戦)にシルテ湾のあとすぐ従事しており、司令部とともに司令であるアンジェロ・パロナ少将はゴリツィアを去っていた。

『・・・・案外、囮のつもりかもしれませんね』

『おっと、そういうのは俺の前だけにしとけよ?ともかく、なんとかアドリア海には入れたが・・・』

航海長の言葉ももっともだ。ゴリツィアは現在稼働状況の怪しい戦艦らにかわってイタリア最有力の艦船だ、その行動は英海軍にも目立つ。囮にはもってこいであった

『んで、日本の連中とやらは本当に現れたのかいね・・・にわかには信じ難いが』

制帽を脱いで、居る、と聞かされたバーリの方向を見る。ゴリツィア艦長、アンサルド・ベルガミーニにとって日本という国の存在はほとんど頭の中になかった。まあ、イタリア中国艦隊という小さな戦隊の配置という異動先があることは知っているのでなにも無いというわけではない。余談だが、現在のイタリア海軍実働部隊のトップであるアンジェロ・イアチノ中将は中国での大使館附き海軍武官経験がありアジア通であった

『艦長!左舷側に艦影!数、4!駆逐艦の模様!』

『どうやらお迎えのようですよ』

振り返ってそう告げる航海長に、アルが制帽をかぶり直して報告に不敵に笑う

『おうおう、随分手早いウェイトレスの手配じゃないか。待たせないってな!おい、出迎えがどのお嬢様かジェーン海軍年鑑持ってきとけ!視姦してやる』

『アイ!』

当然ながら艦種の日本の識別表なんぞ持っていないため、メッシナで取り急ぎ調達してきた年鑑が頼りである

『ええと・・・あのタイプは。おそらく、白露型なのでは・・・と』

見張りがおぼつかない口調で報告する。その先で光が瞬く

『先方から発光信号!こちら、大日本帝國海軍駆逐艦ムラサメ、貴艦との会合を祝す』

『どうやら正解のようだな、白露型3番艦だ・・・・どうやら後部の砲塔の一つは撤去したようだが、うちのオリアニあたりと同期か。しっかし、魚雷積みすぎじゃねぇのか?』

ジェーン海軍年鑑と照らし合わせる。砲火力も同等、機銃も見た感じほぼ同じか少ない・・・いや、口径はどうやらあっちが上か、なら無効が上だろう。それに魚雷が8本、しかもありゃこっちよりでかいな。

『4艦ともこちらと並走します!』

『よおっく見とけよ!どうなるかわからんのだからな!』

敵対することもあるだろう、よりにもよって本土で、だ。ふむ、マストの上のあれはレーダーか?羨ましい限りだ。Gufoレーダーがあると聞くが、未だ設置には至っていないし、駆逐艦への配備なんぞまだまだ先の話である。機雷堰を抜けたところですぐに寄ってきたのはそれもあってか

『うん・・・?後続の2隻針路をかえます・・・!』

停泊している日本の他の艦影がチラホラし出す頃合いに、並走していた4隻のうち、後続の春雨、五月雨が探照灯を点けつつ別方向へ向かっていく

『何事だ?』

疑問を投げかけられた航海長が困惑する。だが、すぐに疑問は解けた。発光信号が訝しがるゴリツィアにその理由を教えたからだ

『漁船と思わしき艦影を捕捉、臨検するとのことですね・・・』

『ああ・・・・』

戦時とは言えこの事はイタリアにとってニュースはニュースだ。物見遊山的に漁船やカッター、ヨットで艦艇を見に来る輩は相当いたのだろう。だからこそ、この駆逐艦の4隻は駆けずり回っていたのだ

『どれ・・・探照灯をつけるくらいなら近距離だろう。引き渡されるまでやり口でも見物させてもらおうか』

双眼鏡を光芒の先に向けたアル。そしてその漁船に違和感を感じた

『うん?』

まず違和感を覚えたのが漁船の大きさだ、近海用じゃない、大型と言っていい部類だ。忍び込んで見学するにもやりようがあるってもんだろう。そしてもう一つが、アンテナが少し多いような気がする。いや、遠洋漁業船ならそれもそれでありえるのだろうが、ここはアドリア海であるし、戦時でそんな船を一般の漁民が動かすのには金もかかるだろうに

『・・・・・ダメだ!ダメだダメだダメだ!』

そしてはたと気づいた、この海にそんなやつは居ないのだ。明確な敵意を持っている連中を除いて・・・!そしてそれは、アドリア海の対岸に居る

『発光信号急げ!かの船はパルチザンの恐れあり!即座に撃沈せよ!』

漁船が掲げていたイタリア国旗がするすると降り、青白赤のストライプの真ん中に赤い星の旗が掲げられる、そして



ダタタタ!



探照灯の光芒に向けて火線が放たれる日本の駆逐艦が慌てて探照灯を消し、距離を取ろうとする。弾着の火花が艦橋の周辺に散っている。野郎!

『機関速力あげ!割って入るぞ!』

『アイ!』

燃費がどうのなぞ言ってられるか!

『敵船、無電を多数発信中!偵察情報だと思われます!』

くそ、あいつらパルチザンは今のところどこにも支援する国はありはしない。だが、その情報には価値がある!

『日本の艦は何故反撃しない!』

そして不可解だったのが日本側の対応である。見たところ機銃は相当積んでおり、反撃さえすれば問題なくやれるだろうに。いや、これが国際問題になって追い詰められるのを躊躇っているのか!それすらも見越してパルチザンは武装漁船を寄越したのだろう

『してやられた・・・!』

30分ほどかかってゴリツィアにより漁船は撃沈されたが、ほとんどの情報は送られたに違いなかった。日本側も春雨の艦長らが機銃の直撃をくらって戦死などの被害を受けたが、抗議しようにもその相手はどこにもいない。無国籍のテロリストのようなものだ。宣戦布告もなく行われたこの戦闘は、ただでさえ外交問題で指揮能力が飽和している現状で国際問題になるのを恐れた栗田中将ら艦隊司令部より箝口令がだされ、公にされなかった。また、ゴリツィアからの報告で事件を知った情報部、そしてイタリア海軍もこれを公にはしなかった。日本側への恩の売りつけどころと見たからであろう

そして、この攻撃を指導し、成し遂げたパルチザン。ヨシップ・ブロズ・チトーは、後に国際社会の桧舞台へと上がることになるが、それはまた別の話である




アレキサンドリア・大英帝国海軍地中海艦隊・長官公室 2月1日



『ヒョウ!小艦艇の数がかなり多いですな、サー・カニンガム』

手渡された報告書を見て、その男は感嘆符を放った。アレキサンドリアの夜は、思ったより過ごしやすく、長官公室の天井で回る扇風機もその羽を休ませていた。

『ホランド君、それをいかに君の母艦達で卸すかが問題なのだ』

ひとりの男はセドリック・ホランド少将、前職としては先年11月に沈んだアークロイヤルの艦長などを勤めていた。もう一人はアンドリュー・B・カニンガム。開戦からこの方、地中海戦域を支えてきた強者だ。今回行われる作戦の指揮官として、カニンガムは彼を指名した

『資料にあるように、大型艦も戦艦のフソウクラスが一隻、重巡がミョウコウ、タカオクラスの各2隻ずつ。形式不明の大型軽巡も4隻居る。加えて護衛の空母が三隻、だ』

心労の種が増えたよ、とカニンガムは肩をすくめた。こちらも戦力増強のために各方面から急ぎ集めているが、それが集まるのにも時間が必要だった。

『はははっ、これでは彼等を一撃で行動不能にするには、我が大英帝国の保有する全ての空母を揃えても無理ですよ、それに反復攻撃を行うにはアドリア海だ、いかにイタ公がマヌケだろうと我々は大損害を受ける。それに相手はあのトーゴーの子孫』

メルセルケビルは交渉中の据え物切り、タラントは夜討ち、まともにぶつかったダカールに至っては至近弾のみで我等が買物袋ストアリングバッグたるソードフィッシュは被害のみだった。魚雷による攻撃でなかった事も災いしたのだろうが・・・まともな相手ならよほどの事がなければ戦果はあげれない。

『護衛の空母から戦闘機でも出た次第には・・・』

貴重な空母を危険にさらすだけになる。本当に余裕がなくなるだろう、後期型のイラストリアス級2隻の就役は当分先だ。補充が見込めない以上は慎重にもなる

『情報部の見解では、イタリアとドイツの航空隊は漸時他の地に移転されている』

カニンガムの言葉にホランドの眉が上がった。

『場所は?』

『マルタ島を攻撃できるシチリア島とソ連領だ、アドリア海周辺での作戦可能機は確実に減っている』

ホランドが軽そうな笑いをやめ考え込む。これは、そういうことか?

『・・・彼等も根本的解決を望んでいる、ということですか?』

日本の参戦のためにわざと攻撃されようとしている。いや、現在の北アフリカ戦線の状況から、補給線の安全のためにシチリアに展開することや東部戦線のデミャンスク戦が始まっている以上、何者かから襲われるなら自力でどうにかしろと突きつけるつもりか。たとえ、米国の参戦を招いたとしても・・・!

『レンドリースを始めとして、アメリカからの我々に対する輸送船団を直接叩かなければ、結局のところは通商破壊戦を行っても何もならない事はあちらも理解しているだろう。そして君と同じような事を考え、日本人の戦力が枢軸にとって直接増える為ならば、多少目減りしても、攻撃された方が良い。そう考えるのは、まぁ自然な流れだ』

事実、メルセルケビルのあとヴィシーフランスや植民地のフランス軍はイギリスに対して態度を硬化させてしまった。ダカールの失敗はそのためでもある

『大体・・・これも情報部からだが、この時期になって、それほどの戦力を持ち、43万人もの人間がこのまま欧州で旗色を鮮明にしないままでいられると思うかね?いや、むしろ日本という勢力そのものが、か』

そして英国はアメリカと日本を天秤にかけ、より易があるであろうアメリカの参戦を選んだ。つまり贄なのだ、日本は。そもそも、ここまで来て参戦を拒んだ事自体が理解に苦しむ。何のための三国同盟だったのか

『・・・政治の問題はお任せします。敵空軍の脅威が減じるならば攻撃自体は可能です。タラントと同じく奇襲効果も得られるでしょう。ですが、こっちの手元にある空母三隻による航空隊合同の夜間空襲は困難を極めます、魚雷の数も少なくなり、攻撃力にもさし障ります。空中衝突の恐れも飛躍的に高まる事から、昼間の空襲で今回は行きたいと思います』

妥当な所だとカニンガムが頷く

『夜間空襲の発案者であるレイスター君は嫌がるだろうね』

ラムレイ・レイスター。ホランドの前任にあたる人物で、タラント奇襲は彼の発案である。それ以前はグローリアスに乗っていて撃沈を経験していることもあり、攻撃には積極的。だが、今回の局面では不適当にカニンガムは判断したのだ

『奇策も良し悪し、ですよ・・・ですが、多少日本人が哀れに思いますな、突然本土から切り離されてこの地に放り込まれ、戦え、とは』

カニンガムが肩をすくめた

『仕方なかろう、現実が全てだ。それで手加減する君ではあるまい?』

居住まいを正すホランド

『それはもちろん。この作戦は英国にとってかなりデリケートですから、彼等は叩きます。徹底的に。では部隊の方に』

『うむ、頼むぞ』

敬礼を交わしてホランドが部屋を出ていく。カニンガムは彼が出て行ったあと、窓からアレキサンドリアの港を眺める。そこには、英海軍たちの猛禽がたむろしていた。

『今も昔も現実が全てでしかない。さて』

・・・日本人よ、これからの現実を受けて、お前達は一体どう動くのだ?

地中海艦隊(アドリア海奇襲部隊) 


フォースC(セドリック・ホランド少将)

空母 イラストリアス フォーミダブル イーグル


第7巡洋艦戦隊

軽巡 リアンダー エイジャックス  

第15巡洋艦戦隊

軽巡 グラスゴー ナイアド ユーライアス ダイドー

第14駆逐群

駆逐艦 ジャービス キプリング ハボック

第4駆逐群

駆逐艦 シーク リージョン マオリ イサーク・スウェールズ



変更点

・情報の出処の明確化

・ゴリツィアの関連強化

・英指揮官及び戦力の明確化


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