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忍び寄る戦火

秘密の戦争というものは、人の心をえぐる

1942年1月21日・バーリ近郊



『・・・・・・』

一人の男が海岸沿いで海を眺めていた。純白の制服は海軍のものでよく目立つ、海には帝國海軍の艦艇が所在なげに佇んでいる。それを取り巻いて白波を立てているのは魚雷艇、MASボートであろう

『どうされました?』

その男に、声をかける人物がいた

『?』

『英語の方がよろしいか?』

首をかしげる男に、その男は言語を変えてみる

『え、ああ、はい。どうも』

と、そちらは通じたのか少ししどろもどろしながらも答えた

『見るに、大佐殿とお見受けしますっと、失礼』

階級章を見て、握手を求めようとしたが、彼には片腕が無かった

『そちらはイタリア陸軍の・・・・・』

『セサレ・アメーです。お見を知りおきを。大佐などをしておりますよ』

と苦笑してみせる。どうやら会合などには参加していない人物らしい。それは好都合であった

『帝國海軍大佐、志摩大地です。といっても、今は無任所といってもいいですが』

と、残っている方の手で握手を返してくる。ふむ

『大変ですな』

『ええ、これは予期せぬ事態です』

ここ、バーリに日本のそれが転移してきてからというもの、彼らには難題が山積していた。まず一つが食糧問題である。数十万を超える人口を養わねばならなくなったのだ、備蓄はある程度あるとはいえ、あくまで本土に運ぶために用意してあった代物であるため限定的であり、その量は限られていた。ゆえに、時間が経てば飢えるしかない。

『しかし、我々とは同盟を組んでいる仲です。どうしてそうも頑なになりましょうか。そちらの資源さえ放出してくだされば、食料ほかは改善させていただくことをお約束いたしてますのに』

そもそも、三国同盟の時点で独伊の欧州での指導的立場を尊重し、第3条に於いては、前記ノ方針ニ基ツク努力ニ附相互ニ協力スヘキ事ヲ約ス、という文言がついている。少なくとも協力という部分での妥協は可能なはず

『しかし、渡ってしまった物資が何に使われるかはこちらが把握できるものではない以上、それは英国にとって敵対にも等しいことではないでしょうか?であるからこそ、それはできないというスタンスは崩せません』

地中海を渡っていかねばならないのだから

『せめて、そちらが機雷堰の情報をお渡しいただいて、軍属でない邦人だけでも中立国へと移送出来たらと考えております。』

機雷堰。タラント空襲を受けたあとのイタリア海軍は、安全のためアドリア海の出入り口に機雷堰を設けており、その内側に出現した日本側は勝手に出ていくことも叶わない状態にあった

『しかし、我が国のここ、バーリという都市を消し飛ばしておきながら何もなしに去るのはいささか不義では?』

全て、どこに行ってしまったのかもわからない。損失といえば損失であるし、この土地も本来はイタリアのものだ。しかしこの男、両国の協議の際には出ていなかったようだが・・・それなりに知識のある人物のようだ

『・・・・・あくまで私案ですが』

と、志摩という男は前置きした

『資源・邦人・艦隊抜きであれば、青師団という手段はとれるのではないかと』

青師団、スペインが内戦の派兵に応える形でドイツに供出した義勇兵部隊のことである。この場合共産主義と戦うということでの代物で、かつ、英国などの西側連合軍と戦わないことを確約した上でのものである

『それは・・・・』

陸軍だけ見捨てて行くという代物に近い。そして、その場合の資源は義勇兵なのでこちら持ちだ、負担が増えるだけだ。到底こちら側としても受け入れがたい

『ええ。そのままではいかんでしょう。スペインと違い、我が国はソ連とも接している。でも、よりマシではあると思うのです・・・・マシ、と思いたい。それでも、到底選びきれる選択肢でないことも理解していますが』

そもそも陸軍が承知しない。というより、正規の軍人であったのに雇い兵、しかも国の意思とは関わらずに、となれば誰だって嫌がるだろう。

『・・・・ままならないものです。でも、提案はしてみるつもりです。殆ど予備役に近い状態でしたが、人員が足りずに呼び出しがかかるとなれば、意見は出さねばならない』

『大変ですな』

出会った時と同じ言葉をアメーは吐いた。かくのごとき境遇にはなりたくないものだ。しかし、それを手段としてもこの交渉相手は使っている。今日のこの日まで協議が出来なかったのも、人員を各国に割くということで代表をまとめきれないという申し出があったからだ。交渉相手としては、手強いというのがアメーの第一印象である

『大変です』

苦笑しあう

『・・・・よろしければ、ローマに家屋をご用意いたしますが?』

提案してみる。この男はやはり気づいている

『・・・・やはり、なにか、ではあったのですね』

『SIM、軍事諜報機関です。私としてはそちらの内情を伺える人物からの情報が欲しい。ローマであれば、なにか一朝事があればヴァチカンへと逃げ込むこともできますよ?それに、欲しい情報は指定しない。これならどうです?』

あくまで話したいことを話してもらう。それであれば防諜という意味でも折れやすくはなろう

『・・・・・いいでしょう。それに加えてお願いが』

『なんでしょう?』

何をいいだすか

『各国の新聞を出来うる限り』

ロンドンタイムスや、ワシントン・ポスト、そういったしろものである

『心得ました。後ほど連絡を入れさせていただきます。それでは』

そうだな、ここにいるだけでは外電もろくに入手できないのでは、と思うのも確かな話だ

『・・・・恨まれるでしょうなぁ』

去り際に志摩が呟く。それが誰に対してなのかを、アメーはあえて問わなかった




1942年1月24日・ローマ


『で、こういう目にあった、と!?』

志摩の前に、憤怒の形相をした女が仁王立ちしている。いや、女というか妻なのだが

『嬉しくない、全然嬉しくないんだけど!?というか、一発殴りたいくらいなんだけど!?』

『桂さん、いくらなんでも・・・・気持ちはわからなくないですが』

と、頭にできた傷を濡らしたタオルケットで拭いていたメイドが引き止める

『まあ、桂の言うことももっともだし、こうなるのもそれなりに覚悟の上だったがな』

とりあえず家族を含めて一抜けた、の用意をやったのだ。無論、命令上各国大使館へ異動した形になる連中も同じようなことをしているし、外交上のルート確保というのもあって海軍側では一応不問にふされたが、現地側、住民や陸軍の側で大きな不評を買うのは致し方ない

『でも、こうでもしないと私が安心して仕事を出来かねる。それに桂がいないとイタリア語の翻訳通訳が出来ん。筋は一応通している』

男女同権、女性自立ウーマンリブなどの社会運動に携わってきた桂は、日本の女性としても珍しいほどの多数の技術保有者であった。

『艦隊の人間じゃない海軍側が必要ってのは私も理解できるが、桂やミスミに人質のようなことをさせられるか!』

異世界における大陸にいた海軍軍人はそう多くない、その上でそこそこの階級があってかつ無任所となれば取り込みにかかるのもわからない話ではあった。艦隊側がすぐにでも本土へ出航したいという意思の元にあればなおさら。そしてそうなれば、どっちにしてもこちらが火の粉を浴びかねないとなれば、アメーの提案は渡りに船だった。結果としてそれを行った際に石を投げられたり殴られたりしたわけだが

『まったくもう・・・・!部屋の片付けとかしてるから、ちゃんとしてもらいなさい。いいわね!』

桂はプリプリとしたまま去っていく。すまんなぁ・・・

『相談してくれなかったことに怒っているんですよ』

『したら反対したろう?』

テキパキと、ミスミがガーゼを充ててくれる。メイドとはしているが、いわゆる愛妾だ・・・・うん、二人まとめて逃げた形なら、そりゃあイメージは良くないな

『私は志摩さんの思うとおりに。ですが、桂さんは、そうですね』

『譲れないよ、ここだけは』

仕方のない人、とミスミは苦笑する。理解できる。だからこそ、桂も引いたのだろうけど。良い女達だ

『そういえば先ほど、紙の束を持ってこられた方がいましたが』

『あ、助かる。持ってきてくれるかい?』

アメーに頼んでいた新聞だろう

『はい、只今!』

そして、持ってきてもらった新聞を一目見て、愕然とする


《条約違反の巨艦多数建造か?日本の侵略的意志明確に》

《英米は協調して日本問題に取り組み》

《大隅海峡通過中に漁船が針路妨害し、プリンス・オブ・ウェールズ号が衝突、死者が出た模様》

《米内首相は遺憾の意を表明》

手にとったそれ、ロンドンタイムズ紙の見出しにはこう書かれていた

『これは・・・参った』

もうこんな挑発を・・・・それに死者?死者だと!?

『志摩!!ラジオ聞いて!』

片付けをしていた桂が部屋に駆け込んでくる、ミスミが指を指されてラジオのスイッチを慌てながら捻る


【我等ドイツ第三帝国とイタリアは、突如現れた友胞の帰還に協力するのにやぶさかではない!が、それを邪魔せんとするものが存在する。そう!戦争狂チャーチルに率いられた英国である!もはや忍耐のときは過ぎた!先日、日本のカゴシマという地で、悪辣な英国は卑劣な横暴を働き死者も出たと聞く!これを友胞として、はたして許せるものだろうか!いや、許せはしないのだ!立つのだ、誇り高きサムライの末裔よ!共に英国と戦おう!2600年の不敗を持つ帝國こそ!我が第三帝国と世界を分かつべき存在なのだ!】


『ドイツの宣伝省め、素早い・・・それにアジに関しては一枚も二枚も上手か』

目の前の何が問題なのか明確にし、軍ではなく民衆を煽る。なにより死者が出てしまったということは、どちらにとっても明確な線での決着を出さない限り国民は納得できないはずだ

『・・・馬鹿め、地中海から日本だぞ・・・!?英国の協力か無関心なくば無事に帰りつけるものか!』

だが結局の所、民衆の情に官の理は勝てないのは事実だ

『じゃあ・・・』

戦争になるんですか?とミスミが心配そうな顔をしている

『まだだ、まだ諦めてなるか・・・!』

『でも、志摩って海軍を交渉で引き止める役割でしょ?』

今回の件があったとて、一応、陸軍や民衆側の代表の一人だ。しかし、引き止めたなら引き止めるほど状況は悪化していく事だろう

『ストッパーが居なくなるのも問題だ、陸軍だけで邦人を抑えられるものか!』

またぞろ勝手に戦を始められる訳にはいかない。暴発のおそれも、無いわけではない。物資は完全に統一して管理しているわけではない、勝手に放出されでもしたらそれだけで攻撃を受けかねない。

『つまり、八方塞がりな訳ね』

『・・・』

言葉に詰まる。その通りだ、その通りだが、しかし・・・!

『あーもぅっ!なるようにしかならないわよ、一人で出来ることには限界があるわ』

『だが・・・っ!?』

桂が志摩の手を無理矢理とって胸にあてさせる。トクンとゆっくりとした鼓動が、やわらかい胸の感触を通じて伝わってくる

『あんたは気が回り過ぎるのよ・・・これで、少しは落ち着いた?』

『あ、ああ・・・』

まったく、見てないようでよく見ている

『・・・』

ミスミはその様子を羨ましそうに見ていた



同日・ロンドン、ダウニング街10番地



『首相閣下、合衆国の日本に対する政策をお持ちしました、あとスコッチを』

『いいね、入りたまえM』

英国宰相、ウィンストン・チャーチルはニヤリとした英国人らしい笑みを浮かべてMI6の長、スチュワートメンジーズを迎えた。彼の名前メンジーズからこの諜報機関の長はMと呼称されることになるが、それはまた別の話である

『ハワイ、グァム、マニラから日本の内南洋に進出した米軍の先遣隊は、そのまま閣下のなされたルーズベルト大統領への御進言通り、委任統治に移行します』

グラスにスコッチを注ぎつつ、そらんじている報告書の要点を読み上げるM。チャーチルは執務室で首相官邸ネズミ捕獲長のネルソンを撫でながらそれを聞き微笑んだ。

『ふむ、植民地の連中にも我々のようなあくどさを身につけてもらわねばな』

スコッチを受け取り、一気にあおるチャーチル。ネルソンがちょっと不機嫌そうに机から出て行くのに、ちょっと首を竦める。

『29日間の空白で、日本の領地権は一時的に消滅しました。そして連盟からも脱退している以上これに異を唱えるのも難しい話でしょう。脱退後も色々参加したり・・・すくなくとも分担金を払っていた時期であればまた違ったかもしれませんがね』

『そうだな、まあ、かの国には不幸にそういう時期ではなかった。そして何をしたのかはわからんが、彼等の戦力は増えていた。しかも条約を大幅に上まってな、叩けば埃はいくらでも出る』

お互い様の部分もあるし、罰則の規定などない(エスカレーター条項こそあった)が、軍縮の規定で責めるのはいくらでもできる

『そろそろ次の段階かね。あちらから手を出してくれるようにするには』

飲み干したスコッチのグラスを置く

『査察団の受け入れと、その報告に合わせての軍備縮小・・・・特に軍艦をな』

とりあえず、罰則的な意味合いを込めて、新型艦の全てと陸奥の破棄。あるいは新型艦のみ残しての

戦艦全廃棄、このあたりか

『まこと、理不尽ですな』

Mがグラスを回す、毒を気にする癖が長じてチビチビやるタイプらしい

『軍艦の持つ魔力は国を問わず、大の大人から子供まで掴んで離さない、私が言うのも何だが、フッドが沈んだときはドイツへの激情を耐えるのに苦労したよ。日本の国内は盛り上がる、我々を、植民地人を討て、とな』

『もし、あの賢明なヒロヒト帝がいわゆる天からの一声をかけた場合は?』

チャーチルが頭を横にふる

『かのミカドは賢明であるが故に自縄自縛に陥っている。我が英国にならい、立憲君主制民主主義国としてあるべく民意を尊重しようとしている為だ。以前自分の若さ故の言葉で国家首班を殺してしまった。それがミカドの根底にある。そう心理分析を行ったのは君達ではないか。私はそれは正しいと考えている』

他国を思うように操ってこその英国だ。そして、民意は時に暴走する

『ごもっともです』

そういった情報を駆使し、あるいは利用して英国の勝利へと貢献するのが、この、長い外套と短剣の主である現在のMその人なのである

『英国の勝利が確定して、植民地人どもの加減のない戦争機械に、すでに消滅していなければ、仲介ぐらいはしてやろう。ミカド本人や皇族の保護ぐらいは言い出しても良い。我等が国王陛下を始め、親日の頃を偲ぶ人間はこちらにもいまだ居る。また忠実なペットに戻るならば十分に使える位置に彼等は存在している・・・本当の敵に対してな』

北の大地で今は手を組んだ仲間である赤い悪魔ども

『さすがにモスクワが落ちそうなときに、スターリンがマンチュリアに手を出すほど馬鹿ではありませんでしたが、手を出さなかったのは我々にとって幸いでした』

日本の目が完全に北に向かれたことだろう。日本国内の満州、朝鮮に対してもつ明治帝の御遺産という心理的影響は捨てがたい

『スターリンはこれからどうするつもりかね?』

『先ずは退く独軍を追撃、でしょう。大人しくできるとはとても思えません・・・ともかく、かのスターリンも米国の参戦は望んでおります、そこをちらつかせればマンチュリアへは当分手を出しますまい』

独軍との戦争が確定段階に入ってから日本に対してその薄汚い手を延ばしてくる事だろう。ふむ、そこは本当に考えねばなるまい。戦争が終わってアジアに行ったら、民衆が革命万歳、解放万歳と歓迎してくるなんぞ、虫唾が走る

『引き続き日本問題に関しての情報を頼むぞ。特に、日本国内を沸騰させる為に行うアドリア海での作戦行動に関わる。日本国内の情報は現在のもので十分だ、次は、在イタリアの日本人達の方を詳細に頼む。作戦実施までの時間を稼がなければならないからな』

『はっ・・・失礼します』

Mはグラスを空にし、チャーチルの執務室から出ていった

『香港のフィリップスは偶然とは言え実に良い仕事をした・・・次は』

わざわざマルタ島で輸送任務に携わるはずだったイラストリアスを引き抜いたのだ。しかも今回はタラント奇襲よりも数を揃える。失敗したなら痛い所ではない、しかも相手はイタリアではなくあのトーゴーの息子達だ・・・それなりの物をこっちとて掛金にかけている

『勝利の為には俄然悪辣にもなろうものよの』

それが心底楽しくて仕方がない、まったく、どうしようもない戦屋だなと笑いながらひとりごちる

『日本の再出現は最大の危機であり、チャンスだ。これを生かせずして宰相などやっておられるか、そしてこれを乗り切ることこそ宰相最大の醍醐味でもある』

英国人のアクの強い、戦時の粘り強さというのはチャーチルの浮かべる顔そのものであるのかもしれなかった


元との変更点としては


・志摩が何故疎まれていたかの明確化

・イタリアとの結びつきの強化(アメーさんは有能ですよ)


といったところになります。ご意見ご感想ありましたら気兼ねなくどうぞー

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